幕間
「痛てて……」
右腕をさすりながらそう呟いたのは、ヴァイス公爵家の娘レイチェルの奴隷兼執事であるクロス。
「あれ、まだ治ってないところあったかしら?」
そんな彼の後ろからヒョコッと姿を現したのは、そのレイチェル本人であった。
「全部治っています。ですが毎度毎度、俺が女性と喋っただけで噛み付くの止めてください」
「
「ヤ、じゃありません」
主人と奴隷の関係である二人。本来、クロスのくだけた態度はレイチェルに対して不適切と言うほかないが、ここは彼女の自室であることと、彼女自身が堅苦しい言動を嫌ったためである。無論、公の場などでは主人として奴隷としての態度に気をつける切り替えはできる。
「……レイ様も最初の印象から大分変わりましたね」
「うぐっ……し、仕方ないじゃない。令嬢然、お嬢様然としなくてはいけないと思ったのだから!」
生きとし生けるものから恐怖されてしまう魔力。それを持って生まれた彼女は、同じような魔力を持つシュヴァルツ公爵家の娘エルフィーネではない、横に並んでもらえる存在を欲していた。
幼い頃から恐怖され距離を取られていた彼女は、自分が立派になれば認めてもらえると信じて勉学に勤しみ、令嬢然、お嬢様然とした態度をとっていたのだ。結果として、その努力は実らなかったが。
「分かっていますよ。出会った時とり幼くなっているなぁ、と思っただけです」
「アナタが受け止めるって言ったんじゃない……」
「受け止めます。受け止めますからガブガブの頻度は抑えてくださいよ」
「それはイーヤ」
数日前のことである。公爵家当主バロンの命令で西の森に出ていたクロス。それを逃げ出したと勘違いしたレイチェルは追いかけた。森で再開した二人はお互いの気持ちを吐露し、それ以来、特にレイチェルの遠慮がなくなったのだ。
(噛み付くこと自体が癖になったか? メイドと一緒にいたすぐ後に出てくるンだもんなぁ……)
まるでドラゴンのように、ギザギザと鋭くなっている彼女の歯。凶悪な笑顔の原因であり、コンプレックスでもある歯。故に、レイチェルは笑うことを嫌っていたのだが…。
「───ん? ンフフ♪」
クロスが笑顔も素敵であると
「お茶を用意しますね」
「プリン……食べたい」
「持ってきますよ」
我慢と諦めがレイチェルの歩んできた道だった。それならば多少の我儘は可愛いものとクロスは思う。
「クロスちゃん、クロスちゃんやい」
「ん? ああ、モルモル様どうされましたか?」
廊下を歩いていると後ろから声がかかる。声の主はこの屋敷で治療行為の一切を指揮する、モルモルと呼ばれる肌の赤い悪魔の老婆であった。
「ホレ、飴ちゃんを持っておいき」
「うっ……それ苦いヤツですか」
「ひょひょひょ、そうですよ〜。と〜っても苦い特製の飴ちゃん」
この老婆、実は戦闘訓練でもお世話になっているほど強いのだ。それを知らずに優しく接したクロスは、妙に気に入られて毎回のように飴をくれるようになった。
「……イタダキマス」
「はい。今日もお仕事がんばってね」
お礼を言い、疲労回復に効果があるらしい飴をズボンに入れてお茶と菓子を取りに行った。
配膳台に乗せたお茶と菓子を落とさないように、ゆっくりとした速度で部屋の前までもどってきたクロス。
「レイ様、お茶をお持ちしました」
『入りなさい』
入室許可を貰い部屋の中にある高級そうなテーブルへとお茶をセッティングしていく。全ての準備が終わる。
「レイ様…?」
「クンクン……ねえ、クロス?」
急に服の匂いを嗅ぎ始めたレイチェル。ニマァと
「他の女の匂いがするんだけど?」
「
「急に若返えるかもしれないじゃない」
「待っ───」
「待たない♡」
抵抗虚しくベッドに押し倒され、両腕を片手で拘束されてしまったクロス。その細い腕がビクともしないのは、圧倒的な魔力量の差による身体強化ゆえだろう。
頬を赤らめ、眼が潤み、鼻息が荒くなった彼女を止められるものはどこにもいない。
「大人しくしなさいクロス。ハァ…ハァ…、痛いのは一瞬だから! ね!? いくわよ!!」
「り……理不尽だァ─────!!!」
南無。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここまで読んで頂きありがとうございます。
高評価、感想お待ちしております。
前回が長かったため、今回はお手軽に読んでいただけるようにと短くなりました。
それではまた次回でお会いしましょう。
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