第十話 物理無効はヤバいって
邸に足を踏み入れた優弥を待っていたのは、槍を手にしたメイド服姿の使用人たちだった。だが、彼女たちは一様に震えている。おそらく男爵に命じられたのだろうが、それほど怖れるなら逃げるという選択肢はなかったのだろうか。
(いくら貴族邸の玄関ホールとはいえ、やけに広いし天井も高いな。それに横の壁のあのデカい扉、何のためのものなんだ?)
「アンタら、俺が誰だか知ってるんだよな?」
「「「「「…………」」」」」
「
「う、うるさい!」
「たとえ鉱山ロードでもご主人様には敵いません!」
「あ?」
「あの方の恐ろしさをご存じないのです!」
「お前たち、武器を捨てて投降しろ!」
「さもなくば斬る!」
そこへ外を片付け終えたトニーとチェスターが入ってくる。二人は槍を構えて震えているメイドたちに今にも斬りかかろうとしていたが、彼は軽く手を挙げてそれを制した。
「まあ、待て待て。なあ、とりあえず話を聞かせてくれないか?」
「話すことなんてありません!」
「そう言わずに。後ろの二人は王国騎士だ。男爵に脅されているだけなら助けてもらえるぞ」
「何をもたもたしているのですか! さっさと
三メートル以上の高さにあるホール内のバルコニーに姿を現したのは、整った身なりで紳士のような微笑みを浮かべる初老の男性だった。バルコニーは使途不明の巨大な扉の上にあり、頑丈そうな鉄格子が天井まで届いている。まるで鳥籠のようだ。
「ですがご主人様! 王国騎士が二人もおります!」
「全員殺してしまえばいいだけのことですよ」
「アンタがバリトン男爵か!?」
「そういう貴方は鉱山ロード殿ですかな?」
「エビィリンはどうした!?」
「エビィリン……子供のことですか? すみませんがいちいち覚えておりませんので分かりません。まだ生きているのか、すでに食われてしまったのか」
「食われた?」
「面倒ですねえ。普段は新鮮な子供しか与えていないのですが仕方ありません」
バリトンが何やら手を挙げて合図を送ったように見えた。
「ご、ご主人様、何を!?」
「まだ私たちがいます!」
「お前たちがぐずぐずしているからいけないのですよ。使えない使用人などいりません」
「いやぁぁぁっ!」
悲鳴を上げるメイドたちの視線は、大きな扉を向いている。跳ね上げ構造だったその扉がゆっくりと開いていくと、ぷるぷるとした薄紫色の半透明の何かが見えた。
「アバリースライムという大変に珍しい魔物でしてね。何でも飲み込む可愛いペットなんです」
「スライム!?」
完全に扉が上がりきり、魔物が玄関ホールに入ってくる。直径約三メートル、高さも三メートルほどあるだろうか。形はよくある半球型だったが、大きさは彼の中にあったスライムのイメージをあっさりと塗り替えてしまった。
(異世界あるあるっぽいな。打撃系メインの俺には相性が悪そうだ)
「ただ飲み込みはするのですが、骨などは後から吐き出してしまうんですよ。柔らかい物が好きなんでしょうねえ」
「来ないでぇっ!」
スライムから一番近い位置にいたメイドが後退っている。しかし足がすくんでおり、思うように動けていなかった。何より巨体の割にスライムの動作が速い。
「ぎゃーっ! 熱いっ! 熱いっ! 助け……」
足から飲まれ始めた彼女が消化されるまでほんの一瞬だった。触れた先から骨になっていき、両足が無くなった頃には気絶かショック死かという状態で、すぐに全身が骨にされてしまったのである。
スライムの体は彼女の血液で一部分が赤く染まっていたが、それもわずかな時間で元に戻っていた。
「トニー、チェスター、お前たちは逃げろ!」
「で、ですが……」
「俺の直感だが、あれは厄介だ。無駄死にせずに応援を呼んできてくれ」
「ユウヤ様はどうなさるおつもりですか?」
「エビィリンを探す!」
「なら私たちも……」
「俺一人なら何とでもなるが、二人がいては足手まといなんだよ」
「うっ……わ、分かりました」
「ご武運を!」
「ああ」
この間、メイドたちは逃げ惑っていたがすぐに二人目が捕まっていた。どうやら男爵の言葉通り魔物はより柔らかい肉、つまり優弥以外を追っているようだ。
「おや、騎士のお二人は逃げてしまいましたか。扉が壊されていたんですね。道理でロックがかからなかったわけです」
「お前たちも早く外へ逃げろ!」
しかし彼女たちは元々ホールの奥、つまり扉とは反対側にいた。対してスライムはホールの中央、彼とメイドたちの間を移動している。そして狡猾なことにこの魔物は、彼の声を聞いて扉の方に走り出した者から襲っていたのだ。
他にも扉はあったが、男爵が言った通り全てがロックされているようだった。
(無駄かも知れないがやってみるか)
彼はスライムの真上に無限クローゼットを開き、先ほど門兵に見せたのと同じ大きさの岩を落とした。
「おお! それが鉱山ロード殿の力ですか! 素晴らしい! 素晴らしいですが無駄ですよ」
一瞬潰れたかに見えたスライムは、すぐにするりと岩の下から抜け出して元の半球型に戻った。ただ、お陰でタゲは取れたようである。タゲとはターゲット、つまり魔物の敵意が彼に向いたということだ。
次に試したのはサッカーボール大の岩を追尾投擲で投げつけること。しかしこれもただめり込んだだけだった。
突き抜けなかったのは意外としか言いようがなかったが、岩は食われたメイドの骨と同様に体内に留まったままである。おそらく外に吐き出されるまでにはそこそこの時間がかかるのだろう。
(待てよ、なぜ突き抜けなかった? 受け止めたならなぜ跳ね飛ばされなかった?)
至近距離からの投擲でも、彼の手を離れた瞬間に岩は音速を超える。だから体内に取り込んだ場合はその運動エネルギーによって、跳ね飛ばされるか破裂するかしないと理に適わないのだ。
戦闘中でも考え事をしてしまうのは、どうやら彼の癖らしい。襲ってくるスライムを避けるタイミングが、何度も間一髪となっていた。ドラゴンを裏拳の一撃で倒した彼でも、打撃系をモノともしないスライム相手では避けるしかなかったのである。
ただ、お陰で残ったメイドたちは全員外に出られたようだった。
一度落とした大岩を無限クローゼットに戻して再び落とすリサイクル攻撃。わずかではあるがこれでスライムの動きが止められるので、その隙に距離を取って追尾投擲で攻撃する。
(やっぱり思った通りだ)
この攻撃を繰り返したのには理由があった。投擲時に乗せるSTRを変えて試していたのだ。そして彼はある結論に達した。
それはスライムの体が衝撃を吸収しているということ。原理は不明だが、高いところから生卵を落としても割れない素材を日本にいた頃に見たことがある。強い衝撃は吸収し、ゆっくり押すとへこむアレと同じということだ。
(さて、そろそろ岩も飽きただろ。終わりにしようじゃないか)
だがその時バルコニーから男爵の姿が消え、スライムのタゲが別の方向に向けられていたことに彼は気づいていなかった。
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