04話.[絶対に離れない]
「ね――」
「あ、嘘つきさんだ、だって苦手なはずなのに僕のところに何回も来られるんだからそうだよね」
「いつでも絶対に近づけないというわけじゃないよ、知らないだろうから自己紹介をしておくけど
「クラスメイトの名字や名前ぐらい知っているけどね」
興味がないわけでもなかったのに名字や名前がすっかり頭の中から消えていた、自己紹介タイムに自分のことで精一杯だったというのも影響しているのだろうか。
瀬野さんは中道先生が何回も口にしていたから知っていただけで他の子はそうだ、断言してしまってもいいぐらいだ。
「それで今日はどうしたのさ、もうやれることはないよ」
「お礼を言いにきたんだよ、今朝瀬野さんが十鳥さんが動いてくれたことを教えてくれたから」
「お礼ねえ、じゃあそんなことはしなくていいから今度から不満があるなら自分でぶつけてよ」
「駄目だよ、次からは気をつけるけどそれとこれとは別だからね、お礼をさせてもらえるまで絶対に離れない」
こ、怖ぁ、瀬野さんなんかなんにも問題がないぐらいにはやばい子だった。
言うことを聞いておいた方が自分のためになりそうだ、というか、何度も言っているように自分を守りたいのであれば自分で動くしかない。
「ちょっと偉そうかもしれないけどあなたはなにができるの?」
「ご飯を作ってあげられるよ、お菓子なんかもちょっとは作ることができるよ」
「うーん、それなら友達になってくれない? 瀬野さんはいてくれるけどいつでもこっちといられるわけじゃないから仲間がほしいんだよ」
「別にいいよ、いつもグループで行動をするというわけではないからね」
ふぅ、これで付きまとわれることもなくなったぞ、そこに悪意が含まれていなくてもずっと同じことで絡まれるのは正直うんざりとしているから助かった。
きっとこれで満足して、
「あ、それとこれとは別だから、友達になることがお礼とは思えないし」
離れる……はずだったんだけどなぁ。
「放課後に付き合うから今日だけでこの件は終わりね」
「うん、じゃあよろしく」
損をするわけではないから云々と片付けて教室へ……って、現在進行系で教室でやり取りをしていたのだ。
だからあっちの方ではいつものお気に入りのグループの子達と話している瀬野さんがいるし、盛り上がっているそれ以外の子達も見える。
彼女に絡まれていること以外はあくまでいつも通りの光景だ、ここに中道先生がいてくれたら完璧ということになる。
僕のいつも通りはこれとは違うから理想とは言えないけどね、まあ、理想通りになるなんて考えがそもそもないから別になんてことはないんだけどと内で呟いた。
「ちょっと待って」
「あ、今日は約束をしているから無理なんだよ」
「だから終わった後でいいわ、私の家に寄ってちょうだい」
この言い方的にどういう会話をしていたのかを知っているということか、相手があの子ではなかったら普通に参加していたことだろうな。
前も言ったようにちょっと寂しがり屋な子だから普通にありえる……って、なんかこれも偉そうか。
「瀬野さんを誘ったりしなくてよかったよ」
「苦手という話を聞いているのに誘うわけないでしょ、そんな喧嘩を売るようなことはしないよ」
残っていても時間がもったいないから早速行動することにした、とはいえ、こちらがなにかをしなければいけないわけではないから付いていくだけでいいのは気楽だと言える。
「なにがいいかな、そもそも十鳥さんが好きな物も知らないからな」
「僕は肉まんとかが好きだよ」
「なるほど肉まんか、別に冬限定というわけじゃないけど冬に食べたくなる食べ物だよね」
「そうそう、ノーマルが一番――」
全てを言い終える前に「ピザまんが一番ね」と言われて黙る羽目になった。
このことで言い争いをするつもりはないから感情的になったりはしないけど、なんとも言えない気分になったのは確かだ。
まあ、怖い子だから知れば知るほどこういうことになるのかもしれない。
「……別に押し付けるつもりはないんだから遮る必要はないかと」
「押し付けてはいないよ、ただ私が好きな味の話をしただけ」
「そ、そう」
は、早く瀬野さんのところに行きたいよ、最初からこんなんだといい方に繋がるところが想像できない。
関わってみなければどういう子なのかを理解できないのだとしてもいきなり躓いてしまう存在だっているのだ。
僕だって誰かからは早々に無理判定をされて離れられている可能性はあるけど、うん……。
「最初は食べ物を買って食べてもらうことにしよう、よし、じゃあ早速肉まんを――どうしたの?」
「今日で終わりだよね」
「いや? それぐらいのことを十鳥さんはしてくれたんだからちゃんとお礼をしないとねって話だよ」
か、勘弁してくれぇ、なんなら「ありがとう」だけでも十分すぎるぐらいなのになにを言っているのか。
理解が追いつかなくなるぐらい拘る子もいるということをこの目で直接見て知ることとなった。
瀬野さんのところに行きたいではなく行かなきゃという考えに変わるぐらいにはやばかった。
「来てくれて嬉しいわ、ありがとう」
「約束だったからね」
約束を破ったことはほとんどないし、百パーセント絶対とまではいかないけどそれが普通だと思う。
「そこに座って」
「うん、あ、また髪をいじるの?」
「ええ、どの髪型が似合うのか色々試して答えを出したいのよ」
学校でも読めるそんな本を持っているから本でも読んで答えが出るのを待とうと決めた。
よかった点は出原さんが十八時になる前には解散にしてくれたことだ、言い間違いではないらしく今日のそれだけでは満足していないみたいだけどとりあえず約束があるのにずっと付き合うことになって行けませんでした~なんてことにならなかったのがいい。
「出原さんが言っていたこと、最近はよく分かるわ、あなたが他の誰かと一緒にいると気になるの」
「瀬野さんが違うグループの子達と話していると意外で気になるけど、もやもやするとかそういうのはないかな」
「真っ直ぐに言ってくれるものね」
「嘘をついても仕方がないからね」
僕が自分だけで動く必要があったのであればお家に行くことだってあと一ヶ月ぐらいは時間がかかっていたと思う。
中道先生が口にしてくれたから、何故かあの日だけは本人が近づいてきてくれたからここに繋がっているわけだ。
だからやっぱり僕が彼女に対してなにかができたわけではない、小さなことが偶然重なってなんとかなっているだけだった。
ただ、僕の性格が話にならないぐらいに糞だったらそういうきっかけすらもなかったと思うので、そう悪い話でもないかなと考えている。
「ただいま」
彼女のお母さんとは話したことがあるから慌てる必要はない、けど、どちらかであっても親が帰ってきたら帰った方がいいという考えがあるのもあって留まることはできなかった。
「お邪魔しています」
「はは、きみはお兄ちゃんのことが好きだねぇ」
「和音さんは知っているじゃないですか」
「そうだけどさ、こうして何回も来ているのを見ると毎回言いたくなるんだよ」
そういえばこの前ぶつかったあの子も彼女と同じ一年生だったけどこの先会うことはあるのだろうかとまで考えて、階下には体育か帰るときぐらいしか行かないから会える可能性は限りなく低いかとすぐに片付ける。
また、会えたところでこの前はごめんねぐらいしか言えないため、卒業するまでずっとこのままでよかった。
「あれ、きみはいるけどお兄ちゃんはどこにいるの?」
「いまお菓子を買いに行ってくれています、付いていくと言ったんですけどコンビニに行くだけだし冷えるから待っていろと言われてしまいまして……」
「なんかお兄ちゃんらしいや」
家事をするわけでもないし、彼女がいるならここでだらだらするのも違うため挨拶をしてリビングをあとにした。
部屋に入ったら制服から着替えずにベッドに寝転ぶ、うん、誰かといられる時間も好きだけどやっぱりここでこうしていられる時間のよさには勝てないな。
このまま寝てしまってもいいし、寝転びながら読書をするというのも最高だ、発明した人が生きているのかどうかは分からないけど偉い! すごい! と言わせてもらいたいぐらいだ。
「和音さんのお部屋も好きになりました、これからも来ていいですか?」
「それはお兄ちゃんがいないからでしょ、丸分かりすぎだよ」
「それはそれこれはこれというやつです、私は本当にここが気に入っているんです」
本人でもないのに本当のところなんて分からないため、来てもいいけど兄と十分に過ごしてからにして吐いておく。
せっかく最高のベッドの上にいられているのに延々平行線の話を続けて疲れる方が馬鹿だから仕方がなかった。
でも、なんか初対面の子から気に入られることが多いけどなんでだろうか、ちゃんと相手をしてもらえたから嬉しい、なんてことはないだろうから謎だ。
「ただいま、あぁ、外はもう寒いな」
「おかえりなさい、それは冬なんですから仕方がないですよ」
「小学生のときは冬でも半袖でいられたんだけどな、もういまじゃ何枚か着込まないと無理だ」
「冬に半袖はおかしいと思います」
「はは、厳しいな」
いちゃいちゃしてんなぁ、いざ実際に目の前でやられると空気を読んで去った方がいいのかなとなるから他のところでやってほしいな。
というかさ、なんにも言わずに部屋でゆっくりしていたのに迷いなく僕の部屋に来た兄も彼女もなんなのと言いたくなる。
匂いとかで分かるのかな? それともこういうときはこうすると彼女のことを知っているというところだろうか。
「和音の部屋にいてくれてよかった、和音も一緒に食べよう」
「くれると言うなら食べさせてもらうけど、離れようか?」
「いちいち気にするな、家族が相手なのに遠慮なんてするなよ」
うーん、本当に大丈夫なのかなこの人は、あとこの子もにこにこしているけどいまみたいにはっきり言っていくことが大事だぞ。
好きだと言っただけで満足するのは駄目だ、それは恋愛未経験者でも分かることだった。
朝からいなかったのに瀬野さんがいるつもりで探してしまっていた、僕が今日はいないことに気づいたのは出原さんが教えてくれたからだ。
付き合えるときは付き合っているのになんで休んでしまったのか、あの子がいないと結構影響を受けるということを知った日となる。
当然、放課後になったら大急ぎでお家に行こうとしたんだけど、残念ながら今日は出原さんがそれを許してくれなかった。
「意地悪だね、瀬野さんのところに行こうとしているから敢えて邪魔をしているんでしょ」
長くいるつもりなんてなかったわけだしその後なら付き合ってあげるのに本人がこうだとその気もなくなる。
聖人というわけではないから仕方がない、嫌なら僕に変化することを求めるよりも離れてしまった方がいい。
「そういうのじゃないよ、私はただ友達として相手をしてもらいたかっただけ」
「いまじゃなきゃ駄目なの? それこそ他の日なら僕なんて暇な日ばかりだから問題ないんだけど?」
が、彼女は「調子が悪いときに近づいても悪化させちゃうだけでしょ? 別にお出かけをしようとしているわけじゃなくて相手をしてもらいたいだけだから少し付き合ってよ」とあくまで聞いてくれる感じではなかった。
このままではいつも避けている延々平行線状態になる、そうなったら僕としても彼女としても得がないから妥協案を出すことにした。
まあ別にこの子のことが嫌いというわけではないしね、一緒にいられて助かっているときも実際にあるからそう強気にも出られないのだ。
「相手をするから瀬野さんのお家に行こうと言ったら?」
「うーん、相手をしてくれるならいいよ、そもそもこのままだと十鳥さんは適当になりそうだからね」
お、意外にも言うことを聞いてくれた、よし、そうとなれば早速行動をしよう。
一応コンビニで飲み物なんかを買ってから瀬野さんの家に向かう。
「来てくれたのね」
「大丈夫?」
「ええ、沢山寝てもうよくなったわ」
「それなら上がらせてもらってもいいかな? なんか今日は一日、瀬野さんがいなくて物足りなくてね」
「ええ、上がってちょうだい」
出原さんに触れないのは敢えてなのかな? 苦手と言われたわけだから歓迎はできないか。
「あ、これ、多分お家にあるだろうけど買っていくのが常識かなと思って」
「ありがとう」
「それとこの子は瀬野さんのお家に行こうとしたときに止めてきてね、それで話し合った結果彼女も付いてくることになったんだよ」
瀬野さんが彼女のことを好きでいるのであれば大きいお土産だよなんてふざけることもできたけど、残念ながら微妙な関係だからそれはできない。
いや、そもそも病人の前でふざけるべきではないというやつか、多分こういうときに選択をミスって一緒にいられなくなってしまうんだろうな。
それが基本は一人でいることの問題だと思う、関わってみなければそういうことにも気づけないという悪い流れだ。
「意外ね、あなたに相手をしてもらいたかったのだとしても苦手な私の家に来るとは思わなかったわ」
「私はグループの子達と話している瀬野さんを見るともやもやするだけで瀬野さん自体は苦手じゃないんだよ」
「なるほど、あ、飲み物を出すわね」
お茶とかお水とかでいいのにわざわざ甘いジュースを貰うことになってしまって申し訳ない。
「十鳥さんが変なことをしていたんだ、知りたい?」
「ええ、十鳥さんのことなら知りたいわ」
ああ、僕が黙っておけばなんとかなることではなかったか、滅茶苦茶恥ずかしいぞこれは……。
「朝から瀬野さんがいなかったのに探し回っていたんだよ? それこそ早めに登校する十鳥さんは瀬野さんが来ているのかどうかを把握しやすいのに変だよね」
「ふふ、可愛いわね」
「えっ、そ、そうじゃなくて変――」
続けようとしたものの、あくまでそのままで「そういうところも十鳥さんのいいところなのよ、本人が分かっていないのは少しもどかしいところでもあるけどね」と返されて固まっていた。
どうやら瀬野さんに負けるのは僕だけではないらしい、なんかそのことに安心できてしまった。
「やっぱり瀬野さんは苦手だ……」
「それでいいのよ、苦手な相手に無理をして近づく必要はないわ」
「……十鳥さんは瀬野さんのこと、苦手じゃないの?」
そうきたか、だけどこっちも変わらない。
「苦手じゃないよ? 寂しがり屋だからたまに大変なときもあるけど嫌だと思ったことはないかな」
「……なんかむかつく」
えぇ、むかつくと言われても本当のことだからどうしようもないぞ……。
とにかくなんか拗ねてしまったから触れずにワンちゃんに触れておいた、相変わらず瀬野さんのところにはあまり行こうとしないこの子が気になるけど癒されるというものだ。
「十鳥さんがむかつくから帰る」
「気をつけてね」
「止めないとか最低っ、それに嘘つきじゃんっ」
行ってしまったから僕の方もこれで帰ることにした。
元気なときにまた遊べばいい、今日は瀬野さんも止めてくることはなかった。
兄のことが大好きすぎるあの子もいなかったため、久しぶりにリビングでゆっくりすることができる。
「ここに制服がないということはお兄ちゃんもいないのか、なんか食べに行っていたりするのかな」
積極的なあの子のことだから誘っているかもしれないし、外食ではなくてもお家に誘ってご飯なんかを食べてもらおうとしているかもしれない。
結局、そのときだけを見てそれでは駄目だなんて判断するのは間違いなのだ、誰かになにかを言われなくても好きな相手を振り向かせるために自分のできることをしていることには変わらない。
だから関係のない僕が偉そうに言えることではないので、一人なのをいいことにぐうたら娘に戻ることにした。
「ただいま」
「おかえり、今日は早かったね」
「そうね、喜人は……あ、まだ帰ってきていないのね」
「うん、多分誘われて遊びに行っているんだと思う」
「じゃあ和音でいいから手伝ってちょうだい、いまからお買い物に行くわよ」
え? あ、わー、どうやら拒否権というやつはないみたいだった。
いつもであればお仕事が終わったらそのままスーパーに寄ってくるところなのにどうしたのだろうか? なかなかに珍しいことだからすぐにそっちの方が気になり始めてしまう。
「特になにかがあったわけではないのよ、たまにはぐうたらしている娘にも重い物を持ってもらおうとしただけでね」
「お、お手柔らかにお願いします」
「ええ、だから今日は頑張ってちょうだい」
ちょっと噛み合っていないけどそんなに酷い結果にはならないだろう。
た、多分、大丈夫なはずだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます