第4話 ヴァイス公爵家(上)

『彼女たちは死ぬよ。勇者たちに殺されるんだ』


『勇者がいるのか?』


『いるよ。いなくちゃ誰が世界を救うんだい? 無敵にさえ思える彼女たちからさ』


『世界の敵……なのか?』


『うん。詳しくは分からないけど、何かがあって絶望した彼女たちは壊れてしまうんだ。その結果が世界の崩壊だよ』


『絶望させなければ良いんじゃないか? ほら、誰かが側で支えてやるとか』


『側で……? イヤイヤ、無理だよ無理! キミだって感じただろう、あの恐怖!』


『まあ……怖かったな』


『でしょ? だから無理なんだよ。側で支えようなんて、絶望させないなんて、そんなの天地がひっくり返ってもあり得ないよ』


『ふーん…そんなもんか』


『そっ。でも大丈夫、勇者がいるから』



▽▽▽▽▽

「………朝か」


 俺が今の主人に買われて半月が経った。さっきの夢はオークション会場にいた転生者くんから訊いた、この世界のこと。魔王がいて勇者がいて、人間の国に魔族の国がある、まさに剣と魔法の世界らしい。


 なかでも、俺の主人となった二人の女の子が世界を滅ぼすことが簡単にできるらしく、それを討伐するのが勇者たちの最終目標だとか。


「まったく……ふざけた話しだよホント」


 人間視点から見れば凶悪な存在を仲間たちと共に倒す御伽噺おとぎばなしなんだろう。でも、世界の脅威になる前提として、本人が絶望してしまうことが条件というじゃないか。なら、絶望するまえに彼女らも救ってやれよと思わなくもない。


「………愚痴ってても仕方ねえな」


 切り替えよう。朝にやる事は山ほどあるから、身支度をすませて主人の部屋に急がねば。

 紺色の執事服に身を包んだ俺は厨房へと足を運び、用意されていた朝食を配膳台に乗せて無駄に広い屋敷の中を進む。


「おはよう御座います。朝食をお持ちしました」


 レイチェル•ヴァイス──ヴァイス公爵家のご令嬢であり1でもある。俺がヴァイス家でお世話になっているのは、レイチェルお嬢様がもう1人の主人エルフィーネ•シュヴァルツとの勝負に勝ち、1ヶ月交代で自分の屋敷に住まわせることになったからだ。


『入りなさい』


 純白。頭から爪先まで真っ白な外見は、いっそ神秘的なまでの美しさを醸し出していた。だが、見た目とは裏腹に全てを恐怖させる魔力を持って生まれたがために、その人生の大半は孤独であった。


「失礼致します」


 真紅の眼がこちらを捉えた。およそ半月もの間、なぜか彼女は入室した俺の顔をジッと見やるのだ。正直なにをやっているのか分からないため、負けじとこちらも見返す。


「おはようございます」


「おはよう……」


 見つめ続けること約10秒、今日も我慢くらべに勝利した。勝てなくてそっぽ向いてる彼女はカワイイ。


「今朝はよく眠れましたか?」


「………ええ」


 朝食の準備をしながら何気ない会話を楽しむ。オークション会場で初めて出会った時の印象は魔力の影響だったのか「恐怖」の一言だった。自己紹介では急に泣き出したり笑ったりと、まるで小さな子どものようであった。

 しかし、本人曰く「本来の私はもっと大人な性格です。なので、今までの印象は忘れなさい」とのこと。


「食べますから後ろを向いてなさい」


 そんな彼女はあるコンプレックスがあった。それは何かというと、まるでドラゴンのような鋭いギザギザの歯である。


「はい。では本日のご予定ですが───」


 俺個人としては、そんなところも大変カワイイのだが、彼女が気にするのならば無理に見ようとしないほうがいいだろう。


「──…以上になります」


「もきゅ…もきゅ……」


 ああ、絶賛食事中なのか。まったく返事がないから多分……ステーキを丸ごといっちゃってるなコレ。


「……レイ様、ノドに詰まらせないようお気をつけてくださいね?」


 レイチェルお嬢様のことを【レイ様】と愛称で呼ぶのは本来ならばよろしくない。しかし、当の本人が半ば強制的に呼ばせているため誰も文句は言えない。


「美味しかったわ」


「料理長に伝えておきます」


 空いた食器たちを片付けた後は彼女を隣の化粧室へと送る。室内には数人のメイドが待機しており、毎朝ここで身だしなみを整えるのだ。


 さて、俺は朝食を摂った部屋へと戻り窓を開け、少し散らかっている室内を掃除していく。掃除とはいうが多少の本を戻したり、ベッドを整えたりするとあっという間に終了してしまった。


「──ん? なんだコレ?」


 ふと視線をベッドのふち付近にやれば、ヒモのようなものが飛び出ている。洗濯物かと思い拾い上げると、なんだかヌルヌルした布の塊であった。


「あー……年頃だしな」


 思春期特有のアレをした後、ベッドの下にしまっていたことを忘れていたのだろうソレ。見つけたのが俺でよかったな、誰にもバラさないぞ。そういえば下着がよく無くなるんだよな……お小遣いで買わないと。



▽▽▽▽▽

 奴隷の身分である自分が他の使用人たち──それも公爵家のという枕詞まくらことばがつく人たちに受け入れられるかどうかと言えば、これが驚くほどに歓迎されたのだ。


「クロスくんが来てくれて本当に助かりました」


「はぁ…はぁ……そう、です、か」


 ボロボロになりながらスクワットの姿勢を維持し、教育係の【アルゴ】から基礎教育を受けつつ戦闘訓練を行なっている。何を言っているか分からないと思うが、アルゴ曰く「時短です」だそうだ。


「1月交代と言ったでしょう? ならば時間を効率的に使わなくてはなりませんね?」


の言いたいことは……はぁ、はぁ、分かるけど逆に非効率になってない? 大丈夫?」


「ほっほっほ。良い結果が出ていますので何も問題ありません、大丈夫です」


 好々爺こうこうや然としているが、ジイちゃん呼びも本人から強制されたし、何より毎回俺の限界ギリギリを狙って教育を進めている節があることから、油断ならないリストのトップだ。


「魔力は肉体を強くします、ならば肉体を強くすれば自然と魔力も強くなるのです。よくある誤解として片方が強ければいいというのがありますが、それは一部の例外のみですので覚えましょう」


「はぁ…はぁ、お嬢様がその、例外?」


「そうです。魔力が強大にして異質なため正確にどう違うのかは説明できませんが、例外の代表でしょう」


 魔力が肉体に与える影響力とはどれほどなのか、長年の研究でも明確な理由は出されていないそうだ。故に、レイチェルとエルフィーネの二人が持つ魔力がどうして恐怖を与えるのか、その対策すらできないのだ。


「では5分の休暇をとったあと組手に移ります」


「ブハァッ……了解!」


 今は自分が一人前になれるよう頑張らなくちゃいけないな。彼女たちはいま14歳で来年から学園に通うようになる。そこには当然、従者である自分が身の回りの世話をするべく同行しなくてはならない。


 国の法律で15歳から3年間は親元を離れて学園で生活するのだが、この学園には【決闘】というものがある。ある程度察しが付くが、簡潔に述べると貴族の誇り云々うんぬんという建前のもとに行われる魔法と武器での殴り合いだ。当然、代理を立てることが当たり前なため俺が出る可能性もある。


 ただでさえ貧弱な人間なのに訓練もしないで戦うのは、もはや自殺志願者と呼ぶほかない。彼女たちを守りたいなら、まずは自分を守れるだけの力を身に付けなければならないのだ。


「早く強くなりましょう。学園で決闘をやりますと普通に死んでしまいますので」


「……随分と物騒だなぁ、学園」


「少しヤンチャな子が多いですからね」


「システムまでヤンチャしないでほしい」


「ほっほっほ」


 愉快そうに笑うアルゴ。彼は油断ならない人物だが、殊、戦闘面においては素人目でも理解させられるほどに強い。先に動いた俺がポンポン投げ飛ばされるのは単純な身体能力の差というよりも、技術的側面によるものが多いだろう。本当は現役の軍人ですと言われても納得してしまうぞ。


「そろそろ休憩は終わりにして組手を始めますか」


「ふぅ……お願いします!」


「ほっほ、すぐにその元気を失くして差し上げましょう」


「なんでさっ!?」


 組手は一番危ない。なにせこのクソジジイアルゴは俺が満身創痍になるまではっ倒すのだ。そして、地面に伏している姿を見て満面の笑みを浮かべるからタチが悪い。


 組手開始から2時間が経過したところで終了となった。予想通り満身創痍となった俺は地面に身体を投げ出し、涼しい風から自分が生きているのを実感した。いつものようにアルゴは「仕事に遅れないように」とだけ言うと何処かへ行ってしまう。


「痛てて……あー、ホントに容赦ないな」


 土と埃で汚れた体を水で洗い流して仕事へと向かわねば。息を整えて痛む身体を起こしながら「もっと優しくしてくれよ」と独りごちる。ただ、鉄アレイを避けながらチクワを食べろという訓練は意味わからないぞジイちゃん。



▽▽▽▽▽

「ふんふふんふふーん♪」


 ここ半月ほどは毎日が楽しい。それもそのはず、異性でただ一人私を怖がらずに本物の笑顔を向けてくれる彼──クロスが屋敷へとやって来たのだから。


「はぁ……クロス……クロスぅ」


 きっと、今の私の表情は他の者に見せることがはばかられるほどダラシがないのでしょう。でも仕方ないじゃない、彼がいるという事実が夢でなく現実なのだから。


「スゥ───……」


 そう、仕方ないのだ。彼の下着を嗅いでいるのも万が一のことがあるかもしれないからだ。


「昨日の寝顔も良かった」


 本当に良かった。クロスを襲う不埒な輩がいつ現れてもいいように、部屋で待機していた甲斐があるというもの。私の許可なく夜中に彼の部屋へ侵入しようとしたメイドがいて、思わず殺してしまいそうになった。


「夜這いじゃなくて執事服を届けに来ただけだったからよかった」


 一番最初に執事姿を見れたのだもの……今では逆に感謝したい気分ね。


 彼が来た初日に【レイ】と愛称で呼ばせたのは、我ながらファインプレーだと褒めてあげたい。それに自己紹介の時で見せてしまった失態を払拭するべく、こうして世間でいうところの「令嬢」を演じている。


「もっと仲が深まったら……、友人のように砕けた口調で話したい」


 いずれ結婚するとしても、友人から恋人という過程を経るのは私の中で重要なのだから……。


「恋人になれたら何をしようかしら?」


 手を繋いでデートをしたり、ショッピングしたりと、妄想が止まらなくなりベッドでピョンピョン跳ねてしまう。これではいけない。大事な下着コレクションをしまって勉強をしなくては。


ッ───〜〜…!!」


 行儀を悪くした罰なのかベッドの脚に小指をぶつけてしまった。痛みにうずくまっていると、ふと昨日の夜のことを思い出す。


「そうだ昨日、シたあと下にしまって……あれ?」


 その日一日、クロスにバレてしまったのではないかと独り悶々としてしまっていた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(レ)「クロスが見つけてないわよね? そうよねっ!? ドコなの私の下着!!」


ここまで読んで頂きありがとうございます。

ぜひ、高評価•ご感想をお願いいたします。


最近Vtuberにハマりました。顎が鋭い人とアヒルの人です(分かるかな?)。

では、また次回でお会いしましょうペコ。


                    研究所

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