第七話 サットン伯爵家からの依頼
二人が出ていった日の翌日。
結局昨夜はソフィアもポーラも帰ってこなかった。お陰で優弥は一睡も出来ず、仕事に行く気も起こらない。
(鉱山管理局には仕事を休むと伝えよう。ついでに職業紹介所に寄ってポーラに文句の一つも言ってやる)
そう意気込んで紹介所に行くと、彼女は昨夜の内に休職願を出して休んでいるという。期間は未定とのことだった。
それからの三日間はとても落ち着いていられるような状況ではなかった。二人が出ていった夜、なんとかという貴族邸が夜盗に襲われ、使用人たちが皆殺しにされたという話を聞いたからだ。
ソフィアもポーラも一向に帰ってくる気配がない。もし二人が夜盗に攫われでもしたらと思うと、彼は気が気ではなかった。
そして四日目の朝、家の扉をノックする音に気づいた。
「ポーラ? ソフィアかな。よかった、とにかく入って……」
だが勢いよく開けた扉の前にいたのは、深く頭を下げた身なりのいい初老の紳士だった。
「初めまして、鉱山ロード様。職業紹介所からこちらにお住まいと聞いて参りました。私はサットン伯爵家の家令、キム・デイヴィスと申します」
「…………」
「鉱山ロードのユウヤ・ハセミ様とお見受け致しますが、人違いでしたかな?」
「待て。アンタ今、何家と言った?」
「サットン伯爵家と申しました」
「貴様!」
そう叫ぶと、彼はいきなり紳士の胸ぐらを掴んで捻り上げる。
「な、なにを!?」
「サットン伯爵家は夜盗に襲われて全員殺されたはずだ! その家の者を名乗るとは夜盗の一味だな! ソフィアとポーラをどうした!!」
「ご、誤解でございます」
「黙れ! 今すぐ二人のところに案内しろ!」
「ですからお気をお鎮め下さい。殺されたのは王都の邸の者たちで、お館様も私もあの夜は領地におりました」
それを聞いて彼はようやく冷静になった。目の前のデイヴィスはともかく、確かに伯爵自身は領地にいて無事だったと聞いた覚えがある。
胸ぐらから手を離されたキムは、崩れた襟元を慣れた手つきで直してから言う。
「ソフィア殿とポーラ殿……は確か職業紹介所の指導官だったと記憶しておりますが、お二人がどうかされたのですか?」
「ああ、実は……他人のアンタにはどうでもいいだろ。そんなことよりデイヴィス殿はこんな朝っぱらから何の用だ? 貴族家の遣いとしては
「ごもっとも。ですがいきなり人の胸ぐらを捻り上げた御仁が申されることではありますまい」
「帰れ!」
「いやいや、帰りませぬぞ。察するに、お二人の女性が帰らずにご心配されているとお見受け致しましたが?」
「その通りだ。だからアンタに構っている余裕などない!」
「左様でございますな。ですがこの老骨めの話は、貴方様がご懸念なさっておられる夜盗についてでございますよ。お聞きになりませんか?」
「夜盗についてだと?」
二人の消息を調べたくてもせいぜいあちこち探すか、職業紹介所に行ってポーラが出勤しているかどうか確認する程度しか出来なかった。
人を雇うにも、危ない仕事を引き受けてくれる傭兵は、夜盗対策で貴族たちが全て雇ってしまっており、空いている者がいないとのことだ。ならばこの家令の話は彼にとっても益があるかも知れない。
もし二人が攫われていたとしたら、何としてでも助け出さなければならないからだ。
(無事ならばいいが……)
「まずは改めて自己紹介を」
「いや、いい。それより話を始めてくれ」
リビングダイニングにキムを招き入れ、飲み水だけを差し出して席に着いた。ソフィアがいればちゃんとした茶を出してくれるところだが、いないものは仕方がない。
「その前に確認させて下さい」
「何をだ?」
「貴方様は本当に勇者エリヤ・スミス様と共に異世界から召喚された方なのか、ということです」
「さあな。答える義務はないはずだが、もしそうだったとして、その情報をどこから手に入れた?」
「サットン伯爵家の情報網、とだけお答え致しましょう」
「なるほど。で、俺が召喚者なら何なんだ?」
「率直に申し上げます。夜盗討伐に力を貸して頂きたい」
「あ? 俺は単なる鉱夫だぞ」
「いえいえ、それだけではありますまい。勇者様の世界の方なら、勇者様には及ばずともそれなりのお力をお持ちのはず。なればこその鉱山での功績と確信しております」
どうやらサットン伯爵家の情報網は、彼が無能と蔑まれて城を追い出されたことまでは調べがつかなかったようだ。
それはともかくとして、今や彼のステータスがエリヤのそれを大きく上回っているのも事実である。出立式の時に勇者のステータスを覗き見たが、レベルは50とはるかに彼より上だった。しかしHPやSTRなどのパラメータは2万6千ちょっとしかなかったのである。
もっともこれらの値は、一般人からしたら驚異的な数字であることには違いない。
「報酬は前金で金貨百枚。成功報酬で金貨四百枚をお支払い致します。私兵の精鋭十名も付けましょう。むろん夜盗の生死は問いません」
「ずい分気前がいいじゃないか。伯爵家が慈善事業でそんな金を出すとは思えないんだが?」
「これは慈善事業ではございません。夜盗の討伐は当家に課された王命なのです」
「王命?」
「はい。ご存じの通り当家の王都邸はヤツらに襲われ壊滅させられました。陛下はそれを貴族家の恥とし、汚名を
「いやいや、それはお宅よりも国が何とかすべき問題だろう」
「陛下は国軍や騎士団に、夜盗ごときの討伐で犠牲者が出ることを懸念しているのでございますよ」
勝手に召喚しておいて無能だからと平気で人を放り出す、あの国王の言いそうなことだと彼は思った。
「そういうことか。ならここはひとつ、歯噛みさせてやろうじゃないか」
「はい?」
「夜盗共の居場所は調べてくれるんだな?」
「すでに確認済みでございます」
「だったら仕事を引き受けてもいい」
「おお! 本当にございますか!?」
「ただし、それにはいくつか条件がある」
ニヤリと笑った彼の表情に、キムは初めて目の前の男に恐怖を覚えたのだった。
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