第24話 フェンリルたちの事情、アルガードの事情

 向かった先は、街の外にあるだだっ広い雪原だ。



 視界の先では薄曇りの空と雪原が重なり、白一色の世界が広がっている。



 そんな白い世界だが、アルガードによると、いつも二人で歩く散歩コースらしい。



 小さい時からずっと二人で歩いてる場所で、スノーリアのお気に入りの場所だそうだ。



「スノーリア! 出て来てくれ! 私に顔を見せてくれ! 頼む!」



 雪原に向け、アルガードが声の限り尽くした大声で呼びかける。

 


 真っ白な世界で動く者の姿は見られなかった。



「スノーリア、俺を凍らせた件はすでに問題なく片付いた。怒られないから出て来てくれ!」



「スノーリアちゃん!」



「スノーリアー、柊斗は怒ってないわよー!」



 俺たちも一緒に雪原に向け呼びかけたが、反応を返す者はなにもなかった。



「ここにはいないようだ。別に行きそうな場所はありますか?」



「散歩の場所にいないってなると……開祖様の霊廟くらいしか思い当たる場所がありません」 



 俺たちは急いで魔導車に乗り込むと、ドンバス家の開祖が祀られている霊廟のあるバヤン山を目指しせつげんを走り出す。



 バヤン山はスノーランドの街にほど近い山だが、険しい場所も多く、雪の路面を魔導車が途中から走れなくなり、歩いて向かっている。



 標高が高くなるにつれ、周囲の気温が下がり、分厚い外套を着ていても寒さが身に染みるようになってきた。



「もう少しで到着します」



「ああ、分かった」



「さむーい」



「レイニー、置いて行かれたら遭難するわよ」



 吹雪で視界も悪くなってきたし、シェイニーが言うように遭難するかもしれないな。



「あれです! あそこが開祖様の霊廟です!」



 白い視界の先に、わずかに松明の明かりがチラリと見えた。



「急ごう」



 開祖の霊廟は、山腹の岩壁をくり抜いて作られた祠で、人が十数人は入れそうな祠の中には氷狼フェンリルを従えた男性の彫像が立っている。



 どことなくアルガードの顔に似てるな。



 さすがご先祖様ってことか。



 彫像を見ていた俺の耳に、何かが動く音が聞こえた。



「誰だ!?」



 彫像の裏の暗闇から、松明の明かりの届くところにのそりとスノーリアが姿を現す。



「スノーリア!」



 スノーリアの姿を見つけた瞬間、アルガードが駆け出し抱き締める。



 抱き締められたスノーリアの口から、俺が作った補聴器が転がり落ちた。



 すかさず補聴器を拾い上げると、破損がないかを調べる。



 ふぅ、壊れてる箇所はなさそうだ。



 スノーリアはやっぱ、これを壊す気はもともとなかったんだろうな。



「どうしてこんなことをしたんだい。私になにか落ち度があったのか? なにか落ち度があるなら言ってくれ。スノーリア」



 アルガードに抱き締められているスノーリアが遠吠えをした。



 霊廟の入口に別の気配が満ちる。



 振り返ると、スノーブリアと群れの氷狼フェンリルが入り口を塞いでいた。



 霊廟の空気が急速に冷たくなり、吐く息が白く染まる。



「スノーブリアたちまで……。氷属性の力が弱い魔物使いの私が、ドンバス家の当主になるのがそれほどまでに嫌なのか?」



 アルガードは自分が氷狼フェンリルを使役するのに実力が足らない人物ではないかと気に病んでいるようだ。



 たぶん、スノーリアやスノーブリアの行動を見てると、そんな理由じゃなさそうなんだけどなぁ。



 実力の低い使役者を嫌ってなら、すでにこの街を去っているだろうし。



 スノーブリアが遠吠えをして冷気が強くなった時、補聴器から声が漏れ出した。



『そうではないのだ。そうではない。わしらもアルガード様が当主に就くことを望んでおる』



 常時発動型の補聴器によって増幅された氷属性のおかげで、かすかにだが俺たちまで氷狼フェンリルたちの声が聞こえる。



「なら、どうしてこのようなことを?」



『柊斗殿の魔導具で我らの声が聞こえるようになってしまったな。ならば、黙っていても仕方あるまい』



 スノーブリアが鳴くと、アルガードに抱き締められていたスノーリアがその場を離れ、群れに加わる。



「スノーリア……どうしてなんだ……」



 自らのもとを離れた相方にアルガードはショックを受けた様子を見せた。



『わが娘、スノーリアは人族たるアルガード・ドンバスを好いておる。だが、我ら氷狼フェンリルは魔物と呼ばれる存在。そして、アルガードはドンバス伯爵家の跡継ぎである。跡継ぎを作るため人族の嫁を迎えなければならない存在だ。もちろん、スノーリアも番を見つけ子を為さねばならぬ身』



 スノーブリアの声を聞いたスノーリアは、アルガードの視線を受けたくないのか、群れの中に姿を隠した。



 つまり、スノーリアはアルガードのことが大好きすぎて、自らの種族の雄に興味を持たなくなっているということか。



 次期族長の異種族への恋慕か……氷狼フェンリルたちにとっては一大事ってことだな。



『どんなに好いておろうが、人族と氷狼フェンリルが番うことはできぬからな。ただ、わしらはスノーリアの熱心さにほだされ、アルガードへ声を聞かれぬことを条件にして、アルガードの相方のまま族長を継ぐことを了承しておったのだ。スノーリアに子がなくば、次代は別の者を族長として立てるという合意のもとで』



 話はまとまっていたのか……!?



 すると、俺の作ったこの魔導具が余計な問題を引き起こしてしまったということか。



 アルガードは、ずっと黙り込んで項垂れたまま、スノーブリアの声を聞いていた。



 俺も想定してなかった成り行きに面食らい、黙って声を出せずにいる。



 気まずい空気が霊廟の中に漂っていく。



 気まずい空気を振り払うかのように、黙り込んだままだったアルガードが顔を上げた。



 そして、俺の手にしてい補聴器を取ると、自分の耳にはめる。



「スノーリア! 姿を見せて君の本当の気持ちを聞かせてくれ! 私のことをどう思っているんだい!」



 アルガードの問いに応えるよう、スノーリアが群れの中から顔を出し、泣いているような遠吠えをあげた。



 ただ、増幅して声を出していた補聴器がアルガードに渡ったため、俺たちの耳にスノーリアの声は聞こえなかった。



 アルガードは目から涙を流すと、スノーリアに抱き着く。



「ようやく君の声が聞こえたよ。スノーリア……。そんなにまで私のことを想ってくれていたなんて、知らなかった―――わけないじゃないか。ずっと、君の気持ちは知ってたさ。どれだけ一緒の時を過ごしてきたと思ってるんだい。声が聞こえないからって気付かないほど鈍感じゃないさ。私は君と一緒に添い遂げるつもりで父上には、妻を娶らないことに了承を得ているんだ!」



 氷狼フェンリルたちの表情が驚きで固まる。



 もちろん、スノーリア自身もその一人だった。



 いや、俺もなんだけどね。



 そんな話になってたのか、ますます俺の魔導具が必要だったのか分からなくなってきた。



「ただ、妻を娶らず、スノーリアと添い遂げるには、当主継承の儀式をつつがなく終わらせるという条件付きだったんだ。だから、声が聞こえない私は焦っていて、柊斗殿にこれを頼んだんだ。君とずっと一緒に居られるようにね」



 抱き締められているスノーリアがか細い声で鳴き声をあげる。



「他の魔物の匂いがした? ああ、あれは私に魔物使いの能力があるか試しただけで、君以外の相方を求めたわけじゃない。信じてくれ、私の相方はスノーリア、君だけだ」



 帰ってきた時のスノーリアの態度は、アルガードが自分以外の魔物を使役しようとしていると勘ぐったからか。



 シェイニーたちが言ってたようにやきもちだったんだな。



 相思相愛すぎるだろ二人とも。



 俺は寒い霊廟の中で、お熱い二人を見ているのが恥ずかしくなってきた。



「だから、私の答えは決まっている。このアルガード・ドンバスの命は氷狼フェンリルの女王スノーリアへ永遠に捧げよう。これからもずっと一緒いてくれ」



 アルガードの言葉に応えるように、スノーリアは大きな声で吠えた。

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