第10話 他世界線の平行自己とマンデラーたち

 患者の民族大移動の余波は4月から本格的に開始され、5月、6月に山場を迎えた。

 マンデラエフェクトは、女自身には降りかかってはいなかったが、SNSを開くと目に飛び込んで来る衝撃的な情報に、翻弄されていた。

 (どうして皆さん……こんなに冷静でいられるんだろう?)

 女の元には、マンデラエフェクトの情報の他に、異なるジャンルの情報ものが舞い込んで来ていた。

 スピリチュアル、銀河系宇宙、生まれ変わりを含む過去生である宇宙、陰謀論、ハイヤーセルフや多次元宇宙、例を挙げるときりが無い。また、1人1ジャンルではなくて、皆幾つかを含めて、重なり合っていた。

 女はどのジャンルにも馴染めなかった。全てが遠い世界の話であった。

 

 そんな様々な話題がSNSを賑わせていた4月下旬に、近隣で再び大規模な山火事が発生した。

 1年で近県や近隣での数日間に渡る消火活動を3度も目の当たりにして、女を含め住人達は、この様な年など今までなかった、と眉をひそめて不安になった。

 3度目の山火事では、風にあおられて8ヶ所へ飛び火して、女の遠縁の空き家が全焼した、と後に情報が入った。不幸中の幸いか、既に転居した後で無人であった。が、その家の近所の親戚宅も全焼し、そちらは残念な事に死者か出たという。


 6月に入ると、今度は女の父方の叔父が亡くなった。

 クリニックにも相次いで訃報が届く。

 女の日常には暗い話題しか集まって来なかった。 



 少し時を戻して5月の連休頃のこと。

 SNSではこれまでにやり取りしていなかった、新しい情報発信者が数名女の相互フォロワーとして現れた。

 その中の1名は、後に女にとって『パラレルワールド・平行世界』を逆説的に証明し、納得しうる存在となる。

 それまでに女とやり取りをしていた他の1名もその役割を果たす事になる。

 それは過日に女がふと思い出す様に「生涯で1度も書いた経験の無い『』」についての呟きがきっかけであった。

 5月頃より絡み始めた=やり取りをし始めた者をA氏、かねてより絡んで=やり取りをしていた者をB氏 と仮称する。

 不思議な事に、A氏は女がマンデラエフェクトを体験した初期から女を知っていて、絡んでいたと後々発言した。

 女にはその記憶が全く無かった。5月頃からの初対面であるはずだが……過去のタイムラインで、女のフォロワー同士のやり取りとして記事を読んでいたかもしれない。

 しかし、相互フォロワーになって直接やり取りを始めたのは、春先の事である。

 事の発端は、6月下旬に突然A氏の爆弾発言から始まった。

 「突然だけど、A、シフトしたらしい。今までのAではないかもしれないから、そこを宜しく。生暖かく見守ってください」

 女は前年10月のマンデラエフェクト後からその時まで、「シフトしたてのホヤホヤなフォロワー」の生々しい文章に出会った事が無かった。

 (えっ?Aさん、何を言ってるの?Aさんだよね?なのに、昨日までの自分と違うって?どういう意味?なんで違うって分かるの?シフト、って?世界線を越えた、って事……だよね?多分?)

 A氏の申告により、女は動揺したが、周囲では普段から慣れているのか、あまり驚きもせずに受け入れられている。

 (なんで皆さん、普通に受け入れてるの?皆さんもそんな経験をしている、って事なの?人が違うんだよね?話が噛み合わないかもしれない?って?アイコンが違う?えっ?意味が分からない!)

 女は他のフォロワー同士のやり取りを眺めながら、後から後から湧き出る泉の様な疑問をA氏にぶつけた。

 「Aさん、聞いてもいいですか?心臓はどこ?胸骨はどうなってる?東京タワーの色は?」

 A氏は、プロフィールに書いてある通りの回答と、「大丈夫。そこは同じ」と付け加えた。

 (そこは……同じ?)

 「ちょっと前まで、都道府県番号の事を話題にしていたのを覚えてる?」

 「覚えてるよ。ちょっと確認してくる」

 ……A氏は以前の世界線の都道府県番号と変わらないと応えた。

 それから直ぐに、お互いの情報確認……主に女側の情報の確認作業に入った。

 その時である。A氏が妙な質問をしたのだった。


 「ところで、就職活動はどうなった?」

 と。

 女は何を言っているのか最初は分からなかった。

 「えっ?就職活動なんてしてないですよ?」

 A氏は女こそ何を言っているのかと言わんばかりの返しをよこす。

 「どうして?履歴書を書いてたでしょう!この歳になって履歴書を1枚も書いた事が無いから不安だって言ってた!私は、医療事務ならば職場は直ぐ見つかるから大丈夫と慰めたよ?」

 「えっ?履歴書の話は、確かに呟いたけど……この歳になって書いた経験が無いから、社会人として情けないかなぁ?アリか?という意味であって……え?えっ?何?再就職?誰が?」

 「女氏が。勤務先のクリニックが閉院するから、書いた事の無い履歴書を書かなくちゃ、って悲壮感漂ってたから、心配していた。最近あまり見かけないな、と思ったら、浮上していたから、てっきり再就職出来たのかな?と思ったんたけど、違う?」


 「えっ?それ、誰の事?」


 「だから、女氏が」


 「ちょ、ちょっと待って!近隣の医院が4月から休診しているけど、ウチは診療やってるよ?民族大移動みたいに新患ラッシュでてんてこ舞いしている最中で……そもそも、履歴書なんて書いてないよ!まだ!」

 「!マジか!」

 「うん、マジ!」

 それまでは、敬語を使用してやり取りをしていたが、少しずつ砕けた文章表現になって行った。

 A氏は、異なる世界線の女を知っていて、マンデラエフェクトに遭遇した時期が女と殆ど同期であった。

 確かに履歴書を書いて再就職に臨んでいた、と言い、女を心配していたのであった。

 このA氏の出現により、異なる世界線にも異なる女が存在していたのだ、と証明を受けた事になるだろう。


 


 後日、以前から絡んでいたB氏からも同様な発言を受ける事になるが、こちらはまた別次元の問題が発生していた。

 女にとってなりを潜めていたと思われたマンデラエフェクトは、別な方向から突如姿を現した。

女が以前に相互フォロワーになったB氏は男性であった。

 そんなに頻繁にやり取りをしていなくとも、タイムライン上に上がってくる記事やリプを目にして、B氏の存在を再確認し、状況を把握したり情報を見て女は楽しんでいた。


 ある日、B氏は「クォンタム・ジャンプ」なるものについて呟いていた。              

 方法と言うべきか。導入や離脱に関する情報も記していたが、女は自らが影響を受けやすいのでは、と弱気になっていたので、結局は試さずにいた。

 (えええ……そんな事やったら、また色々な場所へ跳ばされちゃうよ?戻れなかったら、どうするんだろう?あ、別の場所へ行きたいのかな。どちらにしても私には危険だと思うから、やらないでおこう。Bさん、凄いな。勇気あるなあ) 

 その前後であったであろうか。女が「この歳、53歳にして、1度も履歴書を書いた経験が無い。社会人として情けない。こんな事は、有り、だろうか?」といった主旨の呟きをSNSに挙げた。

 すると、B氏は、自分は様々な職種のアルバイトや職業を経験して来たが、いずれも短期なケースが多いとの事。女が34年間、ずっと1つの職種で同じ職場で労働している事に意味が有り、信頼度も増すのではないか、と意見を寄せた。

 そこで女は、様々な職種を経験しているB氏を素晴らしい、人生経験が豊富で、人間的に幅が広がり、知識面でも情報量が段違いではないか、と返した。

 このを踏まえて、この度の出来事を記そう。

 このやり取りからしばらくは、お互いに姿を見ない様だと思っていたかもしれない。

 この「そういえば、最近見ない」がある種のサインなのであろうか。

 久しぶりにお互いが再び触れ合う時、記憶に何らかの齟齬が生じるケースが多発すると推測される。

 しばらく見かけなかったB氏のユーザーネームが……名前が僅かに変わり、性別までもが変わっていた。女性になっていた。

 名前は漢字に点が有る無しの微妙な違いである。あまり気にはならなかった。が、性別になってくると話が違う。些か違和感が生じる。

 確かにB氏は、男性であった。

 容姿も本名も不明なSNSに於いて何を言うか、と思われるだろう。

 単に性別や名前の記載を変えただけならば、それはそれで構わない。

 B氏はその他に、A氏が発言していた同内容の「クリニックが閉院するので履歴書を書いた」女を知っていたのだ。

 しかも、最初から女性だったと言う。男性ではなかったと。

 その上、女が近所の人に頼まれて、たった1度だけ行った家庭教師のアルバイトまでを知っていた。

 但し、こちらにも幾つかの相違点が存在する。


 男性B氏に伝えた事

 高3時代に近所の中3男子


 女性B氏の記憶

 女の大学時代に近所の女の子


 これを知った女は、A氏に次ぐ新たな証言者が現れたと悟った。女は大学には行っていなかった。

 女はB氏の名前が微妙に異なること、性別が違うこと、履歴書はまだ書いた経験が無いことをB氏に伝えた。

 するとB氏は、更に驚く発言をした。

 「女氏がマンデラした初期に、パニック状態になり、マンデラーの中で一番最初に自分を選んで相談の為にDMを寄越して、それを受けたが、そのやり取りが全て消えている」と。

 女には、身に覚えが全く無かった。

 しかし、相談を持ちかけた事には頷ける。

 確かに、B氏は懐の深い落ち着きのある人物だった。女より年下ではあるが、どう考えても女の方が未熟で、年下の様であった。

 女には、他の年下のマンデラー達が全て頼もしく見えた。実際には会った事のない彼らを、とてもしっかりしていて:冷静沈着で、聡明だと感じていた。

 女がマンデラーとなった初日に行った事と言えば、先輩マンデラー達に食い下がり、SNS内に存在していた僅かなリア友と、見知らぬフォロワー達に女の現況を知らせるべく、騒ぎまくった事であったのだ。

 とても静観などはしていられなかった。女は自分の状況を内外に知らせ、何とかして情報を得て、自らの進退の突破口を他力で開いて貰おうと無我夢中であった。

 しかし、女が取ったその初期の行為は次々起こる不幸な出来事と共に自らの首を軽く絞める結果となった。


 女はSNSに存在する先輩マンデラー達の助けにより、何とかリアル世界の生活を維持する事が可能であったと言っても過言ではない。

 マンデラエフェクトに遭遇してから、次第に女の初期の頃を知り得ている先輩マンデラー達がA氏、B氏の他に出現するのはもう少し後の事である。

 その詳細は諸事情により省かせて頂く。



 



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