第15話

昼休みが終了すると、基礎数学の講義が始まった。

例によって西岡が連れてきて少し話してから始めった。

今度は学校の副校長で、元臨床工学科の学科長でもある蓼科である。

中年の大柄な人だが朗らかな表情で、怖さは一切ない。


「一年間、数学を担当する蓼科と言います。まず数学ね。嫌いな人は少なくないと思うけど、別に好きになれとは言わない。ただね、カリキュラムに入っているし、この先大学とか大学院とかで研究を考えているのならば出来ても良いよね。と言うことで、最初は皆の出来具合を見たいから簡単なテストをします。」


蓼科は微笑みながらテスト用紙を配るとゆっくりと教壇に置いてあるパイプ椅子に座った。

皆、突然のテストに不服そうな顔をしているが、その顔を確認しても蓼科は顔色一つ変えない。

『ある意味サイコパスだ』と竜之介は思った。

勉強の苦手そうな怜音は置いておいて、今回ばかりはしっかり者の咲和までもきつそうな顔をしている。

ふと、後ろから英琳の様子を窺っていると、彼女はさほど動揺していないようだ。

寧ろ、テスト用紙を配られると少し燥ぎ気味に、うずうずしているようにも見えなくもない。


「皆に、用紙が行き渡ったかな?大丈夫そうだね、では今から3限の終了チャイムまで。時間はたっぷりあるから慌てずに解いてね。あ、あと早く終わっちゃった人はそのまま休憩時間に入って良いからね。」


『早く終われば、休憩時間を沢山とれる。』と言うことが頭一杯に広がった学生達は一斉に、テスト用紙を捲る。

竜之介も例外なく、テスト用紙を同じようなタイミングで捲ったが、一分程経った時に、誰かがまだ捲っていなかったらしく捲る音が聞こえてきた。

誰かなと、前を見ててみるとそれは英琳だった。


数学の『簡単なテスト』は二枚に及んでいた。

一枚目は解けない人などいない程の正しく簡単内容だった。

言ってしまえば小学校修了レベルと中学校二年生レベル知識を混ぜ込んだような内容。


(なんだ、簡単じゃないか。)


と舐めていたのが駄目だった。

竜之介は二枚目を見て、焦った。

応用数学。

理系学生が高校で学ぶ所謂数学Ⅲ・Bの問題を複雑にしたようなもの。

四次関数のグラフについてと微分・積分の応用。

実は竜之介は理系ではあったものの、どちらかと言うと工業系で数学はあまり詳しくなかった。

勿論、微分や積分などは習ったがあくまで工学的計算に困らないようにするため程度のもので、ここまで専門的なものではなかった。


(こんな問題、解ける人いるのか?)


周りを見てみると、皆の手元が固まっている。

丁度時間の半分、四五分くらい経ったがここにきて皆の手が止まってしまっていた。

一枚目で簡単にテストを済ませて余った時間で遊べると思っていた学生達であったが、皆苦しそうである。


そんな中である。

英琳は清々しい顔をして一人、テスト用紙を教卓まで持って行った。

この問題を解けたのか解けなかったのか、定かではないが何だか清々しい顔。

まさかこの問題を解けたのかと竜之介は思ったが、こんなにも複雑にした問題を解けるとは思えない。

高校の数学のレベルではない、ような気がする。

東京大学でも受験をするのならば話は別だが…。


英琳が席を立ったことをきっかけに、諦めて提出する者が増えた。

残り三十分位になると、教室はすかすかになっていた。

竜之介は粘り強く難問と戦っていたが、諦めて終了させた。

竜之介が教室を出ると廊下にはスマートフォンの片手にお喋りをしている同期達がいた。

しかしそこには先に出て行った英琳達一行がいなかった。

廊下で一人時間を潰すのも何だか、嫌な気がしたので竜之介はラウンジに移動した。


英琳達はラウンジにいた。

五人で一つの丸い机に椅子を集結させて何かをしている。

ラウンジのドアを開けると楽しそうな声が聞こえてきた。

近付くと、そこには世界でもっとも有名なカードが散らばっていた。

それぞれ八枚程のカードを手に持ち、真ん中に山札として残りのカードを置いている。

その横には山札から引いたカードが数枚。

どうやら数枚、アイテムカードが出たらしい。

そうつまりこれは…。


「UNOか。俺も混ぜて。」

「お、やっと来たかこの秀才。」

「おいおい、皮肉なら受け入れないぞ。怜音。」


竜之介はわざと少し不機嫌な声で答えた。

お詫びに怜音が竜之介にカードを渡した。

竜之介の手札は悪くなかった。

最初の手札だけなら、優勝は間違いなかった。

それなのに、なぜか四位。微妙な順位である。

途中で、最悪なタイミングで赤のプラス四を入れたら、まさかの自分に返ってきてしまったからである。


UNOには少し自信があった。

それなのに、今回は負けてしまった。

せめてビリにはならなくて良かったが(ビリは皆に自販機で奢る)、少しショックだった。

優勝者は英琳。

どうやら英琳は規格外にUNOが得意ならしい。

彼女が上がった時、海が言っていた。


「こけしちゃん、強いねー。さっきからずっと一番だよ。」


顔が良くて、小柄で可愛くて、UNOも強い。

竜之介は英琳に勝てているところがあるのだろうかと、不安になった。

彼女を一目惚れで好きになったが、彼女に竜之介が好きな兆候はまだ見られない。

ロングヘアは嫌いだろうか、高身長の方がよく見えるだろうか、自分の顔はやっぱり冴えないのだろうと考えてしまう。

この五人といるととても楽しい。

しかし英琳が思った以上に優秀なのは少し焦る。

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