第18話 慰安旅行ならいいよね?

「み、店を休業する!? 本気なの柊斗!? 3週間も閉めたら大赤字になるんだけど!? 正気で言ってる? 酔っ払ってないよね?」



 店に戻り、店番をしていたレイニーに事情を話すと、怒髪が天を衝くくらいの勢いで大激怒された。



 予想してたけど、圧が半端ねぇ。



 休業期間3週間って言ったけど、時間的余裕を持つなら1カ月くらい欲しいなんて言い出せない雰囲気になったぞ。



「レイニー! 柊斗さんは酔っ払って仕事はしない人だって知ってるでしょ! そこは訂正しなさい!」



「物の例えよ! お姉ちゃんは黙ってて!」



「あ、はい。ごめんなさい」



 レイニーに怒られたシェイニーがしゅんとして項垂れた。



「あたしは柊斗に聞いてるの! 3週間閉めたら、いくらの損害が出るが分かって言ってるんだよね?」



 鑑定作業が滞るから、月の売上200万ガルドのうち、150万ガルドくらいは吹っ飛ぶはず。



 魔導具販売は赤字部門なんで、店を閉めた方が赤字が減少すると思うし、俺が勝手に在庫の積み増しもしないから、多少赤字幅は狭まると思うが。



「まぁ、大丈夫かなーって感じではいるんだが」



 俺の言葉を聞いたレイニーの圧が一段増した。



 どうやら、間違った言葉を選択したらしい。



「柊斗のその大雑把なところが赤字を産む原因なの! 分かる? 赤字が続けば、この店は続けられないし、あたしたちが一緒に居られなくなるの! 柊斗はあたしたちがまた奴隷落ちしてもいいの!」



 レイニーが俺の額に指を突き付けてくる。



 シェイニーとレイニーが再び奴隷落ちは困る。



 せっかく魔法が使えないコンプレックスを解消し、奴隷の身分を脱して、王国の住民として生活しているんだし。 



 うちの大事な従業員でもあるのだから。



「それは、困る」



「なら、店を休業するという選択肢はないわ!」



「それも困る。依頼人にもう行くと言ってしまった」



 レイニーの背後に陽炎が立ち昇る。



 めっちゃ魔力を放射してませんかね……それ。



 魔結晶が吸い切れなくなる気がするんですが。



 許容量を超えると高価な魔結晶が割れて、大損害なんですけど。



「柊斗、もう一度だけ言うわね。3週間店を休業したら、大・赤・字・なの! それともアルガード様に150万ガルドの補填してもらうつもり?」



「えっと、無理。魔導具製作料として請求できるのは4万ガルドかな。部品も提供してもらうんで」



 レイニーの額にぶっとい青筋が走るのが見えた。



 さすがに店を休業するから、150万ガルドも補填しろなんて言えないって。



 なんとかレイニーを説得できる案はないだろうか……。



 店の入口で小さくなって話を聞いていたアルガードが声をかけてくる。



「さすがに150万ガルドは無理ですが……滞在中の宿代と食事代、それと出張料として15万ガルドのお支払いはいたします。もちろん、宿は温泉付きの一級品のところを提供させてもらいますので、それでなんとか……」



 温泉付きの宿……。



 温泉か……。



 はっ! そうだ! この手でいこう!



「ジャンカー魔導具店は、これから1カ月間をかけて社員たち含めた慰安旅行に行くことにする! 目的地はドンバス伯爵家の領地。温泉で湯治しながら、仕事の日々を続けた従業員たちの疲れを癒してもらうつもりだ! 店主として従業員の福利厚生に務めないとね!」



「はぁ!? 慰安旅行!?」



「温泉! いいですねぇ! アルガード様、そのお宿は個別の温泉ですか?」



「ええ、貴族の方もお忍びで来られる宿なので、すべて個別の温泉を整備しているところです」



 そりゃあ、いい。



 好きな時間に浸かり放題だな。



「レイニー! これは店主の決定なので、従業員としては慰安旅行に従うしかないわ! 温泉よ! 温泉!」



 レイニーとシェイニーは風呂好きのエルフなので、この温泉湯治付き慰安旅行の効果は抜群のはずだ。



 温泉湯治付きと聞いたレイニーの怒気が急速にしぼんでいく気配する。



 あと一押しで落ちるはずだ。



「アルガード様、宿は柊斗と同じ部屋?」



「は? 別室に決まって――」



 シェイニーに口をふさがれると、すかさずアルガードが答えた。



「はい、ちゃんと同部屋をご用意いたしますので、ご安心くださいませ。これで、ご依頼を受けて頂けますでしょうか?」



「むぐー」



 俺は同室拒否を伝えようとしたが、シェイニーの手に押さえられ、声が出せずにいる。



「お姉ちゃん! すぐに出発の準備を! あたしは伝書屋に行って、魔導技師協会にしばらくお店をお休みすることを伝えてくる! 柊斗も道具を積み込んでね! よろしく!」



 レイニーがものすごい勢いで裏口の扉を開け、伝書屋に駆け出していった。



「ぷはぁ! 俺は同室しないぞ!」



「柊斗さん、ダメですよ。今回は慰安旅行なので、従業員のご機嫌を損ねる行為は――」



 振り返ると、ニッコニコの笑顔を浮かべたシェイニーと親指を立てるアルガードがいた。



 は、謀ったなシェイニー! アルガードも!



 これは何としても向こうに着くまでに回避策を考え出さねばならん。



 最終防衛ラインの突破を許すわけにはいかないのだよ!



 それから、ニッコニコの笑顔を浮かべて、伝書屋から戻ってきたレイニーを迎え、店に休業のお知らせを張り施錠を終えると、魔導車に乗り込み、俺たちは一路ドンバス伯爵領へ向かうことにした。

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