第六話 ソフィアの書き置き
何故ソフィアは左手の薬指で、自分は右手の中指なのか。ソフィアが入浴中、ポーラに責められた優弥だったが、経緯を話したらニヤニヤしながら許された。
もちろん指輪の値段にも差があることは言えるはずがない。もっとも、元々ポーラにも高価なプレゼントを
その後二人も風呂を済ませ、団らんの一時が始まる。ポーラが優弥とソフィアをからかい、二人がおかしな反応をして三人で笑い合うのが常だ。
色々なことがあって同居が始まったが、今ではこの時間が三人にとって最も愛おしい時間だった。だが知り合ってまだ一カ月余り。しっかりと絆が結ばれるには共に過ごした時間はあまりにも短すぎた。
だからこそ、こんな会話で簡単に糸が切れてしまったのだろう。
「ユウヤさん、本当にありがとうございます!」
「私からもお礼を言わせてもらうわね」
「弱い魔物でも二人にとっては脅威だろうからね」
「魔物がいるようなところにわざわざ行ったりしないと思うけど」
「初めてのお給金だったんですよね。何だか申し訳ないです」
「いいさ。ところでソフィアの足もだいぶよくなってきたみたいだけど、もうちょっとで働けるくらいになるんじゃないか?」
「あ! そうですよね。早く治して働けるようにがんばります!」
「そうだよな。ソフィアが出ていくと寂しくなるよな」
「え……?」
「だってほら、一人で生きていけるようになるまでの間だけって言ったからさ」
「ちょっとユウヤ!?」
「そ、そうでしたよね。足が治って働けるようになったら出ていかなきゃですよね……」
「あ、いや、別にそういう……」
「もう寝ますね。今日はいっぱい歩いて疲れちゃいました」
「あ、うん……」
顔を伏せたまま、彼女は自室に行ってしまった。それを見送ってから、ポーラが険しい表情で彼を睨む。
「ユウヤ、一体どういうつもり!?」
「え? 俺なんかした?」
「なんかした? じゃないわよ! あなたソフィアを追い出したいの!?」
「まさか! ただ彼女を引き取る時にそう言って説得したから……」
「はぁぁぁぁ……朴念仁じゃなくて唐変木だったのね! 少し頭を冷やすといいわ!」
「いや、だからどうして……?」
「分からないなら分かるまで口利いてあげない!」
言うとポーラは怒ったように自室に駆け込んでしまった。むろんポーラが言いたいことは分かった。しかし先ほどの発言は決してソフィアを追い出したかったわけではなく、本当に他意はなかったのだ。
ただ、確かに言い方は悪かったかも知れない。あれでは勘違いされても仕方がないだろう。まして彼女は何かと負い目を感じている様子も見受けられたのだから。
それに普段の彼女を見ていれば好意を向けられていることも感じていた。ただ、それが恋愛感情と考えるには、あまりにも自惚れが過ぎると思っていたのも事実だ。
(明日の朝にでも誤解を解かなきゃな)
そんな思いで肩を落として自室に去る彼の姿を、扉の隙間から目に涙を浮かべて見送るソフィアの姿があった。
翌朝――
「ちょっとユウヤ! いくら何でもソフィアを部屋に呼んで……ないの?」
「何だよ、いきなり……」
ポーラが扉を蹴破る勢いで、彼の部屋に飛び込んできた。
「ね、ソフィアどこに行ったか知ってる?」
「台所じゃないのか? 朝飯でも作ってるんだろ?」
「いないから聞いてるの!」
「いや、知らないけど。食材が足りなくて買い物に行ったとか?」
「それならいいんだけど……」
そう言って一度優弥の部屋から出たポーラは、すぐに血相を変えて戻ってきた。
「ユウヤ!」
「今度はなんだよ?」
「これ、彼女の部屋に置いてあったの……」
ポーラが手にしていたのは翡翠色の魔石が飾られた指輪、昨夜ソフィアにプレゼントした物だった。
「あと書き置きも」
「なんて?」
『ユウヤさん、ポーラさん、今までありがとうございました。お二人と過ごした時間は夢のようでした。このまま夢を見続けることが出来たらどんなによかったことでしょう。でもそれはきっと私のわがままですね。
やはりこの指輪は頂くわけにはいきません。せっかく私のために買って頂いたのにごめんなさい。宿代も今はお返し出来ませんが、いつか必ず働いてお返し致します。
ポーラさん、私のこと、妹みたいに可愛がって下さってありがとうございました。私もお姉さんが出来たようで嬉しくて楽しかったです。
そしてユウヤさん、路頭に迷うところだった私を引き取って下さり、これまでありがとうございました。こんな形で去ることは恩を仇で返すようなものだとは分かってます。
でも……でも私は……
本当にごめんなさい……
ユウヤさん、鉱夫のお仕事、これからもがんばって下さいね。私はもう行ってらっしゃいもお帰りなさいも言うことが出来ませんが、いつも心の中で時間になったらお見送りとお出迎えをしますね。
さようなら。ありがとう……
さようなら』
「待て! 待て待て待て! なんだそれは!?」
「だから書き置きよ! ソフィアの」
「そんなことは分かってる! だが意味が分からん!」
「これを読んでも意味が分からないんだ。この唐変木!!」
「と、唐変木……」
「もういい! 私ソフィアを探す! でも見つけてもここには連れて帰らないから!」
「は?」
「バカ! ドラゴンに食われちゃえ!」
もちろん意味は分かっていた。ただ、それを伝える前にポーラが飛び出していってしまったのだ。
優弥は思った。昨日、少なくとも寝る前の入浴後までは三人で笑っていた。それが突然、何の前触れもなしに崩れ去っていたのである。
原因は明白。彼のソフィアに対する言動だ。そのせいでソフィアが落ち込み、ここを出ていってしまった。
こうしてはいられない。とにかくソフィアとポーラを連れ戻さなければならない。
それからの三日間、方々探し回ってはみたものの二人とも見つからず、誰に聞いても行方は分からなかった。しかし四日目の朝、扉をノックする音に気づいてホッと胸を撫で下ろす。
「ポーラ? ソフィアかな。よかった、とにかく入って……」
だがそこに立っていたのは、見知らぬ初老の男性だった。
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