第15話 納品

「イゴールさん! ご依頼品完成しましたのでお持ちしましたよ!」



「柊斗殿、待っておったぞ! 例のモノ早速設置したいのだが――」



 魔導車に駆け寄ってきたイゴールの視線が、荷台に居たアルガードに向けられる。



 その視線を感じ取ったアルガードが、挨拶を始めた。



「お初にお目にかかります。私はアルガード・ドンバスと申します。本日はイゴール・ファンメル様にお願いしたいことがあり、柊斗殿に同行させてもらいました」



「おおぉ! ドンバス伯爵家の嫡男殿か! わしが現役当主の時は、お父上にはいろいろと世話になっておった。わしに協力できることであれば、なんでもさせてもらうつもりだ」



「本当ですか! ありがとうございます! ですが、まずはイゴール殿のご依頼を完了させる方が先決です。そうですよね、柊斗殿」



「そのようですね。まず、完成した孵卵器を設置させてもらいますよ。できれば、温度変化があまりなく雨風の当たらない場所に設置したいのですが、どこかよい場所はありますか?」



「ちゃんと専用の場所を作らせておる。さぁ、案内しよう」



 魔導車を停めると、俺たちはイゴールの先導に従ってファンメル花鳥園の中に入っていった。



 先導された先は、超大型の金属製ケージの近くに作られた小屋で、人が数人入っても圧迫感を感じないくらいの大きさであった。



「ここでなら、雨風もしのげるし、それに『空調箱くうちょうばこ』も付けてあるから、温度も一定にできるのだよ」



 さすが金持ちの貴族様、魔力消費のデカい『空調箱くうちょうばこ』を鳥の卵のために投じられるなんてね。



 この前、俺も作業場に付けたいからってレイニーに言ったら、無言の圧で却下されたんだよなー。



 今度、在庫品を使って自分で作ろうかな。



 こっそり取り付ければ、レイニーにもバレないかもしれん。



空調箱くうちょうばこ』によって、適温に維持された小屋の中に昨日完成させた孵卵器を置く。



「卵を」



「分かっておる。これじゃ」



 机の上に大事そうに藁に包まれた籠の中から、イゴールが大事そうに虹色の卵を取り出すと孵卵器の上に3つ並べた。



「綺麗……。それが虹色尾羽鳥レインボーテールバードの卵なんですね」



 シェイニーが、あまりに綺麗すぎる虹色尾羽鳥レインボーテールバードの卵に魅入られたようで、孵卵器の前でジッと卵を見つめている。



 その気持ち分からんでもない。



 たしかにこの世の物とは思えないほど、綺麗な色をした卵だ。



 卵の殻だけも高価な金額で取引されてるのは頷ける。



「このつまみで卵の孵化に必要な温度に設定すれば、湿度も自動で調整してくれるようにしてあります。あとは、転卵作業は一日48回ほど自動でされ、給水を三日に一度、魔力供給は最大10日持ちますが、お時間あるのであれば、毎日確認した方がいいかなと思います。最後にこの硬質ガラスをはめ込めば、孵卵器として作動します」



 依頼人のイゴールの前で実演も兼ねた形で、完成品の操作をしていく。



 魔力が供給され、稼働し始めた孵卵器の硬質ガラスに少しずつ水滴が浮かび始めた。



「おおぉ、動いた。魔導具が動いたぞ!」



 魔導具が成長に稼働したのを見たイゴールが、興奮気味に声を上げた。



 前回、卵をかえすことができず失敗したのが、よほど悔しかったらしい。



 できれば、今回は孵卵器作戦が上手くいって、虹色尾羽鳥レインボーテールバードのヒナが見られるといいな。



「あとはイゴールさんのお仕事となります。無事にヒナがかえるのを期待してますよ」



「おお、任せてくれ。親鳥がどうしても卵を抱かないのが前回の失敗だった。今回のように卵を一定の温度で温められれば、他の鳥類の魔物と同じように孵化するはずだ」



 イゴールも孵卵器の様子を見て、孵化を確信したようだ。



 俺としても、順調に稼働している孵卵器に満足しているイゴールの様子を見て、依頼を完遂できたようで安堵した。



「わしの件はこれで片付いた。あとは、アルガード殿の頼みごとを解決せねばなるまい」



 孵卵器を見ていたイゴールが思い出したように、アルガードの依頼の件を切り出してきた。



 そう言えばそうだった。



 ここに来たのは、納品だけじゃなくって、アルガードが【魔物使い】として、魔物の声が聞こえる能力があるかを確かめにきたんだった。



「そうでした。実はわたくしごとで非常に恐縮なのですが、魔物たちの声が聞こえるか、イゴール殿もところにいる魔物で試したくて、柊斗殿に連れてきてもらったのです」



 俺が話を切り出す前に、アルガードが自分からイゴールに来訪目的を告げていた。



「ほぅ、ドンバス伯爵家だと、当主が氷狼フェンリルの使役契約をせねばならんはずだしな。魔物たちの声が聞こえない者が当主になんてことはできない家のはず。なるほど、それで我が研究所を訪ねたのか。でも、これは内密にせねばならん話だな」



 ドンバス伯爵家の秘密に触れるので、あまり大っぴらに言えない話だが、同じ貴族であるイゴールは、アルガードの苦境を察してくれたらしい。



「ご配慮ありがとうございます。アルガード様の魔物の声が聞こえないのが、氷狼フェンリルだけなのか、それとも全ての魔物なのかを確かめたくて、納品がてらご協力を仰ぎにきたのです」



「本当に厚かましいお願いではありますが……」



「よいよい。うちの研究所にいる鳥類の魔物は人に慣れておって、狂暴ではないからな。いくらでも試してくれ。それに信頼する柊斗殿が関わっている依頼であれば、わしとしても協力を惜しむ気はない」



 そう言ってもらえると、相談を解決してきた身としてはありがたい。



 相談されて作った魔導具が、相手の信頼を勝ち得た気がするし、役に立てた気もする。



 イゴールの言葉は、自分の持つ【価値創造】スキルが、世の中の役に立ったと思える瞬間だった。



「ありがとうございます!」



「イゴール殿、本当に助かります!」



「よいよい、では人に慣れて大人しい風鷹ウィンドホークを連れてくるので、まずはそいつと対話してみることを勧めるぞ」



「はい、よろしくお願いします!」



 アルガードがイゴールに対し、深々と頭を下げた。

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