第七話 パパといっしょ

「彼は俺がここにいない間、領主代行を務めてくれているバートランド・シモンズだ。バートランド、彼女たち六人は――」


 ハセミ城に戻った優弥は、スオンジー村とソロフル村から連れてきた六人の少女たちをバートランドに引き合わせた。なお、ソロフル村から来たのはアイラ、エレノア、フレイシーの三人で、こちらは全員十五歳である。


「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」

「はい、よろしく」


「バートランド、彼女たちに仕事着と普段着をいくつか用意してやってくれ。城に住み込むから部屋の方も頼む」

「個室ですか?」


「ああ。だが離れ離れになると不安だろうから、互いに行き来しやすいようになるべく近くにな」

「かしこまりました」


「マヤは読み書き計算が出来るそうだが、まずは全員メイド見習いとして城に馴染ませるようメイド長に預ければいいだろう」


「それでは六人とも、私についてきなさい」

「「「「「「はい」」」」」」


 予定より長くハセミ領に滞在した彼がアルタミール領主邸に戻ると、密偵として送り出したうちの一人、ロッティが報告のために執務室にやってきた。


「ずい分早かったな」


「お館様に急ぎお知らせしなければならないことがございましたので」

「聞こうか」


「モノトリス王国の現状です」

「王国の?」


「はい。勇者様が国を追われたことが国民の知るところとなりました」

「そうか」


「どうやら間諜かんちょうが国民の混乱を招くために噂を流したようです」

「このタイミングでか……」


「侵攻は早ければ収穫後の秋頃かと」


 その他、モノトリス王国が西のアスレア帝国以外に国境を接するのは、南にスタンノ共和国、東にビネイア王国だが、間諜はそれらどの国の者でもないと言う。


「どういうことだ?」


「アスレア帝国のさらに西にルテイン公国があり、そこから来たようです」


「ん? どうやって突き止めた?」

「捕らえて吐かせました」


「その者はどうしてる?」

「殺して獣の餌に」


 彼女はこの短期間の間に、二人の配下を従えたそうだ。その内の一人が拷問のスペシャリストで、間諜の口を割らせる時はとても見ていられないほど残酷な光景だったらしい。


「だ、大丈夫なのか?」


「彼自身の戦闘力はそれほどではありませんので」

「なるほど」


「ただ、その間諜が鉱山ロードについて嗅ぎ回っていた節がありました。お館様はそう呼ばれている者のことをご存知ですか?」


「ああ、それ、俺」

「はい?」


「調べればすぐに分かると思うけど、そんなことに時間を割くのはもったいないだろう?」

「あの国で持てはやされている鉱山ロードとはお館様のことでしたか」


 本来の目的である周辺国の調査のため再びロッティを送り出した彼は、間諜が隣国のアスレア帝国ではなく、さらに西のルテイン公国から来たことについて考えてみた。


 普通であれば、他国の間諜をアスレア帝国が簡単に素通りさせるとは思えない。さらに言えば、ルテイン公国が一つ国を隔てた先にあるモノトリス王国を、わざわざ探る意図が分からないのだ。


 また、万が一公国がモノトリス王国を落としたとしたら、帝国は東西を公国に挟まれることになる。これは仮に帝国の国力が公国の何倍もあったとしても、許容出来る状況ではないはずだ。


 しかしもしアスレア帝国とルテイン公国が手を結んでいるか、あるいは公国が帝国に降っていたとしたら、あり得ない話ではなくなってくる。


 帝国の求めに応じて公国が間諜を送れば、任務に失敗しても帝国は懐を痛めずに済むだろう。それに今回はロッティが間諜を仕留めたが、すでにモノトリス王国の混乱は知られていると見て間違いない。


 王国が攻め込まれるのはあのバカ国王が蒔いた種だし、元から手助けするつもりなどなかったが、ロレール亭とヴアラモ孤児院には早々に結界を張っておいた方がよさそうだ。


 侵攻が秋以降だとしても、王都の混乱に巻き込まれないという保障はないからである。そう考えた彼は、ソフィアとポーラ、シンディー、ニコラ、ビアンカの五人とウォーレンを執務室に呼んだ。


「そういうわけで早ければ今年の秋以降、モノトリス王国が周辺国から攻め込まれる可能性がある」

「勇者様は戻られないんですか?」


「ソフィア、エリヤも俺と同じだからね。自分を追い出した国に帰る気はないと思うよ」

「戦争になるってことよね」


「ポーラの言う通りだ。そしておそらくモノトリス王国は勝てない」


 元々アスレア帝国からやってきて、トマム鉱山で両親を失ったソフィアには他に思い当たる親族はいないことは以前聞いている。問題は彼女以外の四人の身内で、王国にいるなら助けたいのではないだろうか。


 優弥とて単なる知り合い程度だったら面倒を見るつもりはなかったが、彼女たちの家族ならアルタミール領に呼び寄せても構わないと思っていた。


「私の家族は王都にいないのは間違いないけど、ずっと音信不通だからどこにいるか分からないわね」

「私たちの家族はサットン伯爵領に住んでます」

「私は一人娘で両親はもうおりません」


「なるほど。そうすると保護すべきはシンディーとニコラの家族だけか」


「いえ、その必要はありません。ね、ニコラ」

「ええ」


「どういうことだ?」


「魔物討伐で生計を立てて暮らすと言ったら、呆れられて追い出されたようなものですから」

「しかし育ててくれた親だろう?」


「私たち、子供の頃からそんなに大事にされてませんでしたので」


 二人の実家は決して裕福というわけではなく、稼ぎ頭となり得る男の子ならまだしも娘には風当たりが厳しかったそうだ。およそ愛情というものを注がれた記憶がない上に、満足に食事すら与えられなかったので辛い思い出しかないと言う。


「そうだったのか。思い出させてしまったようですまない」


「いえ、今はこうして旦那様にお仕えさせて頂くようになり、毎日幸せを噛みしめておりますので」

「お屋敷にももったいないほどの部屋を与えて頂いておりますし」


「それはよかった。今後ともよろしく頼む」

「「はい!」」


 どうやら結界は借家とロレール亭、それに孤児院だけで済みそうだ。攻め込んでくるのが予想通りアスレア帝国なら、彼らがわざわざイエデポリやウイリアムズ伯爵領に足を伸ばすこともないだろう。


 王都が落ちれば帝国領に組み入れられるか、王国そのものが植民地化されるだけだからである。


「それじゃちょっくら行ってくるわ」

「パパぁ、またどこかいっちゃうのー?」


 そこで突然エビィリンが執務室に入ってきた。ひたすら怯えながらメイドが言うには、話が終わるのを扉の外で大人しく待っていたのに、優弥がまた出かけるような声が聞こえたので我慢出来なくなってしまったらしい。


 彼はエビィリンを止められなかったメイドをお咎めなしと言って安心させてから、小さな体を抱き上げて頬にキスをした。


「ここのところ忙しかったからな。そうだ、エビィリンもパパと一緒に行くか?」

「いくー!」


「あははは。行き先も聞かずにか」

「うん! パパといっしょならどこでもいいもん!」


(それだけ寂しい思いをさせてたってことか。ごめんな、エビィリン)


「ユウヤさん、私もついていっちゃだめですか?」

「ソフィアが行くなら私も!」


「わーい! ソフィアおねえちゃんとポーラおねえちゃんもいっしょー!」

「だそうだ。たまには四人で行こう」


 転送ゲートをくぐってモノトリス王国の借家に到着すると、すぐに警備員が気づいて駆け寄ってくるのだった。

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