第十話 人魚

 掠り傷を負ったクルーが数名いたようだが、フライエスパドン狩りは大成功と言える成果を上げていた。


 ただこの世界にも寄生虫はいるようで、一定の条件下での冷凍で死滅させられることを知らない彼らは、生では絶対に口にしないらしい。


 もっともそれは大した問題ではない。何故なら優弥の無限クローゼットの中には伝家の宝刀、バーベキューセットが眠っているからだ。


「ばーべきゅーというのは知らん料理だな」

下拵したごしらえはソフィアとポーラに教わればいい。貝類なんかもあるといいな。あとは野菜とか肉も」

「ふむ。給養班に伝えよう」


 船上のバーベキュー大会は、時化が治まり波が穏やかになった満天の星空の下で行われた。相変わらず雪は降っていたものの、結界のお陰で甲板上は防寒具が不要なほど暖かい。


 広い場所なので一酸化炭素中毒の心配はないように思われたが、念のため結界の上部に穴を開けさせて換気も怠らなかった。何故なら例のごとく提督にバーベキューセットを請われたからである。


「それほどまでに危険とは」


「だから寒かろうが雨だろうが、絶対に閉め切った室内ではやるなよ」

「美味い物を食うにも命がけということか」


「換気さえしっかりすれば大丈夫だよ」


 バーベキュー大会は深夜にまで及び、甲板上は歌えや踊れやの大騒ぎとなっていた。そんな時だ。


「竜殺し殿、運が向いていたようだな」

「あん?」

「あそこを見るがいい」


 ナサニエルが指さしたのは、疑問に思っていた井戸のような囲いだった。そこから何者かがこちらを見ていたのである。


「あれは?」

「魚人族、海の魔物だ」

「魔物!?」


 優弥がいきなり大きな声を出したので、海の魔物が頭を引っ込めてしまった。


「怖がらなくても大丈夫だから出てくるがいい」


 提督が囲いに向かって叫ぶと、再び魔物が頭半分を出して様子を窺う素振りを見せた。


「竜殺し殿、魔物と言ってもあれに害意はない。我々はあれを人魚マーメイドと呼んでいる」


「そ、そうか」

「「可愛い!」」


 今度はソフィアとポーラが声を上げたが、ビクッとしただけで人魚は頭を覗かせたままだ。


 二人が言った通り人魚の顔は少女のようで、濃い青の髪に卵形の輪郭、大きな青い瞳が可愛らしい。


「魚人族は鼻がいいからな。あの囲いから海水に触れた匂いを辿ってきたのだろう」

「マジかよ」


「ある程度言葉も通じるぞ。船上で話す船乗りの声を聞いて覚えたそうだ」

「は?」


「食べたいのか?」


 提督の問いかけに、人魚は嬉しそうに顔を出して何度も首を縦に振った。


「皿に盛って渡してやるといい」

「私やりたいです!」

「私も!」


 言うとソフィアとポーラが焼き上がった食材を盛りつけ、井戸の方に駆けていく。よく見ると縁の一部が広くなっており、そこが人魚用のテーブルの役目を果たしているそうだ。


 人魚は二人が置いた皿を交互に眺めていたが、ソフィアがフォークを手渡すと美味そうに食事を始めた。


「指の間に水掻きみたいのはないんだな」


「魚人族は魔法で泳ぐんだよ。水中では首から下が魚のように変化する」

「そうなんだ」


「水から上がれば人間と見分けが難しいほどだが、服を着ていないからな。あそこから出ないように言ってあるのだ」

「なるほど」


 過去にはそんな魚人族を捕らえ、慰みものにした悲しい歴史もあるのだという。


 彼女たちは陸に上がっても呼吸出来るが、普段は冷たい海の中で暮らしているため、人間に快適な気温は魚人族には酷暑のような暑さなのだそうだ。


 そんな中で男たちに弄ばれた魚人族は、体力を失って死ぬしかなかったのである。大帝国が魚人族の捕獲を禁止したのは、比較的最近になってからのことらしい。


「それなのにあそこに出てきて大丈夫なのか?」


「短時間なら魔法で何とかなるようだ。熱い食事も問題ないと聞いている」

「それにしても美味そうに食ってるな」


「人間の食べ物には色々な味が付いているだろう。それがたまらないらしい」

「「わぁっ!」」


 ソフィアとポーラが驚いたような声を上げたのでそちらに目を向けると、さらに二つの頭が増えていた。


「ユウヤさん! 人魚さん増えた!」

「ユウヤも食べ物持ってきてあげて!」


 言われた通り皿に食材を盛って縁に置き、フォークを手渡すと新しく来た人魚も美味そうに食べ始める。その時彼は初めて囲いの中を見たのだが、水で満たされていていつ溢れてもおかしくない状態だった。


 にも拘わらず、人魚がいくら動いても囲いの外に水が流れ出る様子はない。

(これも魔法なのかな)


「なあ提督、人魚って男はいないのか?」


「普段はいない。繁殖期だけ彼女たちの一部が性転換して男に変わるんだ」

「クマノミの逆バージョンみたいなもんか」


「くまのみ?」

「ああ、いや、なんでもない」


 その後も代わる代わる人魚が顔を出し、食べ終わったら交代と尽きることがない。大量に倒したフライエスパドンもこの分だと今夜で底をつきそうだし、下拵えを続ける給養班にも疲れが見え始めていた。


「そろそろ終わりにしたいんだが」


 提督が人魚にそう伝えると一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐにコクリと頷いた。


「フナノリのニンゲンさん、ありがとう!」

「美味かったか?」


「こんなにオイシイの、ハジメテたべた!」

「またタベタイ!」

「ツギはいつ?」


「魔法国の港に来られるか?」


 優弥が聞くと、顔を出している三人が何度も首を縦に振った。


「提督、俺たちは一週間ほど魔法国に滞在する予定だが、その間バーベキューやってやれないか?」


「毎日は無理だが、食材さえ何とかなればやれんことはない」

「魔法国で仕入れればいいさ。金は俺が出そう」


「竜殺し殿がか? まあそれならいいが……」

「「「りゅうごろし!?」」」


 彼の称号に三人の人魚が大きく反応した。不思議に思って聞いてみると――


「カイリュウにナカマたくさんタベラレタ」

「海竜?」


「カイリュウおそろしい。ワタシタチ、カイリュウのコウブツ」

「スミカ、あらされた」


「海竜なんているのか?」


「いるぞ。大きな音が苦手だから大砲を撃てば逃げていくが、弾が当たってもビクともせん」


「りゅうごろしのニンゲンさん、カイリュウころせる?」

「見えてれば多分な。しかし海に潜られると難しいと思う」


「みえるトコロにオビキだせばいい?」

「おい、今は無理だぞ。暗いし万が一船に何かあれば俺たちが死ぬ」


 すぐにでも連れてきそうな雰囲気だったので、彼は慌ててそう言った。確かに見えれば追尾投擲で倒せないことはないだろうが、ソフィアとポーラがいるのに危険な賭けは出来ない。


 加えて出来ればこちらが陸にいる時の方がいいとも伝えた。陸からなら一キロ先の海上でも狙えるし、投擲は音速を超えるのであの爆音が海竜に届く前に着弾する。つまり音に驚いて逃げられる心配もないということだ。


 心配そうに耳を傾けていたソフィアとポーラも、それを聞いて安心したようである。


 こうして海竜討伐は魔法国に到着した直後に決行することとなった。遅くなればなるほど、人魚たちが危険に晒されるからである。


 むろん、それまでに襲いかかってくれば倒すしかないが、ナサニエルによると大砲を搭載している軍艦には滅多なことでは近づいてこないらしい。

(ま、なるようになるだろ)


 人魚たちが去ってしばらくすると、ようやく甲板にも静けさが訪れるのだった。

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