第5話

休み時間も皆、探り探りの状態で殆どの学生はお喋りなどしていなかった。

クラスには男女合わせて三十二人の学生が在籍しているが、その内の二十六人が男子学生で女子学生はたったの六人であった。

少数しかいない女子学生の大半は教室のドア付近に固まっていたが、英琳ともう一人の女子学生は席選びに間違えたらしく(と言うか、来た時には男子学生の隣席しか空いていなかった)、男子学生と言う名の壁が女子学生との間にできていた。

次の時間までにできた空き時間で、女子学生達は個人個人の自己紹介を簡単に済ませ、四人でどこかへ行った。

英琳は暇になったので一人でオンラインゲームを始めた(彼女の趣味はオンラインFPSゲームと読書である)。


ゲームの中盤に差し掛かった時、隣から声が聞こえてきた。

その手には英琳と同じように横画面にしたスマートフォンがあった。


「後ろ下がって、俺が見てるから。回復していいよ。」


「え…、了解した。」


英琳はアバターの体力を回復させると、先頭に戻った。その後も隣に座っている男子学生からリアルでちょくちょく指示を受けながらゲームをプレイした。

どうやら男子学生はリーダーシップが得意で、英琳の射撃の命中率を理解しているらしい。

ゲームが終わると、一先ず机にスマートフォンを置き、男子学生は彼女にもそれを目線で促した。


「俺は、上川竜之介。宜しく。」


「あの、さっきはありがとう…。あ、えっと、…最中英琳です。」


「さっきありがとうって言うのは、ゲーム?それとも筆箱?」

 

「えーっと、…あの、えっと…」


「あははははは、ごめん。ちょっと意地悪したわ。ゲームだろう?まぁ、いいんだよ。君があそこで迎撃しなければ俺達の部隊は全滅していたんだから。」


その後、あと少しだけ時間があったので二人はもうワンプレイした。

今度は互いにフレンド登録して、完全に部隊を構成した上であるが。


二人がランク戦に優勝したと同時に教壇の前に立っていた担任の西岡が話し出した。


「この時間は自己紹介の時間にします。順番は…、順番を決めるから四隅に座っている人は一度立ち上がってください。はい、ではじゃんけんで勝ったところから順番に自己紹介をしてもらいます。」


じゃんけんは意外にも一発で決まった。

勝ったのは教室の隅に集まって座っていた女の子の一人。

自己紹介にはある程度のテンプレートがあるらしく、それに合わせて自己紹介を進めていく。

西岡が用意した真四角の箱の中に、四十枚紙が入っており、それを一枚ずつ取り書いてあるテンプレートに沿って自己紹介をするというシステムならしい。


一人、また一人と自己紹介を進めていく。

英琳は自分の番が徐々に近付いてくることを異常な程意識をしていた。

一人、二人、三人…。

次が英琳の番である。


英琳はガタガタと震えながら教壇へと進んで行く。

足がガクガクと小鹿のように震え、中々上手く歩くことができない感覚。

客観的に、どのように見えているのか。

変な風に見えていないか。緊張しているようには見えていないだろうか。

彼女は教壇に立つと教室中の全ての目が自分に向ていることに気付き、真っ赤になった(彼女は赤面症であった)。

そして、震える小さな声で自己紹介を始めた。


「…最中英琳です。都立高校出身の理系出身で、物理と化学、数ⅢBを選択していました。趣味は…趣味は、オンラインゲームです…。えっと、あ…、特技はモジュロ演算の暗算です。ちょっと挙動不審なところがあるかも知れませんが、よろしくお願いします。」


英琳の声は話せば話す程小さくなっていった。

それでも皆、真剣な顔で彼女の自己紹介を聞いてくれた。

彼女の中で高校での出来事がフラッシュバックした。


実は英琳は友人が一人もいない。

誰に対しても対等に、差別なく平等に接する彼女はとても優しい性格をしていたが、気が弱く人前に立つことが苦手だった。

自分の考えを、それがいかに正しくても堂々と意見することができなかった。

だから直ぐに虐めの標的にされ、どこにいても彼女は独りぼっちだった。

高校入学して直ぐのホームルームでも自己紹介大会が行われた。

彼女はその時弱い自分を変えたくて、頑張って話した。

しかし彼女の必死な努力は報われず、赤面の小心者のレッテルを張られ彼女と仲良くしたがる生徒は誰もいなかった。


「大丈夫かい?」


隣の席に座っていた上川竜之介が、手が震えてどうしようもない英琳を心配して声をかけてくれた。


「え…」


「手、凄い震えてるけど。」


「あ、うん、大丈夫…」


その後、クラスの半分の学生の自己紹介が残っていたが英琳は自分の自己紹介時の緊張が解けずにいつまでも震えていた。

余りにも震えすぎて他の人の話し声が全く耳に入らなかった。


全ての学生の自己紹介が終わると、時計の針は正午に近付いていた。

思ったよりも時間がかかるものだと英琳は思った。

こんなもの直ぐに終わってしまうものだと思っていたからである。


「皆さん、自己紹介をありがとうございました。それぞれの個性が伝わってきて、とても良いものを見せてもらいました。少し早いですが、十三時まで昼休みにします。次の時間は十三時だから、遅れないように戻ってきてくださいね。」

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