02話.[付き合ってくれ]
「あらら、まさか寝ちゃっているとはねぇ」
「夜に活発に動く子だからこんな感じね」
「でも、見られてよかった、動物を見る機会ってそんなにないから見ているだけでも癒されるよ」
それと家の方もね、そこまでやばい感じではなかったから落ち着ける。
お金持ちということになると本人ともなんとなく居づらくなるからこれでいい。
いやまあ家が普通だろうとちょっとやばい子ではあるから付いてきてよかったのかという話ではあるけどもと内で呟いた。
「ほとんど一人だって言っていたけど何時ぐらいまで一人なの?」
「二十時ぐらいまでかしら、流石に帰ってこないなんてことはないわ」
「二十時か、それでも寂しがり屋なら辛そうだね」
僕的には学校で他の子といられない分、家では兄や両親といたいからみんなの帰宅時間が遅くなくてよかったとしか言いようがない。
だから仮にもし一人だった場合はどうしていたのかは気になる、読書なんかもそういう前提があるからこそ楽しめるわけだから寝ることでなんとかしていた可能性も普通にありそうだった。
「だからこれからはあなたが毎日来ればいいのよ、女の子だからそんなに長くいてもらうつもりはないけどいてくれたら変わるわ」
「そっか、じゃあ暇なときは誘ってよ、ちなみに僕なら余程のことがない限りは暇だからさ」
「ええ」
ただ、とりあえず初日はここまでかな、今日は課題もやらなければいけないから瀬野家をあとにした。
瀬野家と十鳥家までの距離はそう離れているわけではないから毎日行くことになっても問題はなさそうだ。
でも、彼女には友達が多くいるから毎日ということはなさそう、一週間に一回か二回程度ぐらいで終わりそうだった。
それでも僕的には自分がしたいことをできているということになるから不満はない、そもそも多くを望めば必ずどこかで失敗をして一緒にいることすらできなくなりそうだから緩くいくしかない。
幸い、無理やり絡んでいるわけではなく瀬野さんの方から来ればいいと言ってもらえているのは大きいと言えた。
「ただいま……ん? これは女の子の靴か」
兄が異性を家に連れてくるとか珍しいな、リビングにはいないみたいだから部屋にいることになる。
邪魔をするのも悪いから一階でゆっくりしておこう、なんかやらしいことをしていたら気まずいしね。
ぐうたらする前に課題のプリントを鞄から出してやっていると「おかえり」と兄がやって来た。
「お兄ちゃん、もしかしてこれ、だったり?」
「違うよ、気になるなら本人に確認していいぞ」
「いいよ、よし、課題終わりー」
せっかくやったのに忘れてしまったら馬鹿らしいから鞄にしっかりとしまっておく、曲がっても嫌だから教科書に挟んでおいた。
「やることが終わったなら和音も来いよ」
「はぁ、そんなことをするべきではないよ」
「そうか? まあ、本人が乗り気でもないのに無理やり連れて行くなんてことはしないけどさ」
この感じだとやらしいことはしないと分かったので、部屋のベッドでごろごろして過ごすことにした。
もちろん甘い飲み物と甘いお菓子も忘れずにだ、ちゃんと毎日補給していないとやっていられないときもあるのだ。
「あの、入ってもいいですか?」
え、いや誰、声も聞いたことがないからすぐに答えられずに固まってしまった、が、兄が扉を開けてきたことにより強制的に先に進む。
「え、お兄ちゃん一年生の女の子をお部屋に連れ込んでいたの……」
「連れ込んだんじゃないぞ」
「はい、私が興味を抱いて入らせてもらったんです」
そうなのかで終わる話ではなかった、それならどうしてここに行くという考えになるのだろうか。
仮にここにも興味を抱いたとしても普通の部屋だ、女の子らしくも男の子らしくもないそんなどちらにも偏っていない部屋となる。
臭いは自分のだからよく分かっていないけど、他者にとっても問題ないのかは気になるところではあった。
でも「臭い!」なんて真っ直ぐに言える人間はあまりいないだろうから期待するのも違うだろう。
「それも嘘だけどな、こいつ、俺の友達が好きで相談を持ちかけられていてな」
「お兄ちゃん的にそれは微妙じゃない?」
「そうか? できることは限られているけど協力できるし、そういう大事なことを言ってもらえることが嬉しいけどな」
いい人だけど残念ながらモテることはなかった、ずっと近くで見てきているのに一人もそういう異性を連れてきたことがないから兄がただ隠しているだけなんてこともない。
この子が実は兄のことを好きだとかそういう展開にならないだろうか? もしそうなったら協力しちゃうけどな。
「喜人先輩はとても優しくて安心して一緒にいられます、でも、私が好きなのは喜人先輩のお友達なんです」
「何回も言わなくていい、それに俺的には後輩はちょっと無理だからな」
「なんで?」
なんでと聞いておきながらなんとなく想像ができてしまった、つまり兄は大人のお姉さん系が好きなのだとね!
年下の子の中にも大人びた子というのはいるけど、なかなかそういう子は人気で関わることは難しいからだ。
「少し語弊があったな、一つ下ならともかく二つ下は不味いだろ」
「え、そんなのよくあることだと思うけどな」
「他は他、俺は俺だ、俺が積極的に後輩とそうなるために動いていたら怖いだろ」
「はぁ、なにそのマイナス思考、そもそも周りはそこまで気にしていないよ」
「じゃあ俺が引っかかるからということで終わらせよう、延々平行線になるだけだからな」
なんかもったいないな、今年中にいい人が現れないかな……って難しいか。
だって兄はもう高校三年生で、もう冬まできてしまっているわけだから職場で探した方が早い。
だからいい人が現れますようにと願っておいた。
「待って待ってっ、急ぎ過ぎだよ!」
「わんっ!」
瀬野さんの代わりにこの子とお散歩をしているけどだいぶきつかった、なにがきついって体力の底が見えないことだ。
こっちは残念なぽんこつと言ってもいいからそう離れてもいない場所でばてばてだ、あの家まで無事に帰れるかどうかも分からない。
もう知っているだろうから手を離してしまった方がこの子のためにはなる、でも、僕が代わりに行ってくるよなんて言ってしまって出てきているわけだからそんな適当なことはできない。
もう絶対に次はないけどね、やっぱり僕は家でだらだらしておくぐらいが丁度いいのだ。
「でも、それぐらいがいいね、元気がないと心配になるからね」
「わん」
「さて、そろそろご主人様のところに帰ろうか、君だって瀬野さんといたいだろうからね」
あらら、分かっていなさそうな顔をしている。
どうせ帰れば分かりやすくテンションを上げるだろうからとゆっくり帰ったら家に着くなり瀬野さんとは違う方に歩いて行ってしまって驚いた。
「も、もしかして仲良くない感じ?」
「自由なのよ、あ、ご飯のときは来るから大丈夫よ」
「駄目じゃん……」
でも、実際はそういうことになる可能性の方が高いだろうからやはりペットを飼うのはやめておこう。
そもそも現時点では飼えないし、仮に一人暮らしをしたとしても一匹だけになったときに心配になるから飼わない方がいい、なにより死んじゃったときのダメージがやばそうだ。
「それよりこれを食べてみて」
「クッキーか、一枚貰おうかな」
うん、甘さは控えめだけど苦いわけではないからもうちょっと食べたいという気持ちが出てくる。
ただ、これなら最初からチョコ菓子の方が満足感が高い気がした、もちろん自分目線での考えだからみんなに当てはまるわけではないことはちゃんと分かっているし、この考えを押し付けるつもりもない。
「瀬野さんは甘さ控えめで作るんだね」
「え、凄く甘いでしょう?」
「え? ううん、甘さ控えめだよ」
ああ、こういうところで差が出るということか、だけどこういうのを食べるときに遠慮をするぐらいなら食べない方がマシだからずっとこの考えでいいと思う、これもまた押し付けているわけではないのだから誰かになにかを言われる謂れはないというやつだった。
「参考になるわ、今度あなたに作るときはもっと甘く作るから安心してちょうだい」
「無理はしないでね、僕達なんてやっと話し始めたぐらいなんだから最初は会話だけでいいんだよ」
「それでは駄目よ、悠長にしていたら私達が卒業することになってしまうわ」
「言ってしまえばこうしてほぼ初対面でも家で遊べているわけだし、そんなことにはならないと思うけどね」
親友レベルになるのはきつくても友達として仲を深めることなら間違いなくできる、彼女がこちらを優先してくれたらなおさら可能性が高まる。
だから今回は僕の頑張りどうこうよりも彼女、相手次第だと言えた、こんなことはあまりないからなのか謎にテンションが上がっていた。
「お? なんか持ってきてくれたよ?」
「お気に入りのぬいぐるみね」
「へえ、はは、涎でべちゃべちゃじゃん」
涎と言えば若い頃の僕もぬいぐるみを被害者にしたことがあったな、兄から貰った物だったから起きて気づいたときは悲しくて涙が出たぐらい。
洗ったことでなんとかなったかと思えばそうではなく、臭いの方は大丈夫だったけどなんかボロボロになってしまってそれでも泣いた。
ただ、意外にもそれで卒業することができたから人形には悪いけどあれは自分にとってよかったと言えることだった。
いやほら、そういうタイミングで卒業しておかないと高校生になってもぬいぐるみ頼りの生活だったかもしれないからね、もしそうだったら完全に痛い者になるから助かった形になる。
「君は小さくてもそれが可愛さに繋がるんだからいいね」
「あなたも同じじゃない」
「身長も小さくて胸も小さくて可愛さも全くない僕に対して嫌味かな? 男の子寄りだからこそ僕なんて言っているのにさ」
「それはあなたが勝手に悪く考えているだけよ」
そっか! じゃあ僕は他の可愛い子と比べても可愛いんだ! ――とはならない。
というかそこで自信を持って行動できるような人間ではなくてよかったとしか言いようがない、もしなんでもかんでもプラスに捉える人間だったら多数の人から嫌われていたことだろう。
「いまのでダメージを受けたから今日は帰るよ」
「なにがダメージよ、あなたが帰りたいだけじゃない」
「まあほら、さすがにずっとはいられないから今日のところはということで許しておくれよ」
忘れ物をしないようにしっかりと確認をしてから彼女の家をあとにした、これでも高頻度でここに来ているから満足してほしいところだった。
想像以上に寂しがり屋で困ってしまうときもある。でも、やっぱり誰かといられて嬉しいという気持ちの方が大きいから断らずにいるわけだ。
僕なんかこんなものだから自分の気持ちから目を逸らしたところで意味はない、天邪鬼になるぐらいなら積極的に一緒に過ごしてこっちからも誘えるようにしたいところだ。
「ただいまー……って、またかぁ」
もうこれやっぱり好きなのは兄のことだろ、だってそうでもなければ気になる異性がいるのにこの家には来ない。
僕がいるときならともかくとして、二人きりのときに上がるなんてあまりにも露骨過ぎる。
逆にこれでちゃんとその兄以外の人が好きだったとしたら怖いよ、二度と来てほしくないぐらいには怖い。
「こんこん、入ってもいいですかー」
「どうぞ」
え、あれ、部屋の中に入ってみたら何故か兄はベッドで寝ていた、そしてその近くに座って件の子は本を読んでいた。
帰ればいいのになにをしているのか、また、連れ込んでおきながら寝るのはどうなのかと色々と言いたくなったものの、なんとか抑え込んで挨拶をする。
「今日は少し遅かったですね、もしかしてお友達の家に寄ってきたんですか?」
「うん、最近話せるようになった女の子の家に――じゃなくて、お兄ちゃんを起こしなよ」
「いやでも寝顔が可愛いじゃないですか、私、これを見られるだけで疲れなんかも吹き飛んでしまいます」
「お、お兄ちゃんが好きなの?」
「好きですよ? あ、ちょっと廊下で話しましょうか」
簡単に認めちゃったし、なんならこれから色々なことを話してくれそうだ。
このまま聞いてしまっていいのだろうかと一瞬だけ悩んだものの、結局欲に負けて付いて行くこととなった。
彼女はわざわざ階段を下りて一階まで移動してから振り返ってこちらを見てきた。
「私、喜人先輩が好きなんです、他の人のことを好きということにしているのは年下のことを意識してくれないからなんですよね」
「だけど隠せば隠すほど仮に気持ちが出てきたとしてもお兄ちゃんも隠そうとしちゃうんじゃない? ほら、あなたには好きな子がいるんだから迷惑をかけたくないからやめておこうとか考えそうじゃん」
「確かに、それならいますぐに全部吐いてきます」
「え、まじ?」
「はい、なにも動けずに終わることの方が嫌なので行ってきます」
最強かよ、ただ、相手は兄だからどれぐらいかかるのか。
三年生でもうすぐ卒業! というところまできてしまっているのもよくないところだった、お前ならもっといい男が見つかるなどと言って向き合わない可能性が高い。
「あ、おかえり」
「はい、それでなんですけど喜人さんは『そうだったのか!?』と驚いていました」
「そりゃあね、それにお兄ちゃんって結構大袈裟に驚く方だから見ていて面白かったんじゃない?」
「いえ、可愛かったですっ」
あ、そう、恋は盲目というやつなのかな、格好いいではなく可愛いだから兄的には嬉しくないだろうけど。
とりあえず寝起きで驚くことになった兄の部屋に行くことにした、そうしたら何故かベッドにうつ伏せで転んでいて心配になり始める。
「か、和音、こんなことってあるのか……」
「あるからこうなっているんじゃない?」
「いやでも、年が変わればすぐに卒業だからな、流石に他の男子にしておいた方がいいだろ」
「それはちゃんとこの子と話し合ってよ、あ、卒業とかを抜きにして単純にお兄ちゃんがこの子のことをそういうつもりで見られるのかをちゃんと考えてみた方がいいと思うけどね」
できるだけ干渉はしたくないけどこれぐらいはいいだろう、とにかく自分的にどうなのかをちゃんと考えてほしかった。
考えたうえでそれでもまだ卒業云々、いい男の子云々という考えが出てきたのであれば振るしかない。
「とりあえず送ってくる」
「いつもありがとうございます」
「気にするな、行こう」
そうか、あまりモテない兄がこれで彼女持ちになるのかもしれないということか。
そうなるとこの家で恋をしたことがない及び彼氏、彼女がいないのは僕だけということだから微妙だな。
いやまあ、間違いなく二人がそういう関係になったら喜ばしいことだけど、なんか置いていかれた感も凄くある。
でも、口に出して分かりやすく迷惑をかけるなんてことをするつもりはない、だからその点では安心してくれてよかった。
「ただいま、なあ、さっきのは俺の妄想というわけではないんだよな?」
「うん」
「そうか、じゃあよく考えてみるよ」
部屋でゆっくりする気分でもなかったからいつも通り、リビングのソファに寝転んで休むことにした。
「あれ、てっきりお部屋でゆっくりすると思ったのに戻らないの?」
「いやいまは一人ではいられないからな、和音、付き合ってくれ」
「いいけど」
ちなみにいまここに残っているのは先程のあれとは全く関係なかった、いまの僕の中にあるのはご飯の時間にいちいち移動するのが怠いからここに残っていようというぐうたらな人間性からきているだけのことだ。
こういうところは地味にいいところかもしれない……って、この前もこういうことで一人盛り上がっていたからやめておこうか。
やっぱり誰かに褒めてもらえなければ嬉しさも半減してしまう、身内だと甘々になるから瀬野さんから言ってもらえたら嬉しいな。
「ご飯でも作るか、なにかをやっていた方が気が紛れるからな」
「はは、影響力大じゃん」
「あ、当たり前だ」
「うーん、だけど相手をしてもらえなくなるのは寂しいな」
あ、早速やぶってしまった、なにをしているのか。
兄は「相手をしないなんてそんなことはありえない、最低でも日に三回は話すつもりでいるぞ」と言ってくれたけど、兄離れをした方がいい気がする。
「ありがとっ」
「お、おう、きゅ、急にどうした?」
「なんでもないよ、ちょっとトイレに行ってくるね」
まあ、ぐうたらしておけば自分からはなれる必要はないだろう。
全て他者任せで生きていこうと決めた。
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