第二話 港湾管理局

「こちらの手形を決済しろということですね?」


 港湾管理局出納係のマイケルは、四カ月あまりに渡った闘病生活からの復帰を報告した直後に、フリドニクス・ベンヤング局長から直々の指示を受けた。まだ同僚たちへの挨拶すら済んでいないにも関わらずである。


 内容は枚数にして三百通以上あるトマム鉱山発行の手形を、早急に現金化して鉱山管理局に届けるようにというものだった。


 当然彼は鉱山の手形を港湾管理局で換金することに疑問を抱く。しかし局長から、それだけの量の金貨をすぐに用意できるのはここしかないと言われ、納得せざるを得なかった。


「端数以外は全て金貨でとのことですが、間違いありませんか?」

「ああ、間違いない」


「計算したところおよそ五百枚です。これを届ければいいんですね?」

「病み上がりのところを悪いが頼む」


 港湾管理局は港町イエデポリのほぼ中心に位置しており、王都グランダールまでは馬車で五日の距離を行かねばならない。


 そこまでの時間をかけて金貨を運ぶなどどう考えても腑に落ちなかったが、局長には四カ月も休んだのに仕事に復帰させてもらった恩がある。故に深く追究することが出来なかった。


「かしこまりました。護衛は職業紹介所で雇っても?」


「イエデポリの紹介所で王都までの護衛は雇えんだろう。私の息子たちが傭兵をやっていてな。呼んであるから準備が出来たら顔合わせするといい」

「そうですか。その前に同僚たちに挨拶させて下さい」


「いや、悪いが向こうからは一刻も早くと言われているんだ。金貨の用意が出来たらすぐに出発してくれ」


「分かりました。手形へのサインはお任せしてよろしいのですね?」

「構わん」


「妻への伝言をお願いしても?」

「後で職員の誰かを行かせよう」


「では、行って参ります」

「うむ。気をつけてな」


 釈然としないままではあったが、往復十日の旅で特別報酬として小金貨二枚が支給されるとあっては、受けないわけにはいかなかった。何せ休職中は収入が途絶えていたため、懐に余裕がなかったのである。


(倉庫担当のロイとリュークには会えたし、あとは戻ってからでもいいか。土産にアクセサリーでも買って帰れば妻も喜ぶだろうしな)


 加えて特別報酬は先に渡してもらえた。彼の事情をフリドニクス局長が考慮した結果である。王都での丸一日の休暇もセットだ。片道五日間の馬車の旅は疲れること請け合いなので、正直これはありがたかった。


 それから金庫室に行って出納帳に出金を記録する。本来であれば入出金は二人以上での確認が必要だが、どういうわけか誰もいなかったので念のために三度数え直してから革袋に金貨を詰め込んだ。


 ロイとリューク以外の知った顔に会うこともなく、港湾管理局を出たところに停まっていた馬車に近寄ると局長の息子たちが待っていた。彼らは交代で御者も務めるという。


「マイケル・オーハンです。よろしくお願いします」


「ドルジール・ベンヤングだ、よろしくな。こっちはフェイで最初に御者をやるのがボンドだ」

「フェイさん、ボンドさん、よろしくお願いします」

「「おう」」


 軽い挨拶の後、彼らを乗せた馬車はすぐに走り出した。



◆◇◆◇



「今日は皆に悲しい知らせがある」


 港湾管理局の集会室に職員を集めたフリドニクス局長は、沈痛な面持ちで口を開いた。


「長く闘病生活を送っていたマイケル・オーハン君が……亡くなった……」


 目に涙を浮かべる局長の言葉に、一同は言葉を失ってしまう。四カ月にも及ぶ不在でマイケルの記憶が薄れていた職員たちも、亡くなったと聞いてはさすがに彼を思い出さずにはいられなかった。

 だが、一人の女性が場の雰囲気に水を差す。


「フリドニクス局長、マイケルさんの死因は何ですか?」

「君は?」

「財務担当のゾーイです」


「ゾーイ……確かマイケル君とは幼い頃からの知り合いだったね」

「はい」


「私も信じたくはないのだが、王都への街道で倒れていたそうだ。死因は呼吸不全とのことなので病気が原因だろうと聞いているよ」

「それは変です、局長!」


 ゾーイとは別の、若い男性が手を挙げた。


「変? 何が変なのかな?」


「昨日マイケルに会った時、彼は仕事に復帰出来るまでに回復したと言ってました。その彼が病気で死ぬなど……」

「それなら私も昨日、マイケルにここで会いました。元気そうな顔だったのを覚えてます」


 言ったのはロイとリュークである。二人ともその日は休みだったのだがロイは忘れ物を取りに来た時、リュークは倉庫が気になって見に来た時にマイケルと会ったそうだ。


「ふむ。すると君たちはマイケル君の死に不信を抱いているということだね?」

「「はい」」


「よかろう。彼の死を悼むのは私とて同じだ。それが無に帰することのないよう、最善を尽くそうではないか」


 そして港湾管理局局長のフリドニクスは職業紹介所に、マイケルの死についての調査の専門家の派遣を依頼すると約束する。だが、一週間経っても依頼を受ける者は現れなかった。

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