第十二話 ポーラの同居
「ユウヤ様!」
職業紹介所に入ってカウンターに足を向けると、
「昨夜は大変でしたね」
「そうだねー」
どうやらローガンたちは詳しく報告はしていないようだ。していたらこんな風に普通に迎えてはもらえなかっただろう。彼らにはスキルのことを話したが、固く口止めしたのを守ってくれたらしい。
おそらくポーラが大変と言っているのは、鉱夫たちの手形が持ち逃げされた件についてに違いない。
「ところでご用件は?」
「ああ、グルール鉱山で採用されたみたいだけど、細かい条件とかを聞いてなかったから」
「あっ! すみません! 崩落事故のせいですっかり忘れてました!」
待遇は日当で小金貨二枚、週ごとに手形で支払われる。勝手に月給制だと思っていたが、大雨で出勤出来なかったり怪我や病気、中には怠けて休む者もいるので日当制になっているそうだ。
「月に二十日以上働いた場合は、小金貨一枚が特別給として支払われます」
「皆勤賞的なやつか」
「カイキン……なんです?」
「ああ、いや、なんでもない」
「仕事は日の出から日没までですが、日没後も働いた場合は、四時間ごとに小金貨一枚が上乗せされます。帰りの送迎馬車には乗れなくなりますね」
当然日没までの時間は季節によって異なるが、細かく変えると混乱を招くので、大きく夏と冬に分けられている。切り替わりは四月と十月だ。今は九月の頭なので、あと一カ月で冬時間となる。
夏は朝六時から夕方六時までの十二時間で、休憩は十二時から十四時までの二時間。他に八時からの三十分と十六時からの三十分が休憩時間として取られている。
冬は朝七時から夕方四時までの九時間が拘束時間で、休憩は昼の十二時から十三時までの一時間のみだ。
一見すると同じ日当なら冬の方が拘束時間が短くて楽なように思えるが、実働では一時間しか変わらないのであまり差はない。
「それが本当なら、かなりのホワイトだね」
「ほわい……と、とは?」
「ああ、鉱夫ってもっとキツいのかと思ってたんだよ」
「奴隷でなければ比較的労働条件はいいと思いますよ」
「ちなみに奴隷の場合だとどうなるの?」
「拘束十六時間で休憩はお昼と夕方の二回、三十分ずつだと聞いてます」
「マジか!?」
「それでも借金奴隷は日当が銀貨三枚出ますからマシな方ですね」
犯罪奴隷は刑期満了まで食事のみしか与えられない。また、解放されても犯罪者ということで、よほどの優れた技能でもない限り雇用しようという物好きはいないのである。結局彼らは鉱夫として働き続けるしかないのだ。
ただ多くの場合、刑期満了の前に事故や過労で命を落とす。犯罪を犯したのだから自業自得と言えばそれまでだが、彼らにとって鉱山は地獄の入り口そのものだったのである。
優弥はトーマスのような非道な輩こそ、死ぬまで鉱山で働かせればいいと心から思うのだった。
「いつから働けそうですか?」
「色々とやらなければいけないことがあるから八日後の月曜日からでも平気?」
「分かりました。鉱山管理局にはそのように伝えておきますね」
八日あれば必要な物を買い揃えたりする時間も取れる。ベッドはシモンの娘が置いていったのをソフィアに使わせて、自分用に一台買えばいい。あとは生活必需品と衣類などだ。
(衣類……女の子用の服や下着も必要だよな。どうしよう)
結婚歴があるとは言っても、妻の
そう考えると、改めて妻のありがたみが身に染みる。
本当はソフィア本人を連れて買い物に出られれば問題はないのだが、足を骨折している以上無理はさせられない。
「はぁ……」
「ど、どうされたんですか? 大きな溜め息なんかついて」
「ああ、実はね……」
彼は家を借りてソフィアと一緒に住むことと、衣類購入に関する悩みを何も考えずにポーラに打ち明けた。
ところが、話を聞いたポーラが怪訝な表情を浮かべる。
「あの、ソフィアさんというのは?」
「先日の崩落事故でご両親を亡くしてね。本人も足の骨を折ってしまってまともに動けないから、ひとまず一人で暮らせるようになるまで引き取ったんだよ」
「若い方なんですか?」
「十五歳って言ってた」
「じゅ……まさかユウヤ様、引き取るなどと言っていかがわしいことを……?」
「ないない。こう見えて俺はもう二十七だよ。一回りも下の女の子にそんな気は起こさないさ」
この言葉には何の根拠もない。事実ソフィアには少なからず劣情を抱いたこともあるし、足の怪我がなければル○ンダイブを決めていた可能性も否定出来ないのだ。
もっとも実際はどうかというと、傷心の彼女をさらに苦しめるようなことはしないだろう。それにそんなことをすれば、死んだ妻と娘に顔向け出来なくなる。
「ユウヤ様!」
「な、なに!?」
突然のポーラの奇襲、いや、怒声が彼を襲った。
「実は私、今の住まいが今月いっぱいで契約更新なんです」
「はあ……」
「更新しなければ私は住まいを追い出されます」
「まだしてないの?」
「今思い出しました」
「ポーラさんはドジっ子さん、と」
「ドジ……」
「で、それがとうしたのかな?」
「聞けば住む予定の二人に対してお部屋は三つ!」
「う、うん。間違っちゃいない、ね」
「なら私を住ませて頂けませんか!? もちろん、光熱費と家賃はちゃんと三分の一をお支払い致します!」
「はい? 何を言ってるのかな?」
「はっきり申し上げます。婚約や結婚はおろか付き合っているわけでもない若い男女が、二人きりで一つ屋根の下に住むのは不健全です!」
「えっと……意味がよく分からないんだけど……」
「だーかーらー、私がお目付役として一緒に住むって言ってるんです!」
(ポーラさん、それは間違っている。君は俺の好みのタイプだから、むしろ自分から猛獣の檻の中に飛び込もうとしてるよ)
とは口が裂けても言えないが、冷静に考えればこの同居の申し出はかなりありがたかった。ソフィアは何かと不自由しているようだが、彼が仕事に行っている間は一人で何でもしなければならない。
そこにポーラだ。彼女は仕事があるとは言え、職場からは徒歩で五分ほどの距離にいる。昼休みに様子を見に帰ることも出来るだろう。
「分かった。ソフィアさんの面倒を見てくれるという条件を飲むなら同居を認めるよ」
「え? いいんですか?」
「ダメって言ったら?」
「通報します!」
「あはは、それは勘弁だ。一応シモンさん……大家さんの了承は必要だから、そこは納得してね」
「分かりました。通報されないためにも必ず勝ち取って下さい!」
「う、うん……」
この後シモンにポーラの同居を話したところ、しこたま大笑いされて了承を得られたのだった。
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