第22話 露天風呂凍結事件

「ふぅー、生き返る」



 外気は凍えるような寒さだが、湯の温かさが身体に染みこんでいく。



 風呂はいい……。



 店にはシャワーしかないしな。



 改装して浴槽設置する誘惑に抗えなくなる。



 大規模な改装すると、大家さんに怒られるんだろうけどさ。



 風呂はいい……。



 温かい湯の中で、仕事でこわばった身体をほぐしていく。



 この湯に浸かれただけでも、このスノーランドに来たかいがあった。



 温泉に浸かって疲れを癒していると、露天風呂の先にある林の中からガサガサと音がした。



 魔物か? ここは街外れだが、アルガードから安全だって聞いてたが!?



 物音がしたのと同時に木桶を手繰り寄せ身構えた。



 戦闘スキルを持たない俺が相手をできる魔物は、スライムかゴブリンくらいで、それ以上の魔物がでれば太刀打ちできない。



 いつでも部屋に駆け込めるよう湯からゆっくりと上がり、身構えながら慎重に物音のした方へ目を凝らす。



 暗闇の奥から、アイスブルーの瞳と雪よりも白い毛におおわれた氷狼フェンリルが現れた。



 あの首輪の色……たしか、アルガードの相方のスノーリアだったな。



 真紅の首輪をしたスノーリアが唸り声を上げ、のそのそとこちらへ近づいてくる。



 人と同じくらいの大きさの氷狼フェンリルであるスノーリアに襲われたら、俺程度ではひとたまりもない。



「待て、俺たちはアルガードのために手伝いに来ただけだ。それも、もう完成したから、明日にはこの街を去る!」



 スノーリアが遠吠えをすると、周囲の温度が一気に下がり湯が凍った。



「さ、さむっ! 凍る!」



 身体中の水滴が凍りつき、身動きが取れない状況なった。



 俺が動けなくなったのを確認したスノーリアは、開いていた窓から室内に入っていったかと思うと、しばらくして出てくる。



 その口には、俺が作ったアルガードへの補聴器が咥えられていた。



「ちょ! 待て! それを持っていかれたら! おい!」



 俺の制止の声を聞こうともせず、補聴器を咥えたスノーリアは、もと来た道を戻って闇の中に消えていった。



「ぶぇっくしゅんっ! うぅ、さぶぅうう! って、凍えてる場合じゃねぇ! シェイニー、レイニー起きてくれ! 依頼品が盗まれた! おーい!」



 俺の叫び声に気付いた二人が、寝ぼけ眼で窓から顔を出す。



「ふぁぁー。柊斗、まだ夜だって。なに? 一緒に入るの? いいけど、それならご飯の前の時に入っておけばよかったじゃないのー」



「そうですよー。わたしたちがどれだけドキドキして待ってたことかー。はわわぁ」



 完全に二人とも寝ぼけながら服を脱ぎ始めている。



「ちがうっ! 起きろ! 依頼品がスノーリアに盗まれたんだって! 俺は凍らされて動けないの! スノーリアことをアルガードに伝えないといけないから、すぐに湯をもらってきてくれ!」



 目の焦点が合ってなかった二人も、俺の声で完全に目が覚めたのか、現状を把握しようと目を開いていた。



「お姉ちゃん、裸の柊斗がいる!」



「そ、そうね。急にそんな格好を見せられたらわたしは心の準備がっ! はぁーーー尊いっ!」



「お姉ちゃん、鼻血出てるからっ! 拭いて、拭いて」



「レイニーも頬が緩んでわよ。柊斗さんの裸を見て変なこと考えてたでしょ」



「ちょ、お姉ちゃん! そんなわけ――」



 鼻血と涎が垂れ流しのシェイニーと、顔を真っ赤にしたレイニーが錯乱している。



「頼む、二人とも正気に戻ってくれ!」



 俺は声の限りを尽くし大声を出して、二人を正気に戻す。



「はっ! はい! すみません、すみません! 柊斗さんで不埒な考えを起こした奴隷をお許しくださいっ! レイニーはお湯をもらってきて、柊斗さんを元通りにして。わたしはアルガード様に状況を伝えに行ってくるから!」



「あ、うん。分かった。すぐにもらってくる!」



 正気に返ったシェイニーの指示を受け、部屋から出たレイニーが宿の主人たちがいる母屋の方へ駆けていくのが見えた。



「今しばらくお待ちください。わたしもすぐにアルガード様を連れて戻ります」



 そう言い残したシェイニーが、部屋から出ていってしばらくすると魔導車の駆動音が聞こえた。



 街中は乗ったらダメだって言われてるのに……。



 緊急事態ってことで、アルガードとファンガスにはあとで謝っておこう。



 それにしても身体の感覚がなくなってきたな……。



 裸で凍死だけは避けたいところだ。



「ぶえっくしゅんっ!」



 大きなくしゃみをしながら、レイニーの持ってくるお湯の到着を心待ちにした。

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