第19話 フェンリルの里、スノーランドへ

 旅は順調に進んでいる。



 シェイニーとレイニーが、こっそりと宿で同室になろうとしてくるのを回避するのに頭を悩ましてる以外、問題は起きていない。



 今のところ、約束したのはドンバス伯爵領に着いてからだという理由で回避しているが、着いたあとに回避する理由も早急に必要だった。



「うぅ、さぶいよぅ。お姉ちゃん、さむいから暖房入れて。ほら、魔結晶も新しく充填したのあるし」



 寒がりのレイニーが外套を何枚もまとって着ぶくれした中から、小さな魔結晶を姉に差し出す。



「えー、暖房入れると到達できなくなるわよ。ただでさえ、寒さで歯車心臓の動きが悪いんだし」



 運転席に座るシェイニーが、差し出された小さな魔結晶を受け取ると、ハンドルの中央にある差込口に刺さっている魔力を使い切った魔結晶と差し替えた。



 ブーンという起動音とともに再び魔導車が走り出す。



 俺たちは10日ほどの旅程を経て、ドンバス伯爵領に入り、アルガードの屋敷に向け、雪が積もった街道を進んでいる。



「レイニー、シェイニーの言う通りだ。魔導車は寒さにあまり強くないからな。できれば魔力は節約していかないと」



「ふえぇー、さっむい」



「我がドンバス伯爵家の邸宅のあるスノーランドの街まであと少しです。ほら見えてきました!」



 アルガード指差した先に視線を向けると、薄曇りの空と真白な雪原の間に、うっすらと街の姿が見えた。



 あれが氷狼フェンリルの里と言われてるスノーランドか。



 氷狼フェンリルとの使役契約をしたとはいえ、雪と氷に閉ざされたところに、人の住む街を作ったアルガードのご先祖様の苦労はものすごいものだっただろうに。



「お姉ちゃん! ぶっ飛ばして、ちょうだい! 早くスノーランドの街に行こう! 温泉ー!」



「りょーかい! みんな、これから飛ばしますから、荷台にしっかりと掴まっててくださいねー」



「は?」



「へ?」



 シェイニーの運転する魔導車が、唸り音を上げると、速度が急に増した。



 それから2時間ほど走り、彼方に見えていたスノーランドの街に到着した時は、荷台にいた3人ともほっと安堵の息を漏らした。



 シェイニーのドライブテクは心臓に悪いので、今後絶対にさせないでおこう。



 安全運転第一。



 ガクガクと震える足で地面に下りると、雪の被った家々が立ち並ぶスノーランドの街の中に目を凝らす。



氷狼フェンリルが普通に街中を歩いてるんですね。さすが、氷狼フェンリルの里と言われることだけのことはある」



「私の一族だけじゃなく、魔物使いの能力を持つ人が集まって作った街ですので、住民も魔物使いが多いのですよ。それに街中にいる氷狼フェンリルたちは、使役契約された大人しい子たちなんで、主人に危機が迫らない限り人に危害を加えませんので安心してください」



 街中でくつろぐ氷狼フェンリルたちの首には、使役契約を交わしていることを示す首輪がされているのが見えた。



氷狼フェンリルがまとまって生活してるこの街は、彼らのおかげでとっても氷属性の力が強いんですね。氷の妖精フラウたちも空にいっぱい飛んでますし、雪嵐精ブリザードもちらほら見えます」



 魔法を発動させる力の強いシェイニーの目には、魔法力の塊である妖精や精霊と言われる存在が見えているらしい。



 氷狼フェンリルの放つ氷属性の魔法力に引かれ、氷の妖精フラウ雪嵐精ブリザードが集まってきているため、この地は一年通して寒いままなのだと思われる。



「屋敷はこちらです。街中は魔導車の運転を禁止してますので押していきましょう」



「はいよ。レイニー、シェイニーも手伝ってくれ」



 アルガードが先導役となり、魔導車を押しながら街中を進みドンバス伯爵家の邸宅に到着した。



 邸宅は石造りの二階建てであり、部屋数は多く、近くには氷狼フェンリルたちの立派な飼育施設もあるようだった。



 邸宅に着くと、大きな氷狼フェンリルが駆け出してきて、アルガードの身体に飛びついてきた。



「ただいま、スノーリア。寂しかったかい」



 スノーリアと呼ばれた大きな氷狼フェンリルは、アルガードの顔をペロペロと舐めて、ベタベタと甘えてくる。



「分かった。分かった。あとでちゃんと毛梳きと爪切りはするから待っててくれよ。それに、もうじき君の声が聞こえるようになるはずだから待っててくれよ」



 優しくスノーリアの顔を撫でているアルガードの様子を見てると、声が聞こえていないとは思えなかった。



 スノーリアも氷狼フェンリルにしては、感情を全身で表し、賢さを見せる子なので、アルガードの意図を読んで忠実に遂行していたという話は本当なのだろう。



 向こうもアルガードのことが大好きなんだな。



 こりゃあ、周りを誤魔化せたはずだ。



 顔を撫でられてたスノーリアが、アルガードの手にクンクンと鼻を鳴らすと、急に表情を変えた。



 後ずさると、歯をむき出しにして唸り声を上げる。



「スノーリア? どうしたんだい? そんな唸り声を上げないでくれ」



 急に機嫌を悪くしたスノーリアの様子を見たアルガードが近づくと、その分だけスノーリアが後ずさった。



「スノーリア、ほんとうにどうしたんだい? いつもみたいに甘えてくれていいんだよ」



 アルガードが手を差し出すと、遠吠えをしたスノーリアは、飼育施設の方へ駆け去っていった。



「スノーリア……」



 アルガードを見ていると、スノーリアの態度は今までにないことだったらしく、ショックを受けた様子だった。



「アルガード様、大丈夫ですか?」



「え、あ、はい。スノーリアがあんな態度をするのが初めてでちょっと動揺してますが……」



「急に態度が変化してたみたいですが」



「ええ、私に対して唸り声をあげたことなんて一度もなかったのに。どうしたんだろうか」



「浮気してきたとか思われてたりしてー。スノーリアちゃんは女の子ですよね?」



「お姉ちゃんの言う通りかも、あたしも柊斗から他の女の匂いがしたらブチ切れるし」



 俺から女の匂い? そんなもん、するわけがなかろう。



 油と金属の匂いなら、いくらでもさせてるが。



 俺はレイニーの追及するような視線をかわす。



「浮気!? 馬鹿な、私はスノーリア一筋ですよ! 彼女が私のことを疑うなんてことは――」



 心配そうにスノーリアが駆け去った飼育施設の方を見ているアルガードだったが、顔を振ると、こちらに向き直った。



「スノーリアのことも心配ですが、今は柊斗殿を父に会わせる方が先決ですね。こちらです」



「いいんですか? スノーリアの様子がおかしかったと思いますが」



「大丈夫、私とスノーリアの絆は強固ですから。それに、声が聞こえるようになればきっと――」



 アルガードは不安を隠せていない様子だったが、こちらが踏み込むべきことではないので、今は依頼を遂行する方を優先することにした。



「そうですか。では、先にお父上にアルガード様の事情を説明させてもらうことにしましょう」



「はい、こちらへどうぞ」



 魔導車を置くと、俺たちはアルガードとともに、現当主のファンガスの待つ応接間へ通された。

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