第三話 魔石の指輪

「ユウヤ、口座持ってるの!?」

「ん? ああ、こないだ作った」

「入金だけでいい? 引き出しは?」

「いい。貯めといてくれ」


 初の給金手形を持って職業紹介所を訪れた優弥は、どうせならとポーラの窓口で換金することにした。手元にはまだ王国からもらった金貨があるので、引き出さずとも口座への入金処理だけしてもらえれば事足りる。


 彼女の表情から察するに、口座開設に必要な最低限の金貨百枚をどうしたのかと問いたげだったが、もちろんそれに答える義務はない。家族であったとしても、だ。


「ね、ユウヤ、私欲しい物が……」

「自分で買え、と言いたいところだが家族のよしみだ。欲望を満たすだけの物でないか、ソフィアに関する物なら相談には乗ろう」


「えっと、お洒落な指輪が……そ、ソフィアとお揃いで……」

「却下!」


 彼はポーラの額を指で弾くと、記録が済んだプレートを受け取る。彼女も本気で強請ねだっているわけではないことくらい百も承知だ。


(ソフィアにアクセサリーの一つくらいプレゼントするか。女の子だしな。ポーラに相談すると結局彼女の分も買わなければならないが……)


 自分からのプレゼントでは気晴らしにもならないだろうが、ソフィアは現在、何の見返りも要求せずに家事を頑張ってくれている。左足のリハビリだと笑っていたが、彼もポーラも助かっているのは間違いない。


 性格的にアクセサリーを喜ぶかどうかは分からない。しかし少なくとも謝意は示したいと思った。家事は労働。対価を受け取る必然があるということである。


「この世界って魔石みたいな物なんてあるのか?」


「あるわよ。一般人が買えるのは火起こしだったり真水を出したりする物ね。ちょっと高いけど湯沸かしの魔石なんてのもあったわ」

「湯沸かし?」


「私たちの家のお風呂は薪で沸かせるけど、お風呂がない家の方が多いからタライに水を張って放り込むの」

「ああ、なるほど」


「夏場は水だけでもいいんだけど、寒くなるとそれじゃ辛いじゃない」

「うん、納得。だけど俺が聞きたいのは身を護るような魔石ってあるのかなってこと」


「うーん、私が知ってるのは魔物除けかしらね」

「指輪とかネックレスとか?」

「なになに、買ってくれるの?」

「食いつくなぁ。高いのか?」


「指輪タイプで金貨一枚くらいだったはずよ。だけど強い魔物には効果がないの」

「ドラゴンとか?」


「ドラゴンなんてそうそう出くわすわけないじゃない。例えばゼブラレオとかサーベルウルフとかタテガミスネークとかかしら。さすがに王都に出たら大騒ぎでしょうけど」


 ゼブラレオは体が縞模様の毛に覆われたライオンのような魔物。サーベルウルフは剣のような牙を持つ狼。タテガミスネークは頭の後ろにタテガミがある、体長五メートルになる蛇だそうだ。コイツらには効かないらしい。


 しかしそれよりも――

「ドラゴン、いるんだ……」

「ユウヤのいた世界にはいないの?」


「架空の魔物だね。知能が高くて人の言葉を話せるのとかもいたりするよ」


「ドラゴンが? 確かに狡猾だから知能が高いってのはあるかもだけど、言葉を話したりはしないわ。出くわしたら終わりね」

「デカいのか?」


「私が聞いた限りだと立ち上がった高さが二十メートルくらいだったんだって」

「討伐はされた?」


「ううん。村一つ食い荒らして逃げられたそうよ」

「人を食うんだ」

「隣国の話だけどね」

「もしかしてアスレア帝国?」


「そう。勇者様に討伐されるといいんだけど」


「話が逸れたな。夜盗対策になりそうな魔石はないのか?」

「ないわね。あれば高くてもみんな買うでしょうし」

「それもそうか」


「で、魔物除けの指輪は買ってくれるの?」

「この際だ。いいよ」

「ホントに!? 左手の薬指のサイズは……」

「右手の中指にしてくれ」


 結婚指輪の習慣があるのには驚かされたが、聞けば過去に召喚された勇者が王女を娶る際に交換してから習慣になったそうだ。もっとも百年以上前のことなので、勇者も王女もすでに亡くなっているという。


「その魔石の指輪ってどこに売ってるんだ?」

「ソフィアが知ってると思うわよ。あの子がよく利用してる商店街にお店があるから」


「そっか。ならついでに晩飯にでも誘ってみるよ」

「いいんじゃない? 喜ぶだろうし」

「外食なんてしないだろうからな」


「喜ぶってそういう意味じゃないんだけど……」

「ん? なんか言ったか?」


 ポーラの声が小さ過ぎて彼には聞き取れなかった。


「なんでもないわ。それより早く行ってあげなさいよ」


「ポーラも一緒にどうだ? ソフィアを連れて戻ってくるけど」

「今日は紹介所の女の子たちと約束しちゃったの」


「おい、俺が寄らなかったらソフィアが余分に料理作るところだったじゃないか」

「お給金の日だから来るって思ってたもの」


「それだって……ま、いっか。あまり遅くならないうちに帰れよ。何なら辻馬車使え。金は出してやるから」

 辻馬車とは、日本のタクシーのようなものである。


「そうする。ありがとう」

「じゃあな」

「あ、待って」


 立ち去ろうとする彼を、ポーラは何か思い出したように呼び止める。


「ソフィアには最初から指輪のことを言ってはダメよ」

「なんでだ?」


「はぁぁぁ……言ったらあの子、断るに決まってるじゃない!」

「そっか、確かに慎ましやかだもんな。誰かさんと違って」

「マリーかしら、ローズかしら?」


 二人とも職業紹介所の職員だそうだ。


「とにかくそういうこと。分かった?」

「ああ、ありがとう。恩に着る」


 そう言って紹介所を出ていく彼の背中を見送りながら、彼女は苦笑いを浮かべるのだった。

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