第8話 チョロいよエル様
雲一つとしてなくお天道様はご機嫌のようで
「……………」
「……………」
エルフィーネ•シュヴァルツの妹アンジェが引き起こしたちょっとした騒ぎから早くも二週間が経過した。エルフィーネに対する異常なまでの敵対心が長い年月をかけていよいよ爆発寸前のところまでいき、それを見抜いたのが父親兼シュヴァルツ公爵家現当主の【ライザー•シュヴァルツ】であった。
ライザーはメイド長のピピに、手遅れになる前にアンジェを遠くの地へ送るだけの理由を付けろと、命令を下した。そこでピピはエルフィーネが大切にしている奴隷を生贄に命令を遂行したのだ。
「………釣れないです」
「………そうですね」
妹の暴走に一時は落ち込んでいたエルフィーネだったが、それではいけないと自分を奮い立たせて立ち直り、今ではこうして湖に船を出して釣りをする程度には回復してきている。
「………本当にいるんですか?」
「………いるのでは?」
エルフィーネは長く艶やかな黒髪を束ねて頭の後ろでまとめたシニヨンと呼ばれる髪型に、白いブラウス、青とピンクの胸リボン、紺色のスカート、黒のハイソックス、そして焦茶色のブーツを履いている。俺は俺でいつもの執事服ではなく、胸に盾の刺繍が入った白いシャツに黒いズボン、そして黒いブーツといった姿だ。
二人して堅苦しくない楽な格好の理由は察しが付くかもしれないが、アンジェの騒動によるものが大きい。俺は身体の怪我で彼女は心の怪我を癒すため、屋敷からそう離れていなく誰もいない湖へと休暇に来ていた。
「吾の魔力で逃げている…?」
「さすがに一匹残らず逃げたとは思えませんけど」
「それとも……エサも針も付けてないから?」
「いや原因それじゃねえか!」
あの一件以来、お互いにいい意味で遠慮がなくなってきている。お前奴隷だろその態度はなんだと周りは言うかもしれないが、それを望んだのが他でもない彼女自身なのだから文句は受け付けない。
彼女は彼女で時折こうして小ボケをかますようになり、今まで下手だった他人を頼るということが出来るようになった。なまじ天才肌の彼女はある程度のことを一人で解決できるため、誰かに頼ることを知らないでいた。それを考えれば、彼女も良い方向に成長していっているのだろう。
「
「ええ。どこかのご主人のおかげですね」
「そう………では命令です、何か面白いことをしてください」
「急に地獄みてぇな命令だな……まあいいですよ、モノマネ『チベットスナギツネ』」
チベットスナギツネ。なんとも言えない表情をしているネコ目イヌ科キツネ属に属するキツネ。
「───……っ」
「はいアウト」
「笑っていません。貴方の見間違いです」
「口角上がってプルプル震えてたじゃないですか」
「気のせいです。面白くなかったので罰ゲームが発動されました」
「拒否権を行使します」
「ダメです。そもそも奴隷に拒否権どころか人権はありません」
「え………ウソですよね?」
「ええ、ウソです。フフフ、当たり前じゃな───ヒャンッ?!」
人権が無いと言われた瞬間少しだけビックリしたが、やはりウソだったのか。驚かされた腹いせに彼女の脇腹を突いてみたが、思いの外大きな声を出させてしまった。
「レディーに何てことをするんですか………?」
「ぐおぉぉ………普通のレディーはアイアンクローなんかしない! 自分を淑女だと勘違いしたゴリラ
しか罰にアイアンクローを選ばないっ!」
「そのまま生き絶えなさい」
メキッと、自分の頭蓋骨が今までにない悲鳴を上げた瞬間に全力の謝罪をした。「吾の好きなところを言え」とのことなので、土下座の姿勢を維持したまま可愛らしい部分などを挙げていく。
50個ほど言った頃だろうか、ようやくエルフィーネから許しが出た。ただ、あの可愛らしい声のことは忘れろと光を反射させない眼で真面目に言われてしまった。はい、忘れました。
「好きな相手に意地悪をしたい気持ちはわかります。ですが、やり過ぎはいけません」
「その理論でいくとエル様も俺のこと好きだってなりますよ?」
「貴方が吾のことを好きなのは知っています。しかし、いつ吾が意地悪をしましたか? していませんよね? していたとしても、それは貴方が吾のことを好きすぎるがゆえ、幻覚を見ているのです。そもそも吾が貴方に好意を持っているという前提がおかしいのであって、それは自分を怖がらずに接っすることができるという類い稀なる性質が───」
「わかりましたっ! 俺の勘違いでした」
「コホン………分かればよろしい」
そんなやり取りをしながら釣りを続けていくが、やはり釣り糸はうんともすんとも言わない。例え釣れなくとも心地よい風に吹かれながら、のんびりと一日を過ごしてもバチは当たらないだろう。そう思っていた矢先。
「───っ! エル様ッ!」
ザパァッ!
大きな水飛沫を撒き散らしながら巨大なソレは姿を現した。小舟に乗っている俺たちを丸ごと一呑みに出来そうなほどに大きな影。
「ナマズ………いや、ウナギの魔獣?」
その魔獣は口の横に二本のヒゲがあるが、ナマズなのかウナギなのかいまいち判断がつかないフォルムをしていた。だが、屋敷の近くにこんな存在を放置するわけにもいかないため、討伐しなくてはならない。
「失礼します!」
身体強化を発動。彼女を抱えて小舟から離脱し、陸地へと足をつける。
「電気がバチバチ鳴ってる………やっぱりナマズ? いやっ、ウナギも電気使うから……」
「早く行きなさいクロス」
「はっ!」
余計なことを考えている場合ではなかった。こちらに向けて大きな口を開いていることから、何か水の塊でも飛ばそうとしているのだろう。
「させるかよっ」
地面を蹴り上げ、疾風のごとき速度でもって掌底を魔獣の胴体に叩きつける。ビリビリとした感触は強化のおかげか気にならなず、そのまま自身の魔力を相手の体内で爆発させて大きなダメージを与える。
「ダメ押しのもう一発!」
掌底のように魔力を手刀に乗せ、縦に一気に振り切る。ズバッ! と魔獣の頭が真っ二つに別れ、なんとか被害を出さずに終了した。
「ふぅ……エル様終わりました。ん? エル様?」
「クロス、あの子………」
そう言った彼女の指し示す方向を見ると木の影からコチラを覗く小さな影が見えた。まだ7〜8歳かと思うその女の子は少し怯えた様子だった。
「人の姿をした魔獣の可能性を考えなさい」
「警戒して行きます。万が一のことがありますので、ここにいてください」
「気をつけて」
「はい」
俺はゆっくりと近づく。女の子との距離は1メートル程を保ち、優しい口調で話しかける。最初はお互いに警戒していたが、段々と緊張がほぐれてきた。やはり、怯えていたのはエルフィーネの魔力に対してだったらしい。
「どこから来たのかも分からないらしいです」
「そう………」
「そんな泣きそうな顔しないでください」
「してないです」
分かってはいても小さな女の子にすら怖がられるのはショックらしい。どうしたものかと考え、青い髪を撫でながら女の子に「怖くないよ」と伝えてみる。すると、幼い目でジーっと見つめてからニコッと笑いかけた。
「この子はウチで保護します」
「チョロいな」
「チョロくないです」
▽▽▽▽▽
「お兄ちゃん!」
「おっ、似合ってるぞティア!」
「あいっ!」
保護してから数日。女の子には名前がなかったため、エルフィーネが【ティア】と名前を付けた。
「可愛いですよティア」
「あい………」
笑顔を見せてはくれたが、それはティアの精一杯の努力によるモノであって、やはり怖いものは怖いらしい。エルフィーネがちょくちょく絡んでは怖がられ、そして落ち込むということを何度も繰り返している。
「まあまあ、元気出して」
「じゃあ、面白いことをしなさい」
「『チベットスナギツネ』」
やっぱりチベットスナギツネのモノマネ大好きですよね、アナタ?
「そんな事ないです」
「本当に?」
「ほんとにー?」
「好きだった………かも」
「チョロいな」
また一つ彼女の弱点が分かった気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここまで読んで頂きありがとうございます。
高評価、感想お待ちしております。
誤字脱字のご報告もお待ちしております。
百合婚────!!
リ○リスが終わり、次は水○の魔女が始まりましたね。早く次が見たくてワクワクしています。
ではまた次回でお会いしましょう。
研究所
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