第十三話 トーマスの死

 ポーラの引っ越しに無限クローゼットの利用を一応は考えた。しかしその程度のことでスキルを明かすのは得策ではないので、自力で作業してもらうことにしたのである。


 彼女は毎日仕事が終わってから荷造りし、引っ越しの日を週末と決めたようだ。タイミング的にもちょうどいい。


 ソフィアのひとまずの着替えはポーラに買ってきてもらい、すでに本人に渡してある。あと必要なのは家財道具などで、優弥ゆうやがこれから揃えるところだ。すでに鍵は預かっており、購入して運びこむだけである。


 そうこうしているうちに三人が新居に移る日が翌日に迫ったので、彼は職業紹介所を訪ねてポーラの進捗を聞くことにした。


「あ、ユウヤ様」

「ポーラさん。荷造りは順調?」

「はい、お陰さまで」


「俺は何もしちゃいないけど」

「うふふ。社交辞令ですよ」

「社交辞令かい」


「そうそう、鉱山管理局の方がユウヤ様にお話ししたいことがあるとのことで、立ち寄ってほしいそうです」

「管理局が? まさかグルール鉱山が不採用になったんじゃないだろうな」


 もしそんなことになれば一大事である。実は鉱山での収入を見越して、家財道具やら生活必需品やらにかなりの金を使ったからだ。


 特に体が資本の仕事をするのだからと、ベッドは寝心地抜群の高級品を買ってしまった。衣類にしてもちょっとお洒落な、どこに着ていくんだという物まで新調していたのである。


 他にもソフィアが着たら絶対に似合うという可愛らしい衣装もいくつか購入済みだ。女の子の服ってどうしてこんなに高いのかと舌を巻いたが、下着ではないのでなんとか手に取ることが出来た。


 そんなわけで溶けた金貨はなんと八枚。宿代その他で使った分と前家賃として支払った分で、手元に残ったのは王国からもらった二十枚のうち半分の十枚しかない。つまり召喚されてわずか十日で、日本円にしておよそ百万円を使ったということだ。


 仕事が得られなければ詰め将棋の玉将になってしまう。


「多分違うと思いますよ。そんな雰囲気ではありませんでしたから」

「そ、そう? ならよかったけど」

「管理局は入り口を出て左に五軒目の建物です」

「ありがとう、行ってみるよ」


 建物は迷うことなく見つけることが出来た。まあ、五軒隣なのだから迷う方がどうかしていると言えるだろう。そこではラモスという担当者が待っていた。


「あなたがハセミユウヤ・ニホンジン・サイコーハッピー様ですね? どうぞ、お掛け下さい。それにしても長い名前だ。覚えるのに苦労しそうです」

(そのネタ、まだやるのかよ)


 加えてラモスは彼を貴族と勘違いしていたようで、爵位が分からない以上フルネームで呼ばないと失礼に当たるとまで言うから始末に負えない。


「待て、違う」

「え、違うのですか!?」

「もしかして用件は王国絡みか?」

「あ、はい」


「やっぱり……俺の名は長谷見はせみ優弥。優弥が名前で長谷見が家名だけど、別に貴族ってわけじゃない」

「そ、そうなのですか?」


「ああ。だから長谷見でも優弥でも、好きに呼んでくれればいいよ」

「で、ではハセミ様と呼ばせて頂きます」

(ハッピー様じゃなくてよかった)


 ラモスが一度咳払いをしてから用件に入る。


「まず、先日のトマム鉱山の件はありがとうございました。鉱夫たちの遺体を見つけて下さったことに加え、坑道を潰さずに済んだこと、管理局員一同に成り代わりましてお礼を申し上げます」


 彼曰く、通常崩落事故が発生した坑道は閉鎖され、二度と掘り進めることはないとのことだった。崩落した岩石を取り除くのは困難を極めるし、さらに二次災害を引き起こす危険性があるからだそうだ。


 しかしあの事故では、優弥が一夜にしてそれら岩石を全て片付けてしまった。お陰で亡くなった鉱夫たちの遺族に遺髪を渡すことも出来た。そのような報告がローガンたちから上がったそうだ。


 手法については魔法とだけ伝えられたが、どんな魔法かは彼から教えてもらえなかったとしたらしい。


 もっとも実際は魔法などではなく、勇者エリヤでさえ凌ぐであろう化け物のようなパラメータとスキルがあってのことだ。だから大っぴらにするわけにはいかないし、自ら吹聴して回るほどバカでもない。そんなことをすれば彼を懐柔しようとしたり、危険視する者も現れるだろうからである。


 それに、あまつさえ自分を無能呼ばわりして放り出した王国にこき使われるのもまっぴら御免だった。そのためあの場で彼の力を目の当たりにしたローガンたちには明かしたが、固く口止めもしておいたのである。


(なるほど、彼らはきっちりと約束を守ってくれたようだな)


「出来ればどのような魔法か教えて頂きたいのですが」

「教えないと何か不利益を被ったりするのか?」


「いえ、魔法はたとえ国王陛下が相手でも、秘匿したからと言って罰せられることはありません」

「そうか。なら断る」

「分かりました。失礼をお許し下さい」

「いや、構わない。用件はそれだけか?」


「あ、申し訳ございません。今のは単なる私の好奇心でして、本題はこちらです」


 そう言うとラモスは少し大きめの革袋をテーブルに置いた。


「これは?」

「金貨百枚です」

「金貨百枚? それをどうしろと?」


「いえ、これはハセミ様への報奨金です。どうぞ、お納め下さい」

「は?」


「この度の功績に対するモノです」

「王国から?」

「はい」


 あの国王が自分にこんな大金を出すのは考えにくかったが、よくよく聞いてみると報奨金は元々定められていた制度であり、これは規程に基づいた支給とのこと。それなら国王たちは決済に深く絡んでいないのかも知れない。


「にしても金貨百枚って……」


「トマム鉱山は埋蔵量が計り知れない金鉱山なんです。ですから坑道一つが途轍もない利益を生みます。それを閉鎖せずに済んだのですから、妥当な額と言えるでしょう」

「そうなんだ……」


 だがそんな金を出せるなら、手形を持ち逃げされて給金が受け取れない鉱夫たちへの補償に回すべきなのではないだろうか。何ならこれを彼らに分けてもいいとさえ言ったのだが――


「申し訳ございません。王国からハセミ様への支給となりますので、鉱夫たちの補償に充てることは出来ないのです」

「俺が望んでも?」


「はい。実はトーマスの死体が発見されました」


 彼の問いに、ラモスは一見脈絡のない返事を返してきたのだった。

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