第10話 ラスボスになって登場したい…?
綺麗に整備され
並び立つ街路樹を見やれば青いツボミがピョコピョコと生えてきており、季節の変わり目を告げているかのようだった。
「わぁ………すごいよお兄ちゃん」
「そうだな、あの小麦畑はヴァイス公爵家で一番広いんだ。毎日俺たちが食べているパンもこの畑があってこそなんだ」
「すごーい」
俺とティアは馬車に揺られながら窓を見て笑い合う。太陽の光を浴びた小麦畑は、まるで黄金の海のごとく輝き揺れている。領内のみならず国内でもトップクラスの敷地面積を誇るこの畑では、領民はもちろんのこと他領への輸出もされる程に需要と人気があるのだ。
公爵家ともなれば領地もそれなりに広大となり、運営や発展はもちろんのこと、その他にも大小様々な取り組むべき事柄がある。ヴァイス公爵家現当主のバロンが度々領地を空けることから、その統治は上手くいっていることが伺える。
さて、そんな俺たち一行が向かっているのはヴァイス領において最大の都市【ツァーリット】である。学園の方針により、来年の学園生活に必要な制服や私服、その他日用雑貨などを自分で用意するのが従来のやり方らしい。
「ティアは勝手にどっか行っちゃダメだぞ?」
「あいっ!」
「返事はいいんだけど、この前フラ〜っとどこかに行ったからなぁ………心配だ」
「あぅ………ごめんなさい」
いつの間にかチョウチョウを追いかけて屋敷で迷子になった前科があるため非常に心配なのだ。何はともあれ、ツァーリットに着く前に今回購入する、もしくは予約する物をリストアップしておかねば。
「あっ、チョウチョウ!」
楽しんでいるティアに笑いながら黙々と作業をするのだった。
▽▽▽▽▽
ツァーリットへ到着した俺たちはそのまま東の商業地域を目指し馬車を進める。現在、都市の北側にいるため一度南下し、中央を経由する形をとる。
昔も昔、まだ交通整備が十分でなかった時代の話。今と変わらず貴族も平民も移動手段として馬車を利用していたためお互いにぶつけた、ぶつかったといった事故•いざこざが後を絶たなかった。そのため、当時のヴァイス家当主は「ごちゃごちゃ
遠回りにはなってしまうものの、そのおかげで交通事故や領民らの無用なトラブルが激減したのだから見事と言うほかない。
「おっきぃー! 何あれっ!」
「ん? あー、あれは時計塔だな。特定の時間に鐘が鳴るようになっているんだ」
「鳴るかな? 鳴るかなぁ?」
「お買い物はお昼までかかりそうだし、一回は鳴るだろうね」
初めて来た都市に大興奮の様子のティア。屋敷以外の大きな建造物が並ぶ街並みを興味深そうに眺めては、道中に見かけた大道芸を楽しんだり、オシャレに目を輝かせたりしていた。
本来の目的は、レイチェルの学園生活における品々の購入なのだが、この興奮具合だと完全に頭から抜けているようだ。一言二言だけ注意して、あとは俺がお嬢様と一緒に必要な物を買いそろえればいいかと考えた。
中央から左へ進み商業区の中ほどを目指す。ツァーリットでは都市の中心と外側に一般人向けの商業施設が、そしてその間に位置するのが高級層向けになっている。
「到着したな、ティア降りるよー」
「あい!」
公爵家の令嬢ではあるが全てを高級なもので揃えるわけではなく、せいぜいがドレスや私服といった公の場で必要になる物をここで入手するのだ。
馬車のドアを開けてレイチェルの手を取る。薄い布で口元を隠し、青いワンピースに落ち着いた色のカーディガンを肩に掛け、ほんの少しヒールの高い靴を履いている。
「ありがとう、クロス」
「本日はコチラ、【ラフレシア•フラン】で制服とドレスを見繕う予定でごさいます」
「すでに話は通してあるのよね?」
「はい。午前中は我々が貸し切りとさせて頂いております」
「そう、では皆さま宜しくお願いします」
「「「いらっしゃいませ」」」
流石と言うべきか若干顔色を青くしているものの、接客のプロフェッショナルである彼ら彼女らはレイチェルから漏れ出た魔力に怯え逃げることはなかった。
「それでは私は購入品の確認へと参ります」
「ええ、頼みました」
「待ってくれクロス。それは我々がやっておくから、君はレイチェル様のお側に付いていてくれ」
「はい………承知しました」
俺以外にももちろん同行者はいる。その中で一ツ目族の人が店側と話をし、彼女が何かの拍子で怒ってしまった場合に止められる存在が近くにいてほしいのだそうな。
レイチェルは魔力が恐怖を煽るだけで本人はいたって温厚な………いや、あの日から怒るようになったな。店員さんにガブガブし始めたら大変だ、そう思い残った。
「クロス、このドレスはどう?」
「それは胸が開きすぎではないでしょうか? お似合いではありますが、少々刺激的すぎるかと」
「じゃあ………コレなんかいいんじゃないかしら」
「綺麗な色ですね、背中にも布があれば完璧なのですが………」
「アレは強そうね」
「ラスボスで登場したいのならばどうぞ」
「………冗談よ、着れるわけないわ」
彼女のドレス選びに付き合ってから三時間後。ほぼ布のないセクシーなドレスだったり、蛮族の王様ですかと言いたくなるドレスだったりと、終始楽しんでいたレイチェル。
最終的には、金の華と赤い鳥の刺繍が芸術のように入った純白のドレスに決定した。その他にパーティー用やお茶会用など、用途別にドレスを選んでいった。
「どうかしら? これが学園の制服よ」
「よくお似合いでございます」
「ンフフ、そうでしょうそうでしょう♪」
そう言ってくるりとターンをしたレイチェル。
制服は黒をベースに白と青色が入っており、赤いタイと金のボタン、スカートかズボンを選べるようだ。
制服とドレス選びが終わった俺たちは店員にお礼を言い店を後にした。彼ら彼女らのほっとした表情を見てなんとも言えない気持ちになったが、レイチェルが楽しそうだったのでヨシとしよう。
「それにしても本当によろしいのですか?」
「何がよろしいの?」
「家具なども他の使用人に指示して行かせただけで、ご自身で見ないのかと」
「大丈夫。だって、私の部屋にある物は全部そうやって揃えてきたのだから」
「なるほど……ではこの後はどうなさいますか?」
「屋敷へ帰る。久しぶりにはしゃいでしまって疲れたわ」
「承知しました」
そう言うと、タイミングよく別行動していた使用人たちと合流し、そのまま帰宅の流れとなった。唯一、ティアだけがもっと見て回りたそうにしていたが我慢をしてもらおう。
「……………」
「クロス………?」
「お嬢様、すぐに出発致しましょう」
「え? どう───」
「何者かがコチラを狙っています」
周りには聞こえないよう小さな声で呟いた。
屋根の上、道の曲がり角、喫茶店の椅子、そういった場所から妙な視線を感じとれた。
「ここで被害を出しては駄目、出しなさいっ」
レイチェルが命令を出すと同時に、相手も動き始めた。俺はハンドサインを使って使用人たちに警戒の合図を出しながらティアを抱えて馬車へと乗り込む。
▽▽▽▽▽
ピンクの髪に筋肉質な長身の男が指を刺す。
「追え」
男が命令を下すと、複数の影は音もなく逃げた馬車を追い始める。
「様子を見に来ただけだが………まさかの大物に遭遇。護衛も取るに足らん雑魚ばかり。であれば、ここで始末しておくに限る」
「教会のブタどもに行けと言われた時は殺そうかと考えたが……運が良い。覚悟しろ化け物、この俺はお前を殺せる人間だ」
宣言するように呟くと、男の姿は蜃気楼のように揺らめき溶けて消えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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それではまた次回でお会いしましょう。
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