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Rinora

01話.[少し羨ましいわ]

「最悪だ……」

「そうだな、まさかこんなことになるなんてな……」


 失敗をしないようにネットで何回も何回も調べてやったのに結局失敗ということになってしまった。

 なにが問題っていまからこれを奇麗に片付けなければならないということだ、それも人に見られる前にという時間制限もある。


「とりあえず片付けないと……」

「父さんはともかく、母さんには見られないように――」

「台所の色々なところが汚れているみたいだけど、どういうこと?」

「「すみませんでした」」


 言ってしまえば初めてのお菓子作りで失敗をしてしまったというだけの話だった、母にあげるためだったから母にだけは見られたくなかったわけだけどこれにすらも失敗をしたことになる。


「なるほどね、気持ちはありがたいけど汚さずにご飯でも作ってもらえた方が私的にはいいわね」

「いやほら、俺らも俺らなりに考えて――」

「そういう気持ちだけで十分よ、さ、手伝うから片付けましょう」


 残念だ、だけど本人がこう言っているのにまだまだと続けるのはエゴでしかないからやめよう。

 母が手伝ってくれたのもあって元通りにするまでにそう時間はかからなかった、奇麗になると気分もよくなる。

 それとご飯を作ってくれるみたいだから少しだけでもという考えから手伝った、母の味が好きだから出しゃばることはしないでおいた。


「でも、どうして誕生日でもないのに急に私にお菓子を作ろうという考えになったの?」

「言い出したの僕ではないよ」

「ということは喜人よしとが言い出したことなのね」

「ああ、世話になっているから作ろうという話をしたんだ、もちろん母さんに対して無事にできたら父さんにだってしようとしていたぞ」


 食べ終えて食器を流しに持って行く、テンションが下がっていたからそのまま戻らずにお風呂に入ることにした。

 今回のことで分かったことは漫画やアニメみたいに慣れない人間がしたら色々汚れるということだ、大袈裟でもなんでもなくちょっと酷い状態になったからこれからは嘘でしょなんて言いつつ笑うのはやめようと決める。


和音かずね、なんか悔しいから今度リベンジしようぜ」

「んー、だけど成功する可能性の方が低いからなぁ」


 兄はともかくこっちは動かない方がいいまである、そうした方が両親には喜んでもらえそうだ。

 だって自分で言うのもなんだけど女なのに僕とか言っちゃっているし、ろくに家事もできないし、ぐうたらしているしで結構酷い。


「やらなきゃいつまで経っても上手くならねえぞ」

「そうだけど、僕じゃ大して役に立てないし……」

「そんなことねえぞ、一緒にやってくれるだけでありがたいよ」

「本当に? 何回もこぼしちゃったりとかしたのに?」

「ああ、まあ、粉とかには申し訳ないが俺的にはそうだ」


 うーん、信じて行動してしまっていいのだろうか? むしろ兄だけでやった方が成功率が高まる気がするけど……。

 と、とりあえずお風呂から出るために洗面所から出てもらったけど、鏡を見てさらに微妙な気分になった。

 男みたいな体だなとかよく言われるから僕なんて一人称だったりもするのだ。


「ふぅ――って、まだ戻っていなかったの?」

「和音、こう言ってはなんだが全く成長していないな」

「よく食べてよく寝ているんだけどずっとこれだから延々に変わらないよ、ははは」


 まあ、高校生になってからは馬鹿にしてくる幼稚な男の子も消えたから学校に行く度になにかが削られるような生活は終わった。

 授業を受けて休み時間にぼへーとしているだけで一日が終わるのも正直に言えば微妙だけど、いちいちいらいらしなくていいというのは大きい。


「非力な俺でも持ち上げられるぐらいだしな」

「あ、体重はどう?」


 非力かどうかは男の子とあまり関わったことがないから分からないため置いておくとして、これだけは聞いておかなければならなかった。

 鏡を見れば自分が太っているのかどうかは簡単に分かるけど適正体重かどうかは分からない、そのため、真っ直ぐに言ってくれる兄に聞くのだ。


「全く問題ない、軽すぎるぐらいだ」

「ならよかった、身長もスタイルもよくないのに重かったら泣きたくなるからね」


 下ろしてもらって母に挨拶をしてから部屋に向かう、部屋に着いたらベッドに寝転んでからため息をついた。

 多分兄もそこまで大きい方ではないけど小さすぎるというわけではないから似たような身長になりたかった、そうすればスタイルの方があれでももうちょっとぐらいは格好がついたはずなのだ。

 でも、中身も悪ければ表も……という感じだから一生モテることはない、ただ、健康という点だけが救いだと言える。


「も、モテなくてもこうして体が満足に動けばいいか」


 そうやって言い訳を続けてもう十六年になってしまっていた。




「十鳥さん、おはよう」

「はは、朝は職員室にいるのが好きなんじゃなかったんですか?」


 中道先生は入学したばかりのときからよく話しかけてきてくれる明るく優しい男の先生だった。

 僕的には教師という人達は得意ではないから先生の存在には感謝しかない、ただ、その分調子に乗らないようにしないといけないというのもそれはそれで疲れるわけだけども。


「うーん、それがなんか最近は居づらくてね、その点、教室なら十鳥さんとか早めに登校してくる子と話せるから変えたんだ」

「なるほど」


 特定の場所で過ごしづらいというそれはよく分かる、僕で言えば小中学生時代は教室から逃げたがっていたからなおさらだ。

 だって何回も同じような面白くもないことで盛り上がるんだもん、多分、僕以外の子でも無駄に絡まれたら同じようにするはずだ。


「ただ、ここに長くいるとそれはそれで問題が出てくるんだよ、ちなみになんだと思う?」

「お仕事が進まないとかですか?」

「あ、それもあるけど十鳥さんが去年と同じように他の子と会話をしてくれなくて不安になってくるんだ」


 って、僕のことかい、昔から何故かやたらと心配される人間だから驚きはないけどなんでだと言いたくなる結果ではあった。

 確かに積極的に他者とはいないけど協調性がないというわけでもなし、係のお仕事だってちゃんと協力して相手の子とできているのに最後まで変わらない。

 こういうのも身長からきているのだろうか? 自分で言ったように兄と似たぐらいまで育っていたらもう少しぐらいは違う結果になっていたのかもしれないものの、いまから成長も無理だから確かめようのないことでもあった。


「ははは、昔からそうなので問題はありませんよ? 一つ上の階には兄もいてくれますから大丈夫です」

「十鳥君か、あんまり喋ったことはないけど近くにいてくれるだけで確かに力を貰えそうな感じの子だね」


 ちなみに僕の方から遠慮をして学校のときにはなるべく近づかないようにしていた、放課後になれば兄が来て一緒に帰ることもあるけど基本的には一緒にいないようにしている。

 迷惑をかけたくないとかもあるけど一番はなんかどういう風に接すればいいのか距離感が難しいからだった。

 家にいるときみたいに甘えてしまうと兄が周りの人にからかわれてしまうかもしれないからというのが大きいけどね。


「中道先生おはようございます」

「おはよう、やっぱりこのクラスで早いのは十鳥さんと瀬野さんだね」


 瀬野美森みもりさん、僕は彼女だけには負けたくなかった、向こうはこっちのことなんて眼中にもないだろうけどこちらかすれば違う、せめて学校に登校する時間だけでも勝ちたかった。

 僕はそうやって可愛いや奇麗な子に対して出てくる無駄な対抗心をなんとか細かく片付けつつ過ごしている。


「十鳥さん」

「え、なんですか?」

「僕からこれ以上は言えないよ」


 あ、話しかけろということか、残念ながら僕のライバルとは話したことがないからそんなことは不可能だ。

 僕が云々ではなく向こうが全く興味を抱いていないから仕方がない、つまり僕は悪くない。

 だからお世話になっている先生に言われようと動くつもりはなかった、これ以上変なことをされる前に席に戻る。


「十鳥さん、少しいいかしら」

「うん」

「それじゃあ少し付き合ってちょうだい」


 冗談抜きでこれが初めての会話となる、もう十一月で冬なのにこれが現実だ。

 それでも声は何回も聞いているし、いちいちキョドるような人間でもないから冷静に対応することができた。


「私、あなたが嫌いだわ」

「ちなみにそれはどうして?」

「私よりも先に来るからよ」

「三十分前には着くようにしているからそれより前に登校すれば勝てるよ」

「変えるのは嫌よ、だからあなたが変えなさい」


 う、嘘だろ、いい子とか優しいとか奇麗とか言われている子がこんなことを言ってくるとは思わなかった、仮に不満を抱いていたとしても表ではにこにこ笑みを浮かべて無理やり抑え込みそうなのに真っ直ぐに要求をしてきている。

 なんか逆に面白いな、無理やり抑え込んで嘘くさい笑みを浮かべられるよりも好きだな。


「来たぞー……っと、なんかいい雰囲気じゃないな」

「大丈夫ですよ十鳥先輩」


 おお、兄以外の年上と関わることはほぼないのもあって○○先輩と呼ぶ機会すらないからこれはなかなかに新鮮だった。


「お、俺に敬語なんて使ってどうしたっ!?」

「……が、学校だからですよ」

「なるほど、だがそんなのはいらないぞ、兄妹なんだから気にするな」


 地味に兄に頭を撫でられるのは好きだった、大きい手だから満足度が高いのかもしれない。


「十鳥さんのお兄さん、ですよね」

「ああ、十鳥喜人、二年だ」

「それなら妹さんにもう少し遅く行くように言ってください、私、十鳥さんに負けたくないんです」

「んー、それはきみが早めに登校すればいいんじゃないか?」

「ぷふっ、き、きみってっ」


 あ、だけどここは昔からそうか、何故か僕と同級生の子を呼ぶときはきみ呼びをするようになっている。

 名字を呼び捨てにするにしても知らない状態ではできないからきみと呼んでおくのが実際は一番無難なのかも? 困ったら真似をしようと決めた。


「和音、笑っていないで自分ではっきりと言わなければ駄目だぞ」

「でも、これだと逆になんか面白くない? 自分の想像とは全く違った感じで興味が湧くよ」

「気にしていないならいいが」


 そういえばと来た理由を聞いてみたら友達がまだ来ていないのと心配になったからという理由から来たみたいだった。


「んー、まだまだ言いたいことがあるみたいだから俺は行くよ、昼休みまでの休み時間に行くからそのつもりでいてくれ」

「分かりました」

「だから敬語はやめろって、とにかくまた後でな」


 うんまあ残されても困るけどこのまま会話を続けたところで延々平行線だから僕がずらすということにしておいた。

 早い時間に行けなければ緊張しすぎて死ぬというわけでもないから大人の対応ができていていいだろう。




「ふぁぁ~……」

「大きなあくびね」

「ははは、昨日読書のために夜更かしをしちゃって……って、いいの?」


 少し固まっていると「私よりも早く来るからむかつくだけでそれ以外のことでは全く問題はないもの」と返されてそれはそれで固まった。

 全然知らないけど意外の連続で難しい、これも一緒にいることが当たり前になれば分かっていけるのかな?


「あ、そうなんだ、なんかもう全般的に駄目なのかと思っていたよ」

「そんなことはないわ、だから勘違いをしないでちょうだい」

「うん」


 とはいえ、だからといって会話が弾むというわけでもなくそれから会話もないまま教室に着いてしまった。

 でも、今日は珍しくそれで終わりではなかった、何故かはこの前みたいに兄が教室にやって来たからだ。

 なんか兄が相手のときは饒舌になるから気に入っているのかもしれない。


「そうなのか、和音は真面目にやっているんだな」

「はい、そういうところで心配をする必要はないと思いますよ」


 うんうん、勉強面については全く問題はない、心配なら先生に聞いてもらってもいいぐらいだった。

 それにいまはこんなことを言っているけど兄もそこを心配しているわけではないと思う、一人でいることは兄もよく知っているから気にしているのは人間関係の方だと断言してしまってもいいかもしれない。


「となると、人間関係だよなぁ」

「そうですね、彼女ぐらい一人でいる子はあまり見たことがありません」


 そんなことはないような……、僕みたいに輪に加われずに一人で過ごしている子ならこれまでいくらでも見てきた、それこそ微妙だった小中学生時代にもそういう子はいたから兄と彼女の発言は合っていない。


「俺らの教室にも似たような存在はいるが、そういう存在でも一緒に盛り上がれる存在が絶対にいるからな」


 ああでもそれは合っている、まあ結局は人によるで終わってしまう話だろう。


「私が十鳥さんにとってのそういう存在になりましょうか?」

「いいのか? 最初はそういうのでもいいから暇なときは付き合ってやってくれ、よろしく頼む」


 あらら、なんか勝手にそういうことになってしまったぞ、彼女からしたらシスコンに見えていそうだ。

 だけどこれは逆に僕にとってのチャンスかもしれない、少なくとも普通レベルに仲良くできればそれでいいのだからそう難しい話でもないだろう。


「いいお兄さんね、少し羨ましいわ」

「瀬野さんは一人っ子なの?」

「そうね、家ではほとんど一人よ」

「それならいきなりであれだけど放課後になったら行かせてもらおうかな」


 自分から動いてしまった方が楽なのと、こんなチャンスをなにもせずに無駄にしたりはしない。

 いまはともかく一秒でもいいから彼女との時間を重ねることが大事だ、で、家でなら邪魔も入らずに彼女といられるからいきなり家にという考えだった。

 

「あ、放課後は他の子と遊ぶ約束をしているから無理ね、明日なら大丈夫だけど」

「じゃあ明日行かせてもらうよ、なんとなくだけど犬とかいそうでわくわくしているんだ」

「正解、なんで分かったの?」

「お金持ちそうだったからかな」

「別に他と比べてもお金持ちなんかではないわ、なにかを我慢することになったこともほとんどないけどね」


 それがお金持ちと言うのではないだろうか。


「ねえ十鳥さん」

「はは、距離が近いね」

「聞かれたくない話があるの、付いてきてちょうだい」


 初めてのときのあれがあるから○○が嫌いとか○○を直してほしいと言われると考えていた自分、でも、少し離れた場所で言われたことは「十鳥さんは可愛いわ」というものだった。

 そう言われた瞬間に出てきたのはいつも兄が言っている「女子の女子に対する可愛いは適当だよな」という発言で、いい方には残念ながら捉えられなかった。


「あなたみたいな妹がいてほしかったわ」

「あ、なにか勘違いをしているみたいだけど家事もろくにできないぐうたら人間だから僕で考えるのはやめた方がいいかと、まあ、僕自身を求めているわけではないんからおかしな発言なんだけどさ」

「そういうところも可愛いじゃない、もしあなたが妹だったら身の回りのことを全部してあげていたところよ」


 もしかして所謂やべーやつってやつなのかも……、このまま頑張ろうとするのは後の自分のためにもやめておいた方がいい可能性も出てきた。

 しっかり者だとか褒められている彼女にこんな弱点があったとは、人が見かけによらないということがちゃんと分かったというだけでも悪いことではないのかな。


「えぇ、それじゃあ嫌いなんて言葉は出てこないはずじゃない?」

「だって反抗して一人で別行動をしているように見えるじゃない? 姉妹なら学校にぐらいは一緒に行くべきじゃない」

「待った待った、僕達は姉妹じゃないよ」

「でも、血が繋がっていないとか別の場所で住んでいるとかそういうのは全く問題ではないと思うわ、両者が姉妹だと心の底から思えれば関係ないもの」


 さーて、そろそろ戻るとしようか、休み時間は無限にあるというわけではないから仕方がない、そう仕方がないのだ。

 決してやばい子だったからとかではなく学校にいるのに欠席なんてことになったから行動しているだけだ。


「先に戻るなんて酷いじゃない、妹には分かってもらわないといけないわね」

「ふ、普通に仲良くしようよ」

「そうね、でも、私のこの考えも普通よ」


 ふ、普通じゃないぞ……。

 でも、そこにはそれ以上触れずに仲良くやろうよと再度言うだけで終わらせておいたのだった。

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