第十三話 竜殺し

 ジャイルズを捕虜として扱うかどうかという議論が湧き上がったが、そもそも優弥がやってきた理由はドラゴンの鱗と骨を取り返すためである。


 加えて奇襲により犠牲となった罪のないアルタミラ魔法国の国民にも同情していた。結果、レイブンクロー大帝国を許すつもりはなくなったというわけだ。


 だから捕虜交換などという悠長なことも考えていなかった。捕らえられている国民はティベリアが救出するとのことだったし、雑魚はエリヤや魔法国の兵士に任せておけばいい。


 つまりジャイルズなどどうでもいい存在だったのである。


 住民による拷問で得られた有用な情報は敵の数だった。軍港と首都エブタリアに奇襲をかけた先遣隊がおよそ五百で、これにワイバーン部隊百騎が加わっている。軍港も首都も、このワイバーン騎兵の空襲に為す術なく陥落させられたのだ。


 また、軍港フレミントンは約二千の軍勢に占拠されており、そちらにもさらに三百のワイバーン部隊が待機しているそうだ。そして現在、魔法国を完全制圧するために約一万の本隊が向かっているとのことだった。


 これらを聞き出したところで、優弥にとってのジャイルズの価値は無に帰した。後の処遇は住民たちに委ねたが、彼が尋問に使った部屋を出るとけたたましい悲鳴が聞こえてきたので、おそらく楽に死なせてはもらえなかっただろう。


「さて、ワイバーンを狩るついでにレイブンクローの奴らを叩きのめしに行くとするか」

「ミーはエブタリアをマモってればいいのネ」


「頼む。今いる奴らとワイバーンはやっつけていくから」

「その後はフレミントンじゃな」


「転送ゲートは使えるよな?」

「港から少し離れた防風林に二つ生きておるのは確認済みじゃ」


「よし、それじゃ鱗と骨を返してもらいに行くか」


 エブタリアに向かう途中、散り散りになっていたアルタミラ軍の兵士に加えて生き残っていた住民も合流し、目的地に着く頃には一行は百人を大きく上回る人数になっていた。


 当然それに気づいたレイブンクロー軍が黙っているわけがない。ところどころで矢を射かけ、剣を抜いて襲いかかってきたが、所詮優弥たちにとっては雑兵である。


 飛び道具はティベリアが魔法で防ぎ、弓兵は優弥が小石を使って追尾投擲で倒す。剣を持った敵兵はエリヤとアルタミラ軍の兵士が迎え撃っていた。


 住民も含め、彼らの士気は上がるばかりである。


 そして、優弥たちの存在を知ったと思われるワイバーン部隊が飛び立つのが見えた時、優弥の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。


「ジャイルズの言った通り、百はいそうだな」

「うむ。やれそうか?」


「何度も聞くなって。火炎玉ってのを抱えてるなら落としたら燃え上がりそうだけど構わないか?」


「今さらじゃな。我が城はすでにあの通り瓦礫と化している。遠慮はいらん」

「よっしゃ。それじゃ!」


 まずは距離的に一番近い、飛び上がったばかりの五騎を狙い撃ちする。連続で放たれた小石は、彼らに破壊された街の残骸を無限クローゼットに補充した物だ。


 それらは迷いなくワイバーンの頭を貫通し、五十メートル以上の高度からの墜落は、騎乗する兵の命をも奪っていた。しかし火炎玉は爆発しない。何らかの安全措置が施されているのだろう。

(出来れば後で回収しておきたいな)


「敵襲! 敵襲!」

「魔法か!?」

「分かりません! 頭を射抜かれているようです!」

「ぐへぇぇっ!!」


 一人の兵士が落下してきたワイバーンに押し潰された。


 優弥はさらに石礫を投げ続ける。謎の攻撃を警戒してワイバーンはバラバラに飛び立っていたが、その方が一斉に離陸されるより返って狙いやすい。彼はワイバーンが上昇を始める度に、悉くを追尾投擲で仕留めていった。


「あそこだ! あそこにいるぞ!」

「敵発見! 西に約三百メートル! 数およそ百三十から百五十!」

「騎馬隊、歩兵隊、奴らを殲滅し……うわーっ!!」


 上空から指示を出していた兵士は、騎乗していたワイバーンが頭を撃ち抜かれて急降下したため、自身も空中に投げ出されてしまった。そしてそのまま地面に頭から叩きつけられ、首の骨を折って絶命する。


 その後もワイバーン部隊が次々と撃ち落とされ、気づけばおよそ百騎全てが動かぬ骸と化していた。跡地と化した魔王城エブーラに陣取っていたレイブンクロー軍が、大混乱に陥ったのも無理はないだろう。


「見つけたぞ! アルタミラの腰抜け共!」


 その時、優弥たちの前方に混乱から抜け出してきた敵の騎馬隊と歩兵隊が現れた。距離にして約百メートル、それぞれ二十騎と百人ほどだろうか。急拵えにしては上出来の人数と言える。


 しかし相手をするのは骨が折れそうだ。こちらには多くの非戦闘員が同行しており、彼らを護りながらでは苦戦を強いられるのが目に見えていたからだ。


 すると、他と比べて少々派手な飾りをつけた馬に跨がった騎兵が前に出てきた。


「貴様らに問う! どうやってワイバーンを撃ち落とした!?」

「あん? これか!?」


 叫ぶと優弥は容赦なく、その騎兵の頭を狙って小石を投げつける。直後、ゴルフボールよりも小さな石礫は彼の眉間を貫き、スローモーションのように体が馬上から崩れ落ちた。


 刹那、何が起こったのか理解出来なかった敵兵たちからどよめきが漏れる。


「さて、面倒だからさっさと片付けちまうか」


 未だ困惑している彼らの頭上に枠線が現れたが、それに気づいた者は一人もいなかった。そして次の瞬間、そこから落ちてきた二階建ての建物、旧ヴアラモ孤児院に押し潰されていたのである。


「ぐぁぁぁっ!」

「ひぎゃぁぁぁっ!」

「ぶへぇぇぇっ!」


 悲鳴には馬の鳴き声も混じっていたが、運良く難を逃れた者はわずかしかいなかった。だがその者たちも、優弥の追尾投擲の前には為す術なく全滅させられたのである。


「な、何じゃ、今のは……?」

「気にするな。ちょっとした手品だ」

「手品であんなモノが出せるか!!」


 魔王のツッコミに、魔法国の住民たちに加えエリヤでさえも頷いていたが、彼には説明する気など毛ほどもなかった。


(魔王は俺のステータス見て知ってるだろうに)


 あまりのスケールの大きさに、彼女は無限クローゼットのことを忘れて驚いていたのだろう。そこへうまいタイミングで助け船がやってきた。


「ユウヤ、これじゃミーのデバンがないよ」

「ああ、悪い。雑魚にかけてる時間が勿体なくてな」


「い、今のうちに戦える者は武器を取るのじゃ! あそこにいくらでも転がっておる!」

「「「「うおぉぉぉぉっ!!」」」」


 ティベリアが指さしたのは、たった今全滅した前方の敵の死体である。多くは旧孤児院の建物の下敷きになっていたが、剣や槍はあちこちに散乱していた。それをついてきた住民の男たちが我先にと拾い集めに向かう。


「とりあえずワイバーンは全滅させたし、後は城の残兵と鱗と骨だな」


「ユウヤ、ウロコとホネってナンのこと?」

「ドラゴンのだよ。俺が倒した」


「えっ!? もしかしてユウヤ、ドラゴンスレイヤーになっちゃったの!?」

「ま、まあ、そういうことかな」


「うー、ミーもドラゴンスレイヤーなりたかったよ」


「ああ、そうだ。エリヤにはドラゴンの素材で作った武器と防具をやるよ。作れたら、だけど」

「ホントに!? ユウヤサイコー! ミーハッピーね!」


 ジャパニメーション気触かぶれの勇者にはこの上ない贈り物だろう。しかし今回の奇襲で職人が死んでしまっていれば、作れるかどうかは微妙なところだ。


 それから間もなく、武器を回収しに行っていた者たちが戻ってきたので、一行は王城エブーラの奪還に向かう。


 なお、優弥の称号に【竜殺し】が増えていたことに彼が気づくのは、ほんの少し先になってからだった。

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