第三章 港町イエデポリ
第一話 女神ハルモニア
その日、
真っ白い霧が立ちこめる中、浮いているような感覚で上下左右の区別がつかない。だが、静寂はすぐに掻き消された。
「ハセミユウヤさん」
透き通った美しい声で彼の名を呼んだのは、水色のローブに身を包んだ妖艶な女性だった。
「貴女は……?」
「私はハルモニア。この世界の女神です」
「め、女神ぃ!?」
「はい。色々とご迷惑をおかけしました。まずはそのことをお詫び致します」
「てことは……これは夢じゃない、と?」
「いえ、貴方の夢の中で間違いありません。ただ私は
相手が女神であると名乗ったのだからそれもアリかも知れない、と彼は妙に納得出来てしまった。それに単なる夢だったとしたら、すぐに忘れてしまうだろう。
実際この女神には怒りを覚えている。もっともソフィアやポーラと出会って生きる意味を見出した今は、召喚直後ほどではなかったが。
「で? 女神様が俺に何の用があるっていうんだ?」
「はい。実は貴方がスキルと呼んでいる能力についてです」
「ああ。レベルアップでパラメータ二倍とか、歩くだけで経験値が貯まるとかのあれか」
「元々は勇者に与えるものでした」
「なるほどね。それを取り上げる、と?」
「いえ、召喚過程でしか付与も剥奪も出来ませんので。しかもちょっと間違ってしまってますし」
「間違った? 何を?」
ハルモニア曰く、まずレベルアップでのパラメータ二倍というのは、本来ならパラメータ二割増だったと言う。次に経験値にしても歩くだけではなく、十分間歩き続けてようやく貯まるものだったそうだ。
「無限クローゼットは無限ではなく、貴方の元いた世界基準で六畳間ほどにする予定でした」
「ずい分とやらかした感じだけど……」
「はい。地球の神に
「は?」
「地球人は当然のごとくに持っている能力だからと」
「いや、ないから。レベルアップもステータスウインドウもないから。あと無限クローゼットも」
歳を重ねたり、勉強や運動をして能力が上がることをレベルアップと言ってもいいかも知れない。しかしそれらを数値化して見ることなど出来ないし、テストの点数やスポーツの得点はステータスとは呼べないだろう。
「やっぱり……おかしいと思ったんです」
「何が?」
「証拠として見せられたのがアニメ? とかいう動く絵でしたから」
「な、なるほど」
(いや、気づけよ)
「誰でも信じると思いませんか? あんなにきれない動く絵を見せられて、それが現在の地球を最もよく表しているものだと言われれば……」
「あー、うん。凄いよね、日本のアニメ」
察するにこのハルモニアという女神は、カテゴライズすると美しいが残念といった部類に入るわけだ。そして地球の神とやらは、無能として送り出した彼に引け目でも感じたのかも知れない。しかし少なくとも半分は楽しんだはずだ。
「で、結局俺にどうしろと?」
「して頂きたいことはありますが、それは神託を与えることになるので言えません」
「神託? 別にくれてもいいんじゃない? それだけ俺は迷惑を被ったわけだし」
「この世界の秩序が乱れてしまいますのでご容赦下さい」
「俺のパラメータは十分に秩序を乱してると思うけど?」
「ええ。ですが貴方には国を乗っ取ろうとか、生物を滅亡させようなどの野望はありませんよね?」
「まあ、確かに」
「それを確認させて頂きたかったのです。どうかこの世界で心のままに過ごして下さい」
「心のままに、か……」
助けになることは何も出来ませんが、とハルモニアは言った。
彼が望むのは、今の平穏な生活がこの先も続いていくことだ。ソフィアもポーラもいずれ誰かの許に嫁ぐかも知れない。それでも、彼女たちが幸せになるのなら笑って送り出そうと思っている。
「二人が離れてしまってもいいんですか?」
「ん? もしかして心を読まれた?」
「これでも女神ですから」
「そっか。しかし妻と娘を失ってからまだ一年も経ってないからな。共に暮らしていれば家族とは思えるけど、恋愛する気にはなれないよ」
「そうですか。でもいずれは離れたくなくなるのではありませんか?」
「そうかもな。実際この前の夜盗騒ぎの時は、二人がいなくなって肝が冷えたなんてモンじゃなかったし。しかしそれだって二人ともってわけにはいかないだろ」
「どうしてです?」
「どうしてって……もしかしてこの世界って一夫多妻制?」
「はい。男性は戦争や魔物との戦いで命を落としやすく数が少ないから当然です」
戦争とはなにも国同士のものとは限らない。貴族間の揉めごとから領地の奪い合いに発展することもあるのだ。
それを国が仲裁することは稀で、むしろ余分な力を削ぎ落とす結果となるため反逆を企てるどころではなくなる。故にほくそ笑んで眺めているというのが実情だった。国家騒乱罪などで罰し、一方または双方に賠償金を課すこともある。
むろん、他国と隣接する領地はその限りではなく、国の直轄領となっている場合も多い。
また、どの領地も深い森には魔物が
(男は生きづらい世界なんだな)
「そういうわけですから、二人を妻に迎えることも可能なのです」
ただしそれなりの甲斐性は必要だし、必ずしも妻たちが仲良くしてくれるとは限らないのは当然である。
「ま、俺も彼女たちもその気になった時は考えるよ」
「そうですか。それと地球の神から、貴方の奥様とお嬢様は天国に引き上げたから安心するようにと言づかっております」
「
「分かりました」
そこでふっと意識が途切れ、朝になって目覚めた時にも、ハルモニアとの会話の記憶が彼から消えることはなかった。
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