第五話

 議会は平常運転安定した業務で今日も終える。議案は常に勝利を逆算して組まれるものである。不安要素はもみ消すのが政治術だ。

「ところで秘書よ、聞きたいことがある」

「なんでしょうか蕎麦川先生。なんなりと」

「ここってなに県の季節はいつなわけ」

 秘書は思わず「ズコーッ」と言ってしまった。ズコーッて、なに。

「先生、ここはM県で季節は秋から冬になろうとしているところです。あの暑い夏をもうお忘れですか。というか記憶喪失。というか馬鹿」

 ぐっここは親切に状況説明しているというのになんて言い草だ(普通はなんとなく文章で伝えるところでしょ。長袖をまくったとか、コートを羽織ったとか、冷たい風が強くなってきたとか、そういう描写を入れて、さあ)ともかく舞台はわかった。Mというのがまた宮城なのか三重なのか宮崎なのか森田なのかわからないがとにかく進めよう。なんだよ森田って(どうしようかと思ったけどやっぱり拾っておいたよ)

 蕎麦川はすでに秘書をぶん殴っていた。こともあろうに馬鹿呼ばわりするからだった。自身をバカにしていいのは親父と娘のコムギだけだ。蕎麦川は娘を溺愛していた。一度コンタクトレンズのかわりに目に入れてみた。むちゃくちゃ痛かった。娘に子供が生まれたら本当に目に入れても痛くないのだろうか。そもそもコンタクレンズのかわりって、どんな疲れ方をしてそんな考えになるんだ。寝相でベッドから転げ落ちて首の骨を折るぐらいに一体どうした案件だ。それはともかく蕎麦川にはひとり娘がいる。歳は十二歳だ。十二歳をかわいい盛りととるか生意気盛りととるかは人それぞれであるが、蕎麦川にとっては唯一といってもいいほどの弱点だった。

 なんの話だっけ。そうだ。

「オレを馬鹿といっていいのは親父とコムギだけだあ」

 説明が長い分助走もしっかりつけられて、もういっちょ右の拳が入った。アゴを揺すられた秘書は脳しんとうをおこしてそのままリングに沈んだ。リングじゃない、ここは公舎の廊下だ。蕎麦川は元プロボクサー日本チャンピオン。いくら相手が素人とはいえボクシングの技のキレは衰えていなかった。引退してしばらくたったが体は覚えていた。(ひどすぎ)

 秘書Bがもみ手をしながら近づいてきた。

「うおっ同じ顔」

「秘書Bでございます。ここで倒れているのは秘書Aです。まだ秘書C秘書Dが控えております。Zまでいったら秘書AAと続きます。次は秘書ABです。みんな私の弟たちでございます。同じ顔は当然です」

「まさにファミリー秘書トリー。秘書の家族構成などどうでもいい。それよりなんだ」

「蕎麦川先生はなぜこうもエビフライに執着するのですか。もっと有益な法案を通したらいいと考えられますが」

 蕎麦川は後ろに何人控えているかわからない秘書なのでとりあえずコイツも生意気だから右アッパーでリングに沈めた。すると自動補完で秘書Cがやってきた。

「オレがエビアレルギーだからということはすでに公表済みだバカタレ」

 というかいつまで廊下でこんなやりとりしているの。立ったままでいいかげん疲れてきたよ。(っていうかわざわざ公表するなよ)

「ですが娘のコムギちゃんは小麦アレルギーですよね。なんで小麦のほうを規制しないんですか」

 秘書えーとこいつはCだった、秘書Cが右手を握って蕎麦川のアゴににじり寄る。小学生がやるようなインタビューのマネ、エアマイクだ。こざかしい。左ボディーで肝臓を打つ。秘書Cは悶絶して倒れた。もうすでに三人倒れている。なんだこれはオーメンか。もうこいつも倒される前提でやってきちゃう秘書Dの登場だ。

「小麦を規制したらパンがみんな食べられなくなるだろう。パンが食えなくなったらみんな困る。うどんも食べられない。小麦は規制できない。でもエビは困らない」

 秘書Dはなにも言えずに口を間抜けに開けたまま固まっている。ムカついた蕎麦川はその口の中に思いっきり拳をたたき込んだ。するとどうなるか。当然秘書Eの出番である。B級ゾンビ映画よりひどい。

「蕎麦川先生、ひとつ不穏な情報が入りました。エビフライ規制をとめようとする地下組織の存在が確認されました」

「なにい。そんな大胆不敵なレジスタンスがいるのか」

「落ち着いてください。ワインを乾杯するルイではありませんよ」

「それはルネッサンスだろ。オレが合っているってどんなボケツッコミだよ」

「しかし安心してください。すでにスパイを仕込んであります。あちらの情報は筒抜け。錯乱させることも可能です。はい、おっぱっぴー」

 ううむ。さっきも思ったがネタが古いな著作権切れ青空ネタだぞ。しかしえっと何人目だっけ秘書Eは優秀のようだ。

「まずはこのカニコという女」

 なんだ、いきなり最初の紹介ということはリーダー格なのか。

「ギャルで僕好みです」

 んなーーー。秘書Eはリングに沈む。次は誰だ。そう順番通りF、これもまったく同じ顔だった。

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