第20話 フェンリルの様子がちょっとおかしい

「遠路はるばる、このスノーランドの街までお越し頂き、ありがとうございます。立ち話もなんですので、そちらへ座られよ」



 いかつい顔をした白髪の老人が、現当主であるファンガスだ。



 スノーリアより大きな氷狼フェンリルを傍らに控えさえ、応接間の椅子に腰を掛けている。



 彼は氷狼フェンリルの採取できる部品の交易だけでなく、氷狼フェンリル軍団を率いて、幾度も辺境の魔物討伐を行ってきた武人でもあった。



 俺たちはファンガスに勧められた椅子に腰を下ろす。



 事前にアルガードが伝書屋から事情を伝える文書を送ってあるため、ファンガスも来訪の目的が何かを知っているのだ。



「父上、伝書でもお伝えしたように、こちらの佐井場柊斗殿に私の人物鑑定をして頂き、ドンバス家当主になるのに重大な疾患があることが判明いたしました」



「ふむ、読んだ時はまさかと思ったが……。本当に氷狼フェンリルを含めた氷属性を持つ魔物の声だけが聞こえぬのか?」



「はい、イゴール・ファンメル殿の協力を得て、確認をしております。氷属性を持たない魔物の声は、はっきりと私に聞こえております」



「スノーリアとあれだけ意思の疎通ができておるお前が、声を聞けていなかったとはな……。誰も気づいておらなかった」



 さっきのスノーリアとの様子を見てると、誰も気付かなったというファンガスの言葉も頷ける。



 でも、俺が補聴器を作れば、アルガードの弱い氷属性は増幅されるので、氷狼フェンリルの声も聞こえるようになるはずだった。



「ですので、当主就任の儀式を無事に終わらせることができるよう、柊斗殿に補聴器を作ってもらい、確実に氷狼フェンリルたちの声を聞けるようにしたいのです。そのために、父上が当主就任の際に使用した短杖を分解させてもらいたく」



 短杖の話になると、急にファンガスの顔が曇った。



 やはり、ドンバス家にとって大事な品であるため、分解されるのは困るということだろうか?



 伝書でも短杖の提供に関しての返答は、してこなかったのが気になっているんだが。



「分解は問題ないのだが、実はわしの相方のスノーブリアが玩具にして遊んでしまってのぅ。この通りなのだ」



 申し訳なさそうに差し出したファンガスの手には、真っ二つに折れた短杖があった。



「お、折れてますね! 父上、折れてますよ!」



「ああ、スノーブリアが珍しく悪戯をしてな。その際、噛んだことで折れてしまったのだ。これでも大丈夫なのか?」



 返答を渋っていたのは、目的の短杖が折れて壊れていたかららしい。



 たぶん、中核部品には影響はないと思いたいけど、鑑定してみないと破損状況の把握はできない。



 この場で軽く分解させてもらい、必要な部品が破損してないか確認させてもらった方がいいな。



 ぶっ壊れてた場合、別の中古品を急いで探さないといけないし。



「ファンガス様、この場で分解し、破損状況を確認してもよろしいでしょうか?」



「ああ、構わん。すでに壊れてしまっておるものだからな。好きに分解してくれていいぞ。それにしても、スノーブリアになんで壊したのか聞いても理由を言ってくれぬのだ。わたしらに使役されるのが嫌になったのか?」



 ファンガスの隣でうずくまって丸まっていたスノーブリアが、鳴き声を上げフルフルと首を振る。



氷狼フェンリルの一族のために壊したと? 分からぬのぅ。アルガードが当主を継ぐのがそんなに気に入らぬのか?」



 スノーブリアは、鳴き声と一緒に否定するように首を振る。



「スノーリアのためと? あれはお前の娘ではないか? 娘には主人が要らぬということか?」



 スノーブリアは、ファンガスの足にドンと体当たりをする。



「あいたたた。なんで怒るのだ? 我が息子にはドンバス家の当主を継いでもらわねばならぬし、スノーリアはお前のあとを継いで氷狼フェンリルの一族を率いてもらわねばならんのだぞ!?」



 スノーブリアの様子を見てると、なにやら氷狼フェンリルたちには、いろいろと思うところがあるらしい。



「すみません、スノーブリアはいつもは従順なんですが……今日はどうしたんだろうか。スノーリアもおかしかったし」



 アルガードがスノーブリアがいつもと違う様子なのを察し、俺たちにフォローを入れてくる。



「なにかあるんでしょう。それを解明するためにも、早いところアルガード様の補聴器を完成させねば。シェイニー、レイニー、魔導車から道具を持って来てくれるかい」



「はーい、すぐにお持ちします」



「うん、持ってくるね」



「アルガード様、ファンガス様、テーブルをお借りします」



「ああ、いいぞ自由に使ってくれ」



「ありがとうございます」



 アルガードがテーブルの上の物をどかしてくれると、折れた短杖を置き、道具が無くても分解できる場所から分解を始める。



 蒼の魔結晶は……ちょうど折れた付け根に配されてて、砕けちゃってるな。



 これは完全に使用不可。



 砕けた蒼の魔結晶を取り外し、さらに内部を確認していく。



 杖の外装の部分は、銅製か。



 硬くない金属だけど、噛み切られたって感じだな。



「柊斗さん、道具持ってきましたー!」



「これだけあれば足りるよね?」



 道具を取りに行っていたシェイニーとレイニーが、道具箱を抱えて応接間に戻ってきた。



「ああ、足りる」



 道具箱からハンマーとマイナスドライバーを取り出すと、短杖の中枢部分を覆っている銅の外装の間に差し込み剥がしていく。



 おぉ、これは……。



『風雪の歯車心臓』は『蒼の魔結晶』の破損時に逆流した魔力で、部品ごと粉々になってるな。



 他の部品は無事であってくれよ。



 粉々になった『風雪の歯車心臓』を外し、さらに細かく分解していく。



 奇跡的にスノーブリアが噛んだ箇所は、中枢部分を綺麗に避けており、求めている部品の外見的な破損は見られない。



 あとは、鑑定して破損してないか確認しないと。



 中枢部分の台に設置されたそれぞれの部品のネジと留め具を外し、慎重に部品を取り外していく。



『氷狼の精霊糸』、『氷狼爪の魔核』、『氷狼牙の魔石』を取り出すことに成功した。



「ふぅ、外見的には破損してる様子はありませんが、鑑定してみないと使えるものか判断できませんので、これから鑑定しますね」



「はい、頼みます。使えるといいんですが……」



 アルガードが心配そうな顔で取り出した部品を見ている。



 必要な部品が一個でも破損してたら、当主就任の儀式に補聴器を完成させることは不可能に近い。



 まず『氷狼の精霊糸』からだな。



 品名:氷狼の精霊糸 品質:S 呪い:なし 付与属性:氷 保持限界魔法力:4000



 消耗度:29/100 価値:28万ガルド



 破損なし、少し消耗してるが中古として利用可能だ。



 さすがにいいものを使っているな。



 次は『氷狼爪の魔核』だ。



 品名:氷狼爪の魔核 品質:S 呪い:なし 付与属性:氷 消費魔法力:2000 発動魔法力:4500



 消耗度:4/100 価値:61万ガルド



 こっちは新品に近い極上の中古品だ。



 どれもSランクの品質の物を使ってあるのは、さすが産地だな。



 最後、『氷狼牙の魔石』の鑑定。



 品名:氷狼牙の魔石 品質:S 呪い:なし 付与属性:氷 消費魔法力:2000 発動魔法力:4500



 消耗度:8/100 価値:35万ガルド



 問題なし!



「必要としていた部品は、全部、中古品として利用できます! これなら、アルガード様の補聴器もすぐに完成します!」



「そうか! 一時はどうなるかと思ったが、使えるか! ならば、魔導具の作成を改めてお願いする。息子のために補聴器を作ってやってくれ」



 ファンガスは安堵したように緊張した顔を緩め、アルガードの補聴器の作成依頼をしてきた。



 ただ、隣にうずくまって丸まっていたスノーブリアが、俺の方を見て歯をむき出しにして唸り声をあげている。



「スノーブリア、よせ! 息子のために魔導具を作ってくれる魔導技師の方だ。我が家の問題を解決してくれる方で悪い人ではないのだぞ。なにゆえ今日はそのように機嫌が悪いのだ」



 唸っていたスノーブリアは、立ち上がると応接間から出ていってしまった。



「柊斗殿、申し訳ない。なにやら、スノーブリアは機嫌が悪いようだ。気分を害したかもしれぬが、悪いやつではないので勘弁して欲しい」



「いえ、きっと余所者の俺たちが気になるんでしょう。こちらこそ、氷狼フェンリルたちを騒がせてしまったようで申し訳ありません」



 アルガードに甘えていたスノーリアの様子も急に変化したし、俺たちは氷狼フェンリルたちに好かれていないのかもな。



 早いところアルガードに必要な魔導具を作って、街を退散した方がよさそうな気がする。



 温泉でゆっくりと湯治したかったけどなー。



 こればっかりはしょうがない。



「ふむ、きっと外からきた者の魔法力が高いのも苛立った原因かもしれぬな。【風精双王】と言われたお二人を連れておられることであるし」



 シェイニーとレイニーが自分たちを指差していた。



 たしかに二人が一緒にいると、レイニーによって周囲に放射される魔力が増えるし、シェイニーの魔法発動能力は周辺魔法属性を変化させる可能性もある。



 それを氷狼フェンリルたちが嫌ったのかもしれない。



 だとすれば、やはり長居はしない方がいいだろう。



「アルガード、柊斗殿たちを宿へお連れしろ。あの宿ならば温泉を嫌って氷狼フェンリルたちも近づくまい」



「はい、承知しました。では、宿にお連れしますので、準備を」



 アルガードに促されたため、分解して取り出した部品を慎重に梱包し、革の鞄に入れるとファンガスにお礼を言って、宿に向かうことにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る