第4話

中肉中背、特徴のない顔付き、何の変哲もないデザイン性もない黒縁眼鏡、よくある白シャツに細身のジーンズパンツ、靴は白いスニーカで髪の毛も平均的。

そんな自分が嫌いで、大学デビューならぬ専門学校デビューをする為に、高校の卒業式からずっと髪の毛を切らずに綺麗に手入れをして、眼鏡も外してコンタクトにした。

栃木県のド田舎出身の彼、上川竜之介は父が薬剤師、母が臨床検査技師、二人いる姉も看護師と薬剤師と言う医療家系に育った。

必然的に彼も(親の顔色を窺って)医療系の学校へと進む道を選んだが、本当の夢は別にあった。


竜之介の全ては見た目から変化した。

そして中身も少しだけ変わった…と本人は信じたい気持ちでいる。

髪の毛は少し伸びてあの有名な天才ミュージシャンであるジョン・レノンと同じ位の髪の長さである。

ジョンと並んだその髪は流石に少し邪魔だが、束ねようとは少しも思わない。

服装も変化し、彼が着ているのは全てロック使用である。

黒いロングティーシャツにこれまた黒い革製のジャケット、ズボンは細い足にピチットした黒いスキニーパンツである。

靴もスニーカではなく、黒い少し底の厚いデザインのブーツである。


そんな彼が教室に入るとまだ誰もいなかった。

少し早過ぎたと電車に乗りながら思ったが、案の定予定の一時間前に到着してしまった。

この時間をきちんと守ってしまうところから、完全に真面目の普通人間の象徴である。


(早過ぎたが…、ロックじゃない。)


かつてロックンロールを崇拝していたポール・マッカートニーは二日酔いでドタキャンしたと言うエピソードがある。

ギリギリに颯爽と現れるのが、戦隊モノのヒーロー的価値観で、規定時間より一時間遅れてだらだらと悪びれもなく登場するのが酒と女に溺れたロックミュージシャン。自分のそんな格好良いロックな人間になりたいと竜太郎は思っていた。

それなのにどうしても少し早めに家を出てしまうのでは、遅刻などしたくてもできるものではない。


十分、また十分と時間が経っていくうちに学生が次々と緊張した面持ちで教室に入ってくる。

専門学校は通常クラスも席も指定されていると聞いていたが、この学校はそうではないらしい。

クラスは指定されている(と言うより一クラス制につき、人学年最大四十人しかいない)が、席は決まっていない。

教室の黒板には大きな文字で十時までに好きな席に着席するようにと言う旨の文字が書かれている。

竜之介は教室のド真ん中の席に着席していたが、彼の隣に座ろうとする人はまだいない。

教室のど真ん中に座りたいと思う人も殆どいないだろうし、人間心理的にも納得である。


十時まであと十分になった頃、数ある空席の中から竜之介の隣の席を選んだ強者がいた。

チラッと見ると、小柄で清楚そうな見た目をした女の子。

竜之介と同じようにこの学校に入学したのだから、彼女は同い年のはずだが自分よりも五つは年下に見える。

かなりの童顔だが、着ている物や持っている物は一流である。

纏っている雰囲気も、姿勢の良さが影響しているのかお高く留まったお嬢様である。最初、彼は女の子が席に着く時(気取ってやがる)と思ったが、女の子も最初は少し気取った雰囲気を醸し出していたが、鞄の中に入っていたであろう物を次々と落とすと、余裕はなくなった。

彼はそんな女の子の姿を見て、少し可愛さを感じた。


「大丈夫?はい。」


「あ…ありがとう。」


女の子は竜之介に拾ってもらったペンケースを震える手で受け取り、小さな声でそう返事をした。

目も合わせてくれないそんな女の子と今後仲良くなっていけるのか、一瞬不安になったがその暇もなく教室に担任らしき教員が入場してきた。

積み重なった紙が崩れないようにそれを箱に入れて丁寧に持ってきたその教員は、いかにも真面目そうな顔をしていた。

三十代半ばと思わしきその男性教員は平均より少し小柄で、目立たない目が目を着用していた。

教壇に立った教員は一通り教室中を見渡すと口を開いた。


「皆さん、おはようございます。って言っても、誰だよって感じだと思うので、早速簡単な自己紹介をしようと思います。僕の名前は西岡辰己です。余りね、見た目に合っていないとよく言われます。専門は血液浄化で、実は数学とか物理とかが苦手です。まぁ、数学苦手でも臨床工学技士になれるので安心してくださいね。ではでは、皆の自己紹介はあとで時間を取ってやってもらうとして、この時間に必ずして欲しいことがあります。」


と、自己紹介を終えた西岡先生は先程教卓に置いた箱の中から紙の束を掴んで、枚数を数えつつ配り出した。

『一人二枚取ってくださいね。』と言いつつまた、次の紙を配り出す。


合計一人につき五枚の紙が配られた。

一つはこれから一週間のスケジュールで、一つは今後一年間のスケジュール、一つは簡単な心理状況アンケート調査の紙、一つは自己紹介シート、一つは校内のこれから使用するであろう教室の位置が書いてある地図である。


「このアンケート用紙と自己紹介用紙を書き終えたら教卓まで持って来てください。その後は十一時まで教室内なら自由に過ごして大丈夫です。あ、嘘つきました。十一時から再開するので、記入が終わった順から休み時間ですが、廊下では騒がないでくださいね。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る