第十四話 海軍提督

「ジャイルズから得た情報からすると、エブーラの城壁内にいるのはあと四百人弱のはずだ」

「信じてよいのかの」


「少なくともワイバーンの数は、体感だけど合ってたから大丈夫なんじゃないか?」


「コンドはミーにもデバンある?」

「エリヤはどうしても戦いたいみたいだな」

「スキルをタメしてみたいネー」


 エリヤはおもむろに剣を抜くと、未だ内部では混乱が続いていると思われる城壁に向かって技名のようなものを叫んだ。


「ブレイブ・ストライク!」

(勇気の一撃? ああ、勇者の一撃か)


 ところが振り下ろされた剣からは、こちらに反動が伝わるほどの衝撃波が放たれ、一直線に地面を破壊しながら城壁を粉砕していた。


「オーマイガッ! オモわずデちゃったよ」

「出ちゃったよじゃねえよ!」


 一直線先の城壁が砕け散ったということは、すなわち壁の内側からこちらが丸見えになるということである。むろんこちらからも向こうが見えるわけだが、突然の出来事にお互いしばし顔を見合わせる形で固まってしまっていた。


 エリヤは単にスキルの真似事をするだけのつもりだったのだが、技名を叫んで剣を振ったものだから発動してしまったというわけだ。


「て、敵襲! 敵襲だぁっ!」

「提督閣下をお護りしろーっ!」

「弓兵、グズグズするなぁっ! 矢を放てぇっ!」


 突然のことに敵も慌てふためいているようで、飛んでくる矢はバラバラだった。しかしそれでもさすがは訓練された兵士である。そのほとんどがこちら側の誰かの命中コースには入っていた。


 しかも追尾投擲で捌ける数ではない。


「魔王! 防げるか!?」

「全部は無理じゃ!」

「クソッ! エリヤのバカったれ!」


「ミーにマカせるネ! ブレイブ・ストライク!」


 親指を立てた彼が飛んでくる矢に向かってスキルを放つ。しかし城壁を破壊するほどの衝撃波をもってしても、撃ち落としたり軌道を変えたり出来た矢の本数はわずかだった。


「グッ……ブレイブ・ストライク! ブレイブ・ストライク! ブレイブ・ストライク!」


「盾のない者は後退しろ! 急げ!」

「ぐぁぁっ!」

「ぎゃぁぁぁっ!」


 優弥が叫んで、ようやく後をついてきていた住民たちが後退を始めたが、何人かは矢を受けて悲鳴を上げている。しかも第二波、三波と時間が経つ度に、放たれる矢も増えているようだった。


「バカエリヤ! 矢はいいから壁にスキルを撃ちこめ!」


「ワかった! ブレイブ・ストライク! ブレイブ・ストライク!」

「縦じゃねえっ! 横に撃て!」


「ブ……ヨコね! ブレイブ・ストライク! ブレイブ・ストライク! ブレイブ・ストライク!」


 最初の横薙ぎのスキルで城壁のほとんどが砕け散り、次の二発目で矢が飛んでこなくなる。勇者はアホだが、スキルの威力は凄まじかった。


 だが、壁が吹き飛んだことにより姿を見せたドラゴンの骨は、ばらけることもなくその場に留まっている。


「おお、あれが奴の骨か」

「悠長なことを言っている場合ではないぞ! 兵が出てきた!」


「エリヤ! 何やってる!? 早くスキル撃てよ!」


「クールタイムね。ジュッパツウったらイチジカンウてないのよ」

「はあ!?」


 やはり勇者は単なるアホだったようだ。


「魔王! 魔法で……」

「先ほどからやっているが防がれておるのじゃ!」


 魔法国に攻め込んできた敵が、魔法に対する防御を考えていないわけがない。


 たとえ百騎以上いても、ワイバーンは数騎ずつしか飛び上がらなかったので、追尾投擲で全滅させることが出来た。しかし敵兵は一斉にこちらに向かってきているのだ。追尾投擲はマシンガンのように放つことは出来ない。つまり、それだけの数を一度に倒すのは不可能なのである。


(魔単6で十二分間だよな。試してみるか)


 これ以上迷っているヒマはなかった。それなりに蓄えてあるとは言え、トマム鉱山の大岩の数にも限りがある。とてもではないが、迫りくる兵士たち全員を押し潰すだけの量はないのだ。


 そこで彼が考えたのは、岩を『燃焼』魔法で発火させて彼らの前に落とし、足止めすることだった。ついでに何人かは下敷きに出来るはずだ。そうして勢いが弱まれば、後は追尾投擲で何とかなるだろう。


「うわーっ!」

「ひぎゃぁぁぁっ!」


 長辺の平均が二、三メートルの燃え盛る大岩が、敵兵集団の前に十個ほど落下して壁を作った。先頭の数人は無傷だったが思ったより巻き込まれた兵士が多く、火だるまになって転げ回っている者もいる。


 魔法は防げても、それによって生み出された炎は防げない。そして、魔法の火は簡単に消すことが出来ないのだ。


 巻き込まれずに向かってきた兵は、優弥が追尾投擲で倒すより早くエリヤとアルタミラの兵士が相手をしていた。


 彼はそこで改めて勇者の闘いぶりに感心せざるを得なかった。スキルが使えなくなっただけでエリヤは決して弱いわけではない。優弥は異常だが、彼を除けば勇者のステータスはおそらく、人間を始めとするこの世界の種族の中ではトップクラスを誇るはずだ。


 しかもその差はわずかではなく、一般的な成人男性のSTR700に対して約四十倍の3万である。剣や弓で太刀打ちできる道理がない。


 未だ多く残る敵兵に数少ない手勢で挑んでいるにも拘わらず、劣勢になるどころか逆に押していた。

(あれだけの力があれば手柄を立てたくもなるか)


 それからしばらく攻防が続いていたが、静かになったところで大岩の向こう側に移動してみると、立っていたのは返り血まみれになったエリヤたちだった。


 その彼らと、後退していた魔法国住民たちを呼び戻して合流し、かつてエブーラ城があった城壁の中に足を踏み入れる。そこには数人の兵士が、勲章だらけの軍服を身につけた初老の男性を護るようにして剣を構えていた。


「妾は魔法国アルタミラが魔王、ティベリア・アルタミラである。そこの者、名を名乗れ」


「儂はレイブンクロー大帝国海軍提督のナサニエル・フォスターだ。魔王ティベリアよ、大人しく捕虜となれ。さすれば他の者たちの命は救ってやろう」

「この状況で戯けたことを」


「先ほど軍港フレミントンに使者を走らせた。早ければ明日にでもワイバーン部隊が援軍に来るぞ」

「忘れたのか? ここにいたワイバーンは全て落とされたじゃろ」


「どうやったかは知らんが、今度は三百騎の大軍だ。それに間もなく本隊も到着する。アルタミラに勝ち目はないぞ。たとえ勇者がいたとしてもな」

「提督さんよぉ」


 そこで優弥が提督の足許に視線を向けながら、挑発的な口調で割り込んだ。


「貴様は何者だ!?」


「あー、名乗らなきゃいけない流れか。俺は長谷見はせみ優弥ゆうや、モノトリスから魔王に呼ばれてきたモンだ」


「ハセミ・ユウヤ? 聞かん名だがモノトリスでは名を馳せた者なのか?」

「ん? ああ、まあちょっとはな」

「その貴様が何の用だ?」


「アンタの足許にあるの、ドラゴンの鱗だよな」

「そのようだ」

「それ、俺のだから返せ」


「世迷い言を申すな! これは大帝国皇帝トバイアス・レイブンクロー陛下に献上する物だ!」

「献上? だーれ手前てめえのところのクソ皇帝になんかくれてやるかよ!」


「貴様! 偉大なる皇帝陛下を侮辱するか!」


 提督を護っていた兵士の一人がそう叫んで優弥に斬りかかってきた。しかし彼はその剣身ブレイドを素手で掴んで捻り上げ、兵士を正面から蹴り飛ばす。兵士の体はくの字に折れ曲がり、あり得ないほどのスピードで後方の瓦礫に叩きつけられていた。


「なっ、貴様はなんだ……竜殺し、だと……!?」

「あ?」


 この時初めて彼は、称号に【竜殺し】の文字が増えていたのに気づく。実はレベルが20に上がったのを確認して以降、自分のステータスを見ていなかったのだ。

「おいおいマジかよ……」

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