第12話

英琳、竜之介、怜音は三人で並んで学校へ向かったが、実際に喋っているのは基本的には怜音だけだった。

竜之介は英琳の反応が気になってまともに話せないし、英琳は今朝から少しご機嫌が斜めなようであるからである。

怜音は二人のおかしな雰囲気や空気感に気付いてはいたが、無視をすることにしていた。

学校に着き、教室に入ろうとするとなぜか教室前の廊下でスマートフォンの画面を凝視している國安がいた。

一体何をしているのかと近付いて行っても、彼は中々気付かない。

『空気を読めない人間』を演じている怜音は超集中状態の國安の耳を覆っているワイヤレスヘッドフォンを本人に許可なく、むしり取った。


「おっはようさん」

「………」


勝手に突然、ヘッドフォンをむしり取られた國安は少し不機嫌そうに怜音を一目見て、そしてわざと虫をする素振りをした。

怜音は少しやり過ぎたと思い、悲しそうな顔をして國安に、直ぐにヘッドフォンを返しながら謝った。


「ごめんごめん、おはよう」


悲しそうな顔で覗き込まれて、それ以上怒れる人間などそう多くはない。

國安は仕方なく、そして少しクスッと笑ってから挨拶をした。


「おはよう、怒ってないから。そんな悲しそうな顔するなよ。」

「わっ、おはよう」

「で、何でこんな所でスマホなんて見てるんだよ。中に入ればいいだろう。」


二人の茶番を呆れた顔をしながら見ていた竜之介が言った。


「あれ?開いてない…」


三人の話など何も聞いていない、英琳は三人を差し置いて自分一人だけで教室に入ろうと思ったのだろう。

しかし教室のドアはまだ開いていなかったらしい。

押しても引いてもスライドしても開く様子は見せない。


「いや、スライドしても開かないだろう。」

「ああ、そうなんだよ。まだカギがかかっている。」

「あー、くそ。僕早起きで眠いのに…」


どうやら、國安が廊下で座り込んでスマートフォンの画面に見入っていたのは教室のドアが開いていなかったかららしい。

おかしいなと思いながら竜之介は腕時計を見る。時刻は八時きっかり。

少し早すぎたか…。


特にすることのない四人は暇なので、しりとりをすることにした(何回戦っても負けるのはいつも怜音であった、どうやら彼は本当に眠いらしい)。

しりとり十回戦目。そろそろ飽きてきたので縛りを強めにしている(今回は陸の動物縛り)。

順番は怜音、竜之介、國安、英琳である。


「トラ」

「ラクダ」

「ダチョウ」

「ウサギ」

「ギンギツネ」

「…」

「…」

「…」

「…!」

「あれ?続きは?」


今まで聞こえてこなかった、本日初耳の声に四人は驚いて主の方を見た。

見ると『ギンギツネ』を出した人物が教室のドアのカギを持って、そこに立っていた。

少し楽しそうに、四人を見ている。

皆驚いて、ただその人物を見るだけだったが、竜之介が復活した。


「あ…、西岡先生。」


竜之介がおどおどと呼ぶと、ニコニコしながら西岡は挨拶をした。


「おはようございます。」

「…おはようございます。」


各々、ぼそぼそと挨拶をする者もいれば、適当に挨拶をする者もいた。

西岡は洋室のドアを開けながら言った。


「皆さん、早いね。」

「先生が遅いんですよ。」

「あれ?昨日言いましたよね?教室は基本的に八時過ぎに開くと。」

「…」

「…?」

「言ってましたね。おはようございます。」


朝からさっぱりした声で、登場したのは咲和であった。

朝早いと言うのに西岡並みに目がぱっちりしている。

そう、西岡は昨日教室の開く時間をちゃんと話していた。

遠くから通学している学生も少なくない学校であるので、教室は八時過ぎに、ラウンジは五時に開くのである。

それを始めに話さなければならないので、西岡も忘れずにきちんと話している。

それではなぜ、英琳、竜之介、怜音、國安はそれを知らなかったのか。

それは、彼等が西岡の話をろくに聞かずに、机の下で絵しりとりをしていたからである。


「言ったよね?良かった良かった。てっきり、言い忘れてしまったのかと思った。」

「え…、そんな話してましたっけ?」


英琳は素直過ぎた。

自分が西岡の話を一切聞いていなかったことをここでカミングアウトしたも同然である。

『あれ?』と惚けたその顔はとても可愛いと、場にも合わずに竜之介は思った。

しかし、ひやひやもした。

自分達が机の下で絵しりとりをしていたことを思い出したからである。


「まぁ、いいか。」


と、何気なしに言った西岡の言葉を聞いてほっとしたものである。

教室のドアが開くと五人は早速、後ろの方の席に陣取った。

そして好きなように過ごし始めた。

眠いと言っていた怜音はその言葉通り机に突っ伏して眠りの世界へ、國安と竜之介はオンラインゲームを始め、英琳と咲和は本日の講義で使われる参考書を並べて中を見ていた。

因みに、この日の講義は一限に社会学、二限に心理学、三・四限に基礎数学である。

社会学も心理学も基礎数学も、誰が教壇に立つのかはまだ不明である。

一つ確かなことは、西岡は生物学を受け持ち、そのいずれも彼の講義ではないということだけである。

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