05話.[分からなくなる]
「ぶーぶー、最低ー」
「あんまり気にしていなさそうだね」
昨日の勢いはただの見せかけのもの、つまり本気ではなかったということだ、一応少しは気にしていたのにこの結果はがっかりだった。
「和音は約束を守らずに悪いことをした、だから私は怒った、でも、あのテンションのまま絡み続けるとどこかに行ってしまいそうだったから大人な私はこうして昨日のことがなかったかのようなテンションでいるわけなんだよ」
「なに呼び捨てにしているの……」
「いいでしょ、ふふ、瀬野さんより先にできてよかった」
大人云々よりもそっちの方が気になってついつい口にしてしまった、こういうところがまだまだだと思う。
いや別にある程度仲良くなってからでなければ嫌だとかそういう拘りはないけど、なんか彼女から呼ばれるのは違う気がするのだ。
もっと一緒にいて、あくまでお友達として過ごすことができればこれもありなものの、お礼をするために近づいている現状には合わないということになる。
「ほら、グループの子達があそこにいるよ、ちゃんと話してこないと駄目だよね?」
「仕方がないな」
微妙な気分だったからまたもや教室から出て窓の向こうでも見て癒やされることにした。
学校に動物がいてくれればこういうときもなんとかできるんだけどな、まあ、餌代とかを出せるわけではないから廊下に自由に出られることに感謝をしておこうか。
最近は毎日晴れで雨の心配をしなくていいというのはいいことだった、寒さにはある程度強いつもりだけどさすがに冬に濡れれば風邪を引く可能性もあるからこのままであってほしいと思う。
「出原さんはあなたのことを気に入っているみたいね、どうしてこれまでは動かなかったのかしら」
「そんなことを言ったら瀬野さんも同じになっちゃうよ」
「あ、そういえばそうね、ずっと前から一緒にいるような認識になっていたわ」
お家に上がらせてもらった回数で言えばそういう認識になってもおかしくはない、出会ったばかりでおかしいけど彼女がおかしいわけではないというやつだった。
それこそよくあるもっと前から話しかけておけばよかったというやつだ、多分、僕だけではないはずだ。
でも、そうやって後悔をしたところで戻れるわけではないため、いまからに集中するしかない。
それは出原さんにだって同じだった、いまのところは微妙だけどこれも少しずつ変わっていく。
「今日は瀬野さんとゆっくり過ごすよ、風邪が治ったばかりだからお出かけとかはできないけどね」
「あ、それが今日はある人から呼ばれていてね」
「ある人……? 男の先輩とか?」
「いえ同性よ、あ、年上という点は合っているけど」
いまもその人のところに行って戻ってきたところだったらしい。
これはなにか怪しいな、こそこそ付いて行って確認しなければ……って、しないけどさ。
「使われているとか弱みを握られているとかそういうことじゃないよね?」
「ええ、昔から一緒にいる人だから」
「ならよかった、じゃあ暇なときは付き合ってよ」
「分かったわ」
教室に戻って椅子に座ったタイミングでにやにやと笑みを浮かべた出原さんが戻ってきた。
「私がいないと駄目っぽいね」
「ま、暇なときは頼むよ、意地悪なときもあるけど意外と言うことを聞いてくれるから嫌いじゃないしね」
これでは言うことを聞いてくれなければ嫌いと言っているように聞こえるかもしれないけどそうではないから安心してほしい。
自分のために動いてくれるから好きなんて言ったりはしない、そこまで微妙な人間ではなかった。
「意地悪は余計だけどね、それに瀬野さんのところに行くことを許可したじゃん」
「じゃあそうだね、お昼休みになったらまずお弁当を一緒に食べようよ」
「うん、あ、どこで食べる?」
「それは出原さんに任せるよ」
「分かった」
というわけでお昼休みまでの時間はしっかり切り替えてやって、お昼休みになったら彼女と一緒に教室を出た。
「ここかな」
「階段か、こんなところに僕を連れて行ってなにをするつもりなのー」
「お弁当を食べるんだよ、賑やかなところで食べるのはちょっと嫌なんだよね」
「そうなんだ、ま、早く食べよう」
グループの子達とは教室で盛り上がっているし、色々と思い出してみると教室でお弁当を食べていたから違和感がある。
苦手と言ったり苦手ではないと言ったりこの子の本当のところが一ミリでも分かる日はくるのだろうか。
「甘い物ならなにが好きなの?」
「チョコのお菓子かな、甘すぎるのもあれだけど甘い物なら基本的に食べちゃうよ」
待った、冬の現在でもそれを続けているわけだけどそろそろ大爆発しそうだ。
これまでは胸はないけど細いだったところが胸もなければぶくぶく太っている、なんてことになってしまいそう。
「そっか、じゃあ今度作って持って行こうかな」
「ちょいちょい、なんか僕に気に入られようとしていないかい?」
「気に入られたいと言うよりも私も安心して一緒にいられる友達がほしいんだよ」
だから彼女の手作りだからとかそういうことは関係なく受け取ってしまっていいのかという考えが出てきた。
そもそもそこまでしてもらえるようなことをしていないというのも大きい、彼女みたいなタイプは初めてで接し方が難しい。
「いつかは分からないけど作ったら食べてよ」
「わ、分かった」
来年の二月ぐらいだったらある程度仲も良くなってそんなことも普通になるだろうからそれまで待ってほしかったのだった。
「うんまぁまずは二月の前に十二月を乗り越えないとね」
テストがあるぐらいだけどそのテストが一番難敵――ともならない、いつも通りやっていれば赤点なんかは絶対に取らないからそう緊張もしていなかった。
「瀬野さんが気にしている先輩が来たりしないかな」
最近はちょっとなにもなくて暇だ、本もお金の関係で新しく買えていないからそういうことで時間つぶしがしたいけどなにもないのが現状となる。
理想通りになんかならないのだとしてももう少しぐらいはなにかがあってくれてもいいと思う、出原さんも最初みたいなアブノーマル感はなくなってしまったから刺激を求めているのもあった。
「というかその出原さんが男の子と仲良さそうに話していて気になるんだよなぁ」
なにが自分から近づくのが苦手だよと言いたくなる、あと、十二月になる前からもう飽き気味で最初の勢いはなんだったのかという感じだった。
ふん、いいさ、どうせ僕なんか一人でいるのが基本なのだから最近がおかしかっただけなのだ、そりゃ違和感を抱いて当然だ。
そういうのもあって積極的に教室から出てきていた、見ていたくないとかではなくて前よりも廊下を気に入ったというだけの話でしかない。
他者に影響を受けて変えたりなんかはしない、僕らしく生きていけばいいのだ。
「やばいよ、なにがやばいって私の友達が壁に向かってぶつぶつと話していることがやばいよ」
「あー、聞こえなーい」
「反応しているのに聞こえないとか言っているところもやばいよ」
勝手にやって来ては自由に言ってくるこの子の方がやばいよ、まあ、こうやって完全に一緒にいる時間がなくなっているわけではなくやって来るものだから余計にむかつくのだ。
「あのちょっと格好いい男の子と話していればいいじゃん、この前言っていた一人ってあの子のことなんでしょ」
「よく分かったね、でも、そういうのじゃないから」
なにかが起きる前はよくこうやって言うよね、で、一ヶ月もしない内に特別なものへと変わっていくわけだ。
その子といられないときだけ来られても困る、時間つぶしの道具として利用されるのは嫌だ。
「じゃあなんで最近はよく二人で話しているの」
「グループの子の誕生日がもう少しでくるんだ、だからなにをしようかって話し合いをしていたんだ。なんで私なのかは分からないけど、大切な仲間の誕生日だからちゃんとしたいなと思ってね」
「それお誕生日を口実に出原さんといたいだけでしょ、まさか僕のお友達に鈍感さんがいたとはねぇ」
お友達的存在はこれまでもいたけど、みんなちゃんと気づいて行動していたから初めて遭遇したことになる。
なんかこういうのもむかつくな、それにあの男の子が可哀想だからちゃんと気づいてあげてほしいところだ。
「彼女はいないけど私のことを狙っているとかそんなことはありえないよ」
「ありえないねえ、僕からすれば本人でもないのに分かった気になってありえないとか言っている方がありえないよ」
「今日はやたらと気にするじゃん、どうしたの?」
「なんでもありませんよー、ま、なにかが違うとしたらテストが影響しているんだろうね」
いや、彼女がどうしようと彼女の勝手なのだからこれは僕が悪い、そもそも瀬野さんとほとんど一緒にいられなくなったからってすぐに独占欲みたいなものを働かせてしまっているのが問題だと言える。
これも一人でいたことの問題というやつだろう、誰かが構ってくれるのが嬉しくて毎日それを求めるようになってしまっているのだ。
よく家族とだけは仲良くできておけばいいなどと言い聞かせることをしたきたけど結局、それだけでは足りないようになってしまう。
「あ、もしかして私に構ってもらえなくて拗ねているとか?」
「別に、ただ、恋愛経験がないから僕が授業を受けて帰るという毎日を過ごしている内に周りは付き合っていくんだなという感想が出てきただけだよ」
「だからそういうのじゃないって」
次からはもっと遠いところで過ごそう、それこそこの前お弁当を食べた階段を上ってしまえば誰も来ないだろうから落ち着ける。
屋上には残念ながら出られないし、いまみたいに窓の向こうを見て落ち着かせることはできないけど、また一人に慣れておかないと急に二人がいなくなったときが怖いのだ。
「お誕生日会をやるのかどうかは分からないけど、その子が喜んでくれるといいね」
「そうだね」
いや、他の子のことを考えている場合ではないか。
せっかく来てくれても気分が落ち込んでいたら意味がないからなおさら逃げようという考えになった。
「いえーい、テストも終わったぜー」
となればもう今年中は頑張らなくてもいいからまたぐうたら娘になれるという話だった。
一人でもクリスマスは問題ない、毎年、両親や兄と盛り上がれるからそれで十分だと言える。
大晦日も意外にも母が付き合ってくれるから行きたくても行けなかったなんてことにはならないのがよかった。
「楽しそうね」
「年内中に瀬野さんが仲良くしてもらっている先輩と会いたかったけど、残念ながら無理そうだね」
直接話せなくてもいいからこの目で見られるだけでよかったのに残念ながらその機会すらなかった、そりゃ尾行なんかをすれば見ることは余裕だろうけど悪い人間にはなりたくはないからできないままでいた。
「ああ、恥ずかしがり屋な人でもあるからそれは無理ね、なにかがあれば可能性はゼロではないけどそのなにかが起きる可能性が低いからどうしようもないわ」
「もう、そういう情報を吐くのはやめてよ、聞いたら余計に気になってきちゃった」
「普通の人よ、だからあなたの理想通りの人ではないと思うわ」
「でも、瀬野さんにとっては違うんでしょ?」
「まあ、そうかもしれないわね、自分ばかりが行くことになってもなんにも不満もないもの」
とりあえず誰に対しても適当に可愛いなどと言うことはやめた方がいいとぶつけておく。
出原さんもそうだけど飽きるのが早すぎる、それだけ魅力がないのかもしれないけどもう少しぐらいは興味を持ってもらえないとこちらとしては困ってしまうわけだ。
それこそ出てきた感情をどうやって片付ければいいのかが分からなくなる。
「ちなみに聞いておくけどクリスマスってどうするの?」
「二十四日は家族と、二十五日は先輩と過ごすつもりよ」
「そっか、教えてくれてありがとう」
興味を抱いて話しかけてきたわけでもなかったのに友達面みたいなことをしてしまってまるで馬鹿みたいだ、気づいたときにはなにもかもが終わっているからどうしようもない。
「おっと、いつもと違ってまだお昼だけど放課後だからもう帰るよ、それじゃあね」
「ええ、また明日会いましょう」
急いで帰っても兄は最近、あの子とよく外で遊んでいていないから帰るふりをして残ることにした。
これなら二年の終わりまで誰ともいられずに過ごしていた方が絶対によかった、でも、もう言ってもどうにもならないことなのも分かっている。
生活レベルを落とすのは相当難しいということを知った冬となった……。
「あれ、まだ帰っていなかったんだ」
「中道先生こそどうしたんですか?」
「ちょっと息抜きのために歩いていてね、あ、いきなりであれだけどあれだけ頑なに貫いていた十鳥さんがクラスの子と話すようになって嬉しいよ。この学年中になんとか一人だけでもいいから話してほしいというのが目標だったんだけど、一気に二人と話せるようになったわけだからさ」
所詮どちらにとっても時間つぶしのためにしかなっていない、こちらとしては違うつもりだけど本当の意味でお友達とは思えないから結果的にそういうことになってしまう。
「迷惑をかけてすみません、でも、もう大丈夫ですから」
「うん、それは朝とかにちょっと見ただけでも分かるよ」
登校時間も少し前と比べれば遅くなっているのに中道先生が分かるということはそれだけこちらが表に出してしまっていたということだからなおさら恥ずかしいわけだけども……。
「よし、じゃあそろそろ休憩もやめて頑張らないと、帰るときは気をつけてね」
「はい」
中道先生が出て行ってから突っ伏すとほとんど同時と言っていいほどのタイミングで涙がこぼれた。
確かに最近はマイナス方向寄りだったけどさすがにこれには驚いた、こういうところですらポンコツということなら健康体であること以外でいいところはなにもないということになる。
「ちょんちょん」
「……まだ残っていたんだ」
冷静に対応できているふりをしただけで、触れられた瞬間に冗談抜きで口から心臓が飛び出そうになった。
相手が女の子だろうと見えていない状態で体に触れればこんなものだ、声を出してくれた分はマシだけど無言で触れられていたらずっと固まることしかできなかっただろうな。
「うん、もう本番が近いから教室じゃない別のところで話し合っていたんだ」
「まだお誕生日がきていなかったんだね」
「うん、実は二十四日なんだ」
二十四日か、二十五日よりはまだマシなのかな、被った場合はお家によるけどほとんどの場合は一緒に片付けられてしまいそうだ。
それだったら別の日であってくれた方が楽しめそうだ、それと別の日でよかったとしか言いようがない。
「なんで顔を上げてくれないの?」
「ちょっと今日は目が疲れていてね、休ませているんだよ」
「私と話しているんだからちゃんと顔を見て話してよ」
「はは、来たら来たでわがままだねぇ」
顔を上げてなにかを言われる前に目薬を入れたから突っ伏していたのもあったんだよと言わせてもらう。
「たまに目が疲れるときがあるから分かるよ、目薬を入れたときが気持ちいいよね」
「分かるのにいちいち顔を上げさせたとか出原さんはやっぱり意地悪だ」
「和音はすぐに意地悪判定をしすぎ、私のこれが意地悪に該当するならやばいことをしている子ばかりになっちゃうよ」
この話は終わらせて、どうせいるなら付き合ってよと言ったら「仕方がないなぁ」と受け入れてくれるようだった。
こうして頼んで相手が受け入れてくれた分には……いや、これでも結局は普段と変わらないか。
相手が我慢をしてくれているだけならお友達になれたとは言えない、どうすればお友達になれるのだろうか。
「それよりこんなことは初めてだけどどうしたの?」
「だからいま言ったでしょ、あ、細かく説明をするとテスト勉強で疲れた目を休ませようと――」
「嘘だよね、あと、涙が出ていたんでしょ」
「ふっ、嬉し泣きだよ、特に不安を抱くこともないけどやっぱり終わったらほっとすることだからね」
「和音」
そんなに見つめられても困る、だってこれをぶつけて相手が変わっても僕の求めるものとは変わってくるからだ。
「ま、正直に言うと誰かといるようになってから微妙になったのは本当のことだよ、常に一人でいた人間が急に誰かといられるようになると他よりも影響を受けてしまうんだよね」
「瀬野さんと一緒にいられていないから?」
「どうだろうね、でも、もう前みたいにはできないんだよ」
相手が協力してくれなければどうにもならないことなのに一人でごちゃごちゃ考えて勝手に疲れている。
そんな無意味なことを繰り返すことしか僕にはできなかった。
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