第五話 大事な人

 エリヤが魔王を連れて優弥の家を訪れてから二週間後、王国では勇者帰還式典が催されることになった。この式典にはアルタミラ魔法国との同盟調印式も行われ、晴れて両国が同盟関係を結ぶこととなる。


 また、同盟締結によりモノトリス王国とアルタミラ魔法国との間に転送ゲートが設置された。場所はそれぞれの王城内。


 しかしゲートの設置は魔王ティベリア・アルタミラが、いつでも優弥に会いに行ったり優弥を魔法国に招いたりしたいがための措置だった。もっとも表向きは両国間の円滑な交流が目的とされている。


 ところで現在、アルタミラは度重なるドラゴンの襲撃に悩まされていた。ドラゴンは魔法国の戦士による強力な魔法攻撃をものともせず、物理攻撃も硬い鱗のせいで効果がない。つまり、打つ手なしという状況だった。


 何故アルタミラがドラゴンの標的になっているかと言えば、偏にそれは住民の持つ高い魔力が原因だ。件の魔物は住民を食らうことにより、その魔力を吸収する。魔力はドラゴンにとって生きる糧そのものだった。


「で、そのドラゴンを討てと?」


 あれからも優弥は度々ティベリアの訪問を受けていた。そればかりか魔法国の王であるにも拘わらず、その愛らしい外見からソフィアもポーラも彼女の訪問を歓迎する始末。

 念のために付け加えておくと、魔王は巨大な山羊の角とコウモリの翼は見えないようにしている。


 モノトリスの王城では一時、賓客の彼女が行方不明で大騒ぎとなったようだが、ある時から優弥の許を訪れていることが知られて放置されるようになった。


「マオウさま? ユウヤのところにイってるんじゃないですかぁ?」


 エリヤが何気なしに発した言葉が原因のようだ。


「力を貸してくれんかの」

「エリヤじゃダメなの?」


彼奴あやつではちと力不足なんじゃ」

「ならお前がやりゃあいいじゃん」


「妾のスタツスを見たであろう? ほとんどの竜種には魔法が効かん。魔法が効かなければ妾にも歯が立たんのじゃよ」

(見たのバレてたか)


「俺に倒せるのか?」

「おそらくじゃが一捻りだと思うぞ」


 当然魔王ともなれば、優弥の人外とも言えるステータスはすでに確認済みのはずだ。実は彼は新たに生えたMPの件で、魔法について彼女を質問攻めにしたのだが、その全てに明確な解答を示されたことでそれなりの信頼を寄せていたのである。


「うーん、基本的にそういう依頼は受けないことにしてるんだけど、魔法国の住民が被害に遭ってると聞くとなあ……俺が引き受けたとして、それを秘密に出来るか?」

「容易いことじゃ」


「ねえねえ、ドラゴンの素材って高く売れたりするの?」

「ポーラ、公共機関に勤めてるんだからそれくらい知ってろよ」


「だってドラゴンが討伐されたなんて聞いたことないもん」

「鱗なら大人の上半身ほどの大きさで金貨百枚は下らんじゃろうな。骨は大きさによって変わるから一概には言えん」

(鱗だけで一枚一千万円以上かよ)


「骨も武器や防具に加工すれば、魔法物理とも現存するどの武具よりも強力と言える。もっともその加工が一筋縄ではいかんがの」

「ふーん」


「奴の大きさからしておそらく鱗は三百枚以上のはず。一財産築けるぞ」

「一財産どころじゃねえだろ。で、報酬はその鱗と骨ってわけだな。どのくらい寄こす?」


「ん? 倒したら全てユウヤ殿の物ではないのか?」

「そ、そうか、全部俺のか……」


(鱗が日本円で三十億……加えて骨だ。大小の差があるようだから何とも言えないが、大金持ちの域を超えるよな)


「しかしそれをもらってもどこに売ればいいんだ? そもそも加工が難しいのに売れるのかよ」

「うむ。我が国にはその技術があったはずじゃ。何ならこちらで買い取ってやっても構わんが、この国に献上せずともよいのか?」


「献上? どうして俺がそんなことしなきゃいけないってんだ。するなら献上ではなく下賜だが、くれてやる気は一ミリもないね」

「国に対して下賜と申すか。ユウヤ殿は面白いことを……なるほど、そう言えば其方そなたは勇者殿と同じ召喚者だったの」


「魔王、ソフィアとポーラはそのことを知っているからいいが、他で漏らすなよ」

「分かっておるわ」


「しかしまあ、それだけ珍しいってことなら一度に全部手放すのも勿体ないか」


 武器や防具に加工してシンディーとニコラに装備させても、強欲な奴らに狙われる危険性がある。あの陽気なアメリカ人のエリヤなら勇者の称号もあるし、一揃えをプレゼントしてもいいかも知れない。彼は召還時に気遣ってくれた恩を忘れてはいなかった。


 後はウィリアムズ伯爵に加工前の鱗を渡せば、家宝とはいかないまでも、それなりに大切にはしてくれるだろう。トランプに加工……はシャッフル時に手が切れそうだから止めることにした。


「プレートを作るのはいいかも知れないな」

「プレート?」


「ああ。貴族みたいにさ、俺が後ろ盾にいるぞって意味で」

「ユウヤさんはそういうの、嫌いな人だと思ってました」


「勘違いさせたかな。見栄を張りたいとかじゃなくて、俺の大事な人だから手を出すなよって意味で作りたいんだよ」

「だ、大事な……人……?」


「ソフィアとポーラはもちろん、シンディーやニコラもね。ビアンカにも渡してもいいかな」

「わ、私たちに、ですか!?」


「他に誰に渡すっていうんだよ。あ、あとクロスの爺さんには渡してもいいかな……ソフィア? ポーラもどうした?」


 両手を真っ赤になった頬に当て、ソフィアとポーラが俯いてしまった。それを見たティベリアが呆れ顔で溜め息をつく。


「ユウヤ殿はタラシか。妾にはくれんのか?」

「ま、実際作るとなったら職人を紹介してもらわないといけないだろうし、魔王にもやるよ」


「そうか! ではドラゴンの討伐、引き受けてもくれるのじゃな」

「今さらだな。いいぜ。しかし魔法国までどうやって行けばいい?」


「それなら心配ない。転送ゲートをここにも置くからの」

「転送ゲート!?」


「向こうは妾の寝室にでも置こうか。こっちはユウヤ殿の寝室で構わんか?」

「待て、今さらっと不穏なことを言わなかったか?」


 ソフィアとポーラは先ほどの優弥の"大事な人"発言でフリーズしており、魔王の言葉は聞き逃してしまったようだ。


「よいではないか。ユウヤ殿なら共に魔法国を治める我が伴侶と認めてやってもよいのじゃぞ」

「アホか。俺は二百歳超えたロリババアに興味なんかねえよ!」


「ムッ! ろりばばあとはなにか分からんが、無性にバカにされた気分じゃぞ」

「国を治めるなんて恐れ多いって言ったのさ」


 結局転送ゲートはこの家の玄関前と、魔法国の王城エブーラの城門外側に設置されることとなった。いきなり城門の内側に設置すると、衛兵が驚いて攻撃しないとも限らないからである。


 なお、この転送ゲートは優弥とティベリアしか起動出来ないように制限された。さらに一度に転送可能な人数は起動した者も含めて五人までだ。人数を増やすことも可能だが、それだと設置者であるティベリアの負担が大きくなるらしい。


 ただ、ドラゴン討伐にソフィアたちを連れていくわけがないので、彼はそれでも多いくらいだと考えていた。また、いつか彼女たちと魔法国を旅するにしても、その時は転送ゲートは使わずに馬車と船で行きたい。なぜなら旅の風情を存分に味わいたいからだ。


「よし、さっそく行ってみるとするか」

「ユウヤ!?」

「ユウヤさん!?」


「まあ、行ってすぐドラゴンと出くわすとも限らないし」

「いいのかえ?」


「少しでも早い方が被害も少なくて済むだろ。ただ今日はひとまず行って様子見てくるだけになるかも知れない。何もなければ一応夕飯前までには帰るつもり」

「そんな、遠足に行くみたいに……」


「ま、帰らなくても心配しないでくれ」

「ユウヤさん、気をつけて」

「ユウヤ、ちゃんと帰ってきてね」


「分かってるって。それじゃ魔王、行こうか」

「うむ」


 優弥とティベリアは玄関前に出てから、彼女が地面に手をかざして転送ゲートを起動させる。そこに二人が飛び込むと、ゲートが消えて辺りに静けさが戻った。


「ユウヤさん、どうかご無事で……」


 不思議とソフィアもポーラも、彼がドラゴンと戦いに行くというのに全く不安を抱いてはいなかった。何の根拠もなかったが、優弥なら大丈夫と思っていたのである。


「ドラゴンの鱗のプレート、早く欲しいね!」

「そうですね!」


 今は"大事な人"として、彼の帰りを心待ちにする二人だった。

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