第十七話 迷惑な訪問客

「「「「ソフィア、お誕生日おめでとう!」」」」

「ソフィア様、おめでとうございます」

「え? え?」


 八月十二日、その日はソフィアの十六歳の誕生日だった。領主邸の玄関ホールに置かれた長テーブルには豪華な料理が並び、ホールは何かの式典さながらの装飾が施されている。

(メイドさんたち、グッジョブ!)


 このサプライズ企画では、まずエビィリンの功績を讃えなくてはならないだろう。


 彼女はその日の朝突然、領都エイバディーンを見たいと優弥にせがんだ。もちろんこれは仕込みだ。しかし優弥にはやらなくてはならないことがあったため、代役をソフィアに頼んだのである。


 彼女たちの護衛は邸の衛兵五人。ただし不測の事態に備えて優弥も見つからないように後をついていく。ソフィアを邸から出すために、彼がやらなくてはならないことと言ったのがこれだった。


 計画は朝食後、朝の九時頃から夕方五時くらいまでソフィアを連れ回してもらうというもの。そうして帰ったらサプライズ誕生日パーティーが待っているという流れだ。


 テーブルの、いわゆるお誕生日席には二つの椅子が並び、向かって左側の傍らに先に戻った優弥が立っている。右側面にはポーラ、シンディー、ニコラが、左側面にはエビィリン、ビアンカ、ウォーレンの席が用意され、エビィリン以外の五人が笑顔と拍手でソフィアを迎えていた。


「あの……え?」


「ユウヤおじちゃん!」

「エビィリン、でかした!」

「うん!」


 とてとてと小さな体を揺らして自分の席の横に立ち、唖然としているソフィアに拍手を送る。いつものように優弥に飛びつかなかったのは、彼女なりの気遣いなのだろう。今日の主役はソフィアだからだ。


「こっちへおいで、ソフィア」

「ユウヤさん……はい!」


 頬を赤らめたソフィアが隣に立つと、彼は未だ続いていた拍手を手を挙げて制した。


「今日はソフィアの十六歳の誕生日だ。ソフィア、おめでとう。そして、生まれてきてくれてありがとう」

「ユウヤさん……」


「俺とソフィアが初めて会ったのは……」


「ねえユウヤ、それ長くなるヤツじゃない?」

「ん? あ、そうだな。それじゃ、まずは今日のために尽力してくれた使用人たちに礼を言おう」


 長テーブルの周りにはいつの間にか邸の使用人が勢揃いしており、ポーラの一言にクスクスと笑いを漏らしていた彼らは優弥の言葉で一斉に頭を下げた。


「さてソフィア、君からも何か一言頼む」


「ええっ!? あ、はい。あの、きょ、今日は私のためにこんな素敵なサプライズ、ありがとうございます! えっと、どうしよう……恥ずかしい……」


 両手で顔を覆ってしまった彼女の肩を抱きグラスを渡す。ポーラたちも同様にグラスを手にすると、控えていたメイドがワインを注いでいった。ソフィアとエビィリンは、同じ色のグレープジュースである。


「それじゃ改めてソフィア、誕生日おめでとう!」

「「「「おめでとう!」」」」


「ソフィアおねえちゃん、おめれとー!」


 グラスを空けると使用人たちが拍手を送った。彼らの食事はこの後になるが、いつもの料理と違って誕生日仕様の豪華なものになっている。


 料理長のニコラスにかなりの負担を強いる結果となったが、特別ボーナス支給が功を奏したのか俄然気合が入っていた。


 こうしてアルタミール領主邸の夜は更けていく。



◆◇◆◇



 九月に入った頃、貧民街から選出された作業員たちが生活するための簡易宿舎諸々もほぼ完成した。


 これでローガンたちとユーインはテント生活とおさらばである。なお、四姉妹は女性区画の宿舎を使うことになったので、夜間の警備体制も磐石と言っていいだろう。


 来賓のための宿泊施設の建設も極めて順調に進んでおり、懸念されたトラブルもほとんどなかった。お陰で警備員九人は穏やかな日々を過ごしているようだ。


「閣下、一大事にございます」

「どうした? ウォーレンが慌てるなんて珍しいな」


 執務室で書類にサインをしていたところに、血相を変えたウォーレンが飛び込んできた。


「これが慌てずにいられますか!」

「なんなんだよ、一体?」


「レイブンクロー大帝国のヴォルコフ領領主、ヴラディスラフ・イヴァノフ・ヴォルコフ大公殿下が来年の結婚式に先駆けてお忍びでアルタミール領の視察をなさりたいと」

「は? 招待状は送ってあるんだろ? 断れ断れ。今は忙しいんだ」


「それが……すでに三人の姫を伴ってこちらに向かっているとのこと。先ほど先触れが参られ、入領は二日後の予定だそうです」

「知るか、そんなの!」


「そういうわけには参りません。ヴォルコフ家は元王族ですから」

「元王族ねえ。それでも断ったらどうなる?」


「トバイアス皇帝陛下がお困りになられます」

「アスが? なんで?」


「ヴォルコフ家は王国の復活を目論んでいる節がございます。皇帝陛下と昵懇じっこんと噂される閣下が無下に扱われますと、最悪はそれを理由に反乱を起こしかねません」

「いや、意味が分からないんだけど」


「その通りです。理由など何でもいいのですから」

「そういうことか」


 つまりはこちらが不遜な態度を取れば、それにこじつけて帝国からの独立を企てるということである。


 なお、本来公爵や大公は王以外の王族や分家など血縁関係にあることが多いのだが、皇帝が元王族である彼らを抑えるために大公を称することを許したそうだ。


「あー、面倒くせえ!」


「同行してくる三人の姫にも注意せねばなりません」

「だろうな。魂胆が見え見えだ」


「とは申しましても、彼らにとってアルタミール領は他国です。たとえ大公家といえども、この地では閣下の方が立場は上となります」

「それだけが救いか。逆に今回の件を苦情として皇帝に申し立てるのはどうだ?」


「問題を起こされたわけではございませんので、あまり得策とは言えないでしょう」

「突然の訪問が問題だってえの!」


「視察という名の観光と言われればそれまでです。先触れも立てておりますので、儀礼的にも問題はございません」


 ウォーレンは、求められればそれなりに姫たちの相手もしなければならないという。


「婚約者がいるのにか!?」

「婚約はあくまで婚約です。くれぐれも既成事実などを作られませんように」

「作るか!」


 しかしウォーレンの話では、三人の姫は相当美しいとのことだった。顔もさることながら、その最たる魅力は細くしなやかな四肢に似合わぬ豊満なで柔らかな乳房の膨らみ。さらに括れた腰にツンと上を向いた尻は、ドレスの上からでも情欲をかきたてるほどだとか。


 身分が身分だけに下級貴族は指をくわえて眺めるしかなかったようだが、他領の貴族からの結婚の申し込みは後を絶たないらしい。


「ヴォルコフ領に屋敷を構える貴族も少なくありません」

「だったらそっちと遊んでろっての!」


 だが結局彼は、渋々一行の入国と入領の許可を出すしかなかった。



――あとがき――

昨日は結局更新出来ませんでした。

頂いたメッセージの中に、無理せずとも待っているとの暖かいお言葉を頂き、クオリティーを下げてまで(もちろんそのつもりはありませんが)無理に更新しないことにしました。

まだ色々と厄介事がありますが、ひとまず二日か三日に一度は更新出来るように頑張ります。

書いてると気が紛れますし、自分も早く続きを知りたいですから(^_^;)

実際の作業は推敲と執筆で、今のところそこそこのストックがあります。なるべく早くお待ち頂いている読者様にお届け出来るよう、推敲を進めたいと思ってます。

どうぞ今後ともよろしくお願い致します。

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