第21話 従業員様、雇用規約はお守りください!

 アルガードに連れて来られた宿は、貴族御用達の高級宿だ。



 一棟ごとに独立した離れになっており、温泉も部屋ごとに露天風呂が引いてあって、いつでも入れるように作ってある。



 あるのだが――。



「柊斗さーん、いつでも入ってきていいんですからねー。お身体はわたしが流しますのでー」



「けっこうです!」



「柊斗、景色もいいし、お湯もちょうどいい湯加減だからさー。早く入りなさいってー」



「ご遠慮します!」



「そんな遠慮しなくても、ここなら誰も見てませんし、一緒に入っても怒られませんからー」



「レイニーがいるだろー」



「え? あたしは問題ないわよ。お姉ちゃんだけ柊斗の身体を洗うのは許さないけどね!」



「そういう話じゃないだろが! 俺の居た世界では男女が一緒の風呂に入ったらいけない所だったっていつも言ってるだろう」



「慰安旅行なのに、店主の柊斗さんが従業員わたしたちの慰安しないのには、はんたーい!」



「あたしもはんたーい!」



「しません!」



「「けちー」」



 アルガードの陰謀に巻き込まれ、離れの部屋にシェイニーとレイニーが同室して、今は露天風呂を二人で満喫している最中だ。



 それにしても、なんでこの部屋は露天風呂が丸見えの作りをしてるんだろうか。



 アルガードは貴族御用達の宿って言ってるけど、愛人とくる場所なんじゃないかね。



 ベッドもでっかいやつが一つしかないし。



 まったく、もう。



 今日はシェイニーとレイニーがうるさいだろうから、徹夜しよう。



 露天風呂が見える窓には、外套を何枚も重ねてカーテン代わりにしてあり、さらに窓に背を向けて座り、補聴器の設計図を描いていた。



 とりあえず、補聴器の方はこれで問題なく完成するはずだ。



 氷属性がGクラスのアルガードもこの補聴器を付ければ、最大でCクラスと同等の能力まで増幅される予定。



 そこまで増幅されれば、アルガードの魔物使いの能力も加味して、スノーリアや他の氷狼フェンリルの声は確実に聞き取れるようになるはず。



 さて、じゃあ、製作に入るとしようか。



 部屋の中に持ち込んだ道具箱から、金づちと金切りバサミを取り出す。



 設計図を見ながら、脳内で制作する魔導具のイメージが膨らませていくと、俺の両手が光を帯びた。



 よし、【価値創造】スキルが発動したな。



 今回の依頼品は細かいからなぁ。



 部品の縮小化も必要か。



 銀製の外装と部品を繋げる基板となる銅の金属板を切って叩き出していく。



 動いても耳から落ちないよう、耳にひっ掛けるタイプにしてあるから、耳の付け根に当たる部分は布を巻いた方がいいか。



 耳の付け根が金属部擦れると痛いしな。



 これで、よしっと。



 部品を収める外装ができ上ると、今度は中枢部品を組み込む作業に取り掛かっていく。



『氷狼の精霊糸』、『氷狼爪の魔核』、『氷狼牙の魔石』、『氷結石の歯車心臓』、『緑の魔結晶』を順番にテーブルの上に慎重に置いた。



 在庫で取ってあった『氷結石の歯車心臓』を持って来ててよかったぜ。



 短杖のやつは、過大に流れた魔力で粉々になってたからな。



 まずは電源となる『緑の魔結晶』を必要な大きさだけ削り出して基板に組み込んでっと。



 放射状に延びる銅板の中央に、削り出した小さな『緑の魔結晶』を置き、溶かした錫で固定していく。



 ふぅ、おっけい。



 あとは銅板に沿って『氷狼の精霊糸』を敷いて『氷結石の歯車心臓』に流れ込む道を作って。



 ピンセットで極少の部品の『氷結石の歯車心臓』を既定の場所に置き、精霊糸を繋ぐ。



 魔結晶に貯まっていた魔力が精霊糸を通って、歯車心臓が動き始めた。



 おっけ、おっけ。



 ここまでは順調だ。



 あとは発生した魔法力を『氷狼爪の魔核』と『氷狼牙の魔石』で氷属性に変換し、増幅させるように設置すれば完成だ。



 慎重に『氷狼爪の魔核』と『氷狼牙の魔石』から必要部分を削り出し、それぞれ精霊糸が繋がった銅板の上に置いて溶かした錫で固定した。



 精霊糸が光を帯びると、歯車心臓で作り出した魔法力を二つの部品に注ぎ込む。



 二つの部品は、供給される魔法力から、氷の魔法力を増幅し、冷気を漏らし始める。



 このままだと、銀製の外装が冷たくなるすぎるからな。



 歯車心臓の排熱を使って温度調整しとこう。



 魔法力発生時の熱を外装に伝える銅板を繋ぎ、最後に中枢部品を外装で挟み込んで補聴器は完成した。



 とりあえず、魔力は使用者から外部吸収する『緑の魔結晶』を使ってあるから、アルガードの魔力が枯渇しない限り、常時起動し続けるはずだ。



 消費量も小型なのでそこまで大きくはない。



 で、熱管理もできてるみたいで、冷たくなりすぎてないな。



 細々としたチェックは後ですることにしておくか。



 スキルの発動が終わったことを示すように、手を覆っていた淡い光が消え去った。



「ふぅ……できた」



 作業に集中していた精神が緩むと、背後からお通夜のような重苦しい空気が流れてくる。



 あまりの重苦しさに振り返ると、いつの間にか温泉から出て、着替えを終えた美人エルフ姉妹が、膝を抱えジッとこっちを見ていた。



「酷いです。慰安旅行だって言ってたのに、店主の柊斗さんが従業員の慰安をそっちのけで仕事に集中しちゃうなんて……。もしかしてこれが放置プレイってやつなのですか? となると、奴隷のわたしとしてはご褒美として受け取るべき――」



「お姉ちゃん、そんなわけないじゃん。柊斗のことだから、あたしたちのことを忘れて仕事を楽しんでたに決まってるでしょ。あたしたちの存在は、仕事に負ける程度にすぎないのよ」



 どうやら俺が仕事に集中してしまったことで、美人エルフ姉妹の機嫌がとっても悪いらしい。



 でも、そもそも君らが俺を混浴に誘わなければ、仕事に打ち込むこともなかったんだが――。



 という言葉はグッと飲み込み、店主として大事な従業員たちの機嫌をとることにした。



「違うんだ。二人が温泉を楽しんでいる間、手持ち無沙汰だったから少しだけ仕事を進めておこうと思っただけさ。今回は慰安旅行だって言ってあるだろ。ほらほら、ご飯もまだ食べてないし、俺が食べさせてあげようか?」



 俺が冗談で言った言葉に二人が即座に反応する。



 二人して俺の隣に来ると、あーんと口を開けて、ご飯をねだってきた。



「え? マジで?」



「柊斗さんにご飯食べさせてもらいたいです! たまには奴隷もワガママ言うんですよ!」



 シェイニーさん、微妙に奴隷ムーブ入れるのやめてくださいませんかね。



「柊斗はお詫びの気持ちを込めて、ご飯を食べさせるべき! ちゃんと味わって食べるからちょうだい!」



 レイニーさんも身体がやたらと近いんですがね。



 でも、まぁそれで許してもらえるなら、今日は給仕係に徹しますか……。



「承知した。これより、二人の夕食の給仕係として全力を尽くす!」



 まぁ、慰安旅行だって言ったのは俺だしな。



 日頃からいろいろと店の運営で世話にはなってるし、これくらいはしてもいいだろう。



 いつの間にか部屋に運び込まれていた食事を魔導具で温め直すと、緊張した面持ちで口を開けて待つ美人エルフ姉妹たちにご飯を運んであげる係に徹することになった。



 食事後も、店主として日頃から一生懸命に働いてくれる従業員の慰安に務め、睡魔に負けた二人をベッドに寝かせると、一人で露天風呂を楽しむことにした。

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