第四話 弱腰の皇帝
九人は優弥を見て一斉に立ち上がり頭を下げた。そして彼が着席すると各々が名乗り、合図を待って着席する。
「魔法国アルタミラ魔王、ティベリア・アルタミラ陛下よりこの地の領主を拝命したユウヤ・アルタミール・ハセミだ。隣は領主代行のウォーレン・ディアス。共に今後はよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
頭は下げないが、微笑みを浮かべて二人が挨拶すると、九人は改めて頭を下げた。
「皆はエイバディーンの有力者と聞く。知っての通りこの地はアルタミラと名付けられ魔法国領となった。従ってレイブンクロー大帝国の法は及ばず、魔法国の法が適用されることとなる」
「発言よろしいでしょうか」
手を挙げたのは大帝国でも最大の規模を誇るというリベラ商会会頭、パトリック・リベラだ。
「構わない。それと今後は手を挙げるだけで、いちいち発言の許可を求めなくていい。リベラ殿、続けてくれ」
「はい。ユウヤ閣下とお呼びしても?」
「ああ」
「では改めまして、ユウヤ閣下は我が商会がこの地のみならず、広く大帝国に商売の手を広げているのはご存じですか?」
「すまない。まだ大帝国と領地のことはほとんど把握していないんだ」
「そうでした。領主様を拝命されてから日が浅いのでしたね。失礼致しました」
彼らはあらかじめ優弥の事情と、彼が竜殺しの称号持ちであることは聞かされていた。
「だがリベラ殿の商会のことは分かった。それで?」
「先ほどユウヤ閣下はこの地は魔法国の法が適用されると仰られました」
「その通りだ」
「これまで私共は大帝国内のどの領地でも通行税を免除されておりました。しかし魔法国の領地となった以上、大帝国との往来ではそのようなわけにも参りますまい」
「そうだな。領境がそのまま国境になる。当然出入国管理もしなければならない。保安の観点からも素通りさせるわけにはいかないな」
大帝国内に他国と国境を接する領地があれば、それに対応したやり方も確立されていただろう。しかし大帝国はエスリシア大陸全土を統べていたため、国民には領境の概念はあっても国境の概念はないに等しかった。
「大帝国もそれは同じだと存じます。しかし我々としては新たな税が発生するとなると、この地で商売を続けるのが厳しいと言わざるを得ません」
「ならば出ていくか?」
「それは……」
「先に言っておくから皆も聞いてほしい。俺を脅したり
「ご気分を害してしまったようで……申し訳ありません」
彼が怒った理由は、リベラ会頭が暗に通行税の面で優遇しないと大商会が出ていってしまうぞ、と脅しをかけたからである。それに対し出ていくことで困るのは主に領民であり、自分の生活基盤は別にあるのだから構わないと答えたわけだ。
「商人の通行税に関しては現在魔王と皇帝との間で意見交換の最中だが、特別な通行手形を発行して優遇措置が取られることになるだろうと聞いている」
「おお! では……」
「新たな税が発生すると商売が続けられないんだろう? 出ていってくれて構わんよ。アルタミールで新規に商会を起ち上げればいいだけだ」
「そのようなことをされても大帝国との取り引きが出来なければ、すぐに立ち行かなくなると思いますが」
「ほう。つまりリベラ商会は、俺が起ち上げる商会とは取り引きするつもりがないってことだな」
「いえ、そこまでは……」
「知らないだろうからこれも教えておいてやる。皇帝トバイアスが最も恐れているのはこの俺なんだよ」
「は? まさかそんな……」
「試してみるか? そうだな、皇帝に大帝国全土でリベラ商会の鑑札を取り上げて国営化しろ、とでも言おうか。それなら罪のない従業員が路頭に迷うこともないだろう。理由は竜殺しを脅して不興を買った、それだけで十分のはずだ」
「お、お待ち下さい、閣下!」
「アンタは警告したにも拘わらずさらに俺を脅そうとしたよな。大帝国と取り引きが出来ない? 上等じゃないか。だが俺が起ち上げる商会が取り引きするのは国営の商会となるのだから心配はいらないぞ」
「撤回します! 撤回しますから!」
「ウォーレン、すまないがさっきの内容で皇帝に書簡を送ってくれ」
「それだけはどうかご勘弁を!」
「だめだ。アルタミール領ではリベラ商会の活動を本日この時点で停止とする。契約してる商会があれば、リベラ商会の看板を下ろすことで営業の続行を許可。直営は財産を全て没収、リベラ会頭とその家族及び彼らに付き従う者は領外追放としろ」
「閣下! この通りです! 二度と逆らうようなことは言いませんから、どうかお許し下さい!」
決定は覆らず、わずか一日でアルタミールからリベラ商会の看板が消え失せた。人口百万のエイバディーンだったが、実際リベラ商会の直営店は数店舗しかなく、ほとんどがいわゆるフランチャイズ店だったのである。
そのため彼らは看板を下ろすだけで営業を継続出来たので、大きな混乱には至らなかった。またこれは会談から数日後のことになるが、優弥を恐れる皇帝は書簡を受け取ってすぐさま商会の国営化を実行したのである。しかし基本的には看板が変わっただけで、流通にもほとんど影響を出さずに済んだようだ。
ただ、実はこれには別の意図があった。大帝国最大の規模を誇るリベラ商会は、あまりにも大きな力を持ち過ぎていたのだ。常々皇帝はそれを好ましく思っていなかった。
商会は先に会頭が言った通り、どの領地でも通行税を免除されている。しかしこれ自体がそもそもおかしいのだ。本来商会が支払う通行税は、それぞれの領地で商売する許可を得るための対価であり、領地の重要な収入源でもある。
リベラ会頭は過去に優弥を脅したのと似たような言葉で皇帝を唆し、まんまと大帝国御用達の鑑札を手に入れた。そしてその鑑札を振りかざして、全ての領地で通行税の免除をもぎ取ったのである。
(大帝国の皇帝っていうわりには弱気だな)
なお、リベラ商会の一件があまりに衝撃的過ぎたため、その日の会談は打ち切りとなり後日改めて場を設けることとなった。
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