第14話 事情聴取

 石畳で整備された街道を、荷車がガタガタと荷台を揺らしながら進む。



 ゼルマ王国ではすでに魔導具の技術を流用して作られた魔導機関が採用され、荷物を運ぶ荷車を引くのは魔導車に切り替わっている。



 魔導車の構造は簡単だ。



 電源である魔結晶と発動機代わりの歯車心臓があり、歯車心臓が魔力を魔法力に変換するために歯車を回す力を利用して、四つの車輪を回している。



 発生した魔法力の利用も研究されており、魔力に再変換する魔石や魔核を付けて、航続距離を伸ばすものや、車軸を回す力を増す機構を動かす動力にも使われる。



 今、もっとも魔導技師たちが心血を注いで開発を続けているのが魔導車だ。



「魔導車だとらくちんですねー。馬も馬で風情があっていいんですが、お尻が痛くなりますからね」



 荷車を引く魔導車を運転しているシェイニーが、後ろにいるこちらをチラチラ見ながら話しかけてくる。



「シェイニー、危ないから前見て、前!」



 貴族様、それももうじき当主になることが決まってるアルガードに、怪我をさせたら大問題だ。



 いくら郊外だからって対向車がゼロなわけでもない。



 高価な魔導車だって言っても、それなりに普及されてきているだから。



「はぁーい」

  


「王都は進んでますね。我が領内だと、魔導車はまだほとんど見かけない。魔道具も型落ちした古いものが多いのですよ」



 アルガードが興味深く、街道を調子よく進む魔導車を見ている。



「魔道具も魔導車も便利ではありますけどね。魔力の消費総量は増えてしまいます。それがどんな影響を及ぼすかまでは分かりませんが」



 魔導具が使われたり、魔法を発動させたりすると、大気中に魔法力化されたものが拡散することまでは研究されている。



 その拡散した物がどういった影響を与えているかまでは、まだ誰も研究していないので、研究者が見つかったら資金援助はしようと思っていた。



 俺が飛ばされる前に住んでいた世界みたいに、大気汚染とか気候変動を招くかもしれない。



 すでにこっちの世界で5年暮らしたこともあり、この世界に対しかなりの愛着がわき始めているのだ。



 そのうちドラゴンの保護活動もしないとな。



 原因の一端を担った者として。



「魔法力暴走論とかも王国の議会で取り上げられてる話題ですしね。異常気象も増えたという報告が上がってきてると父も言っておりました」



「もともと満ちてない力が、大気中に満ちるようになれば、おかしな作用が生まれかねないってことかもしれません。俺も詳しい研究者ではないので推測で申し訳ありませんが」



「異世界人の柊斗殿がそう言われると、より一層、魔導具や魔導車との向き合い方も考えねばなりませんね」



「ですね。俺の居た世界は便利さもありましたが、引き換えに失った物の多かった世界でした。でも、一方で魔導具は困ったことを解決してくれる道具でもあるんですよ。だから、上手く調整して使っていくことがゼルマ王国の発展に繋がると俺は思ってます」



 領地を持ち、領民を導いていく立場に就くアルガードに、言うべきことかと迷った。



 けど、頭の片隅には置いて欲しい問題でもあるので、知り合ったついでに伝えておいた。



「なるほど、心に留めておきます」



 アルガードはもう一度荷台を引き石畳の街道を快調に走る魔導車の方を見て頷く。



「いち魔導技師の戯言なので、片隅に覚えておいてもらえば――」



 魔導具に対する考え方は伝えられたけど、アルガード自身についての話はまだ聞けてなかったし、この時間を使って聞き出しておいた方がいいな。



 自分の伝えたいことを伝えられたので、別の話題に切り替えることにした。



「それはそうと、アルガード様は氷狼フェンリルの声が聞こえないのに、よく誤魔化せてますね。みんなに不信がられませんでしたか?」



 俺がそう問うと、アルガードがそれまでの厳しい表情を緩め、にこりと微笑んだ。



「私が生まれた時、相方に選ばれたスノーリアは、とっても表情が豊かな氷狼フェンリルなのです。ですから、ついつい私が勝手に話しかけてしまい、賢いスノーリアはこちらの意図を汲み取ってくれて動いてくれるので、言葉による意思の疎通ができているように外からは見えるのです」



 アルガードは、氷狼フェンリルのスノーリアのことが相当好きなんだろうな。



 さっきまでの表情とはまるで別人のように見える。



 子供の時から兄弟同然に育ってきた氷狼フェンリルであれば、アルガードにとってとても大事な存在なんだろう。



「ぶしつけな質問ですが、アルガード様は相方の氷狼フェンリルのスノーリアが大好きですかね?」



 俺の質問を予期してなかったようで、アルガードの顔が真っ赤に染まった。



「あ、え、あ、はい。好きです。あの子は私と一緒に育ちましたし、いつも一緒に生活してきてますので。毛を梳いたり、爪を切ったり、牙の手入れは私の仕事ですし、邸宅に居る時はいつも一緒のベッドで寝てるんです。へ、変ですよね?」



氷狼フェンリルのスノーリアが嫌がってますか?」



「いえ、呼べば応えてくれますし、お手入れの時も暴れずにジッとしてくれてますし、ベッドにも自分から潜り込んで来てくれます。だから可愛くて、可愛くて。自分が王都に来てる今は一緒に寝てあげられないんで心配して遠吠えしてないかなって気になってます」



 めちゃくちゃ氷狼フェンリル大好きっ子じゃないっすか!



 それに相方も嫌ってる感じはなさそう気はする。



「聞かせてもらった話だと、氷狼フェンリルとは、良好な関係が築けているみたいですが、それでも声を聞かなければならないのですか?」



「ええ、聞かねばならないのです。当主就任の儀式では、相方の氷狼フェンリルと使役契約を結ばねばならず、魔物の声を聞き、彼らの望む物を与えねば、契約は不成立になってしまうのです。契約が不成立となれば、氷狼フェンリルたちは使役を解かれ、群れのリーダーになるスノーリアが群れを率いてドンバスを去っていくと思われます」



 魔物との使役契約か……。



 魔物が望む物を与え、【魔物使い】への服従を誓う儀式に、声が聞こえることが必須ってことか。



 いくら相方と良好な関係が築けているとはいえ、雰囲気や仕草だけでは、本当に望んでいる物を与えられるかって不安なんだろうな。



 最終的には人物鑑定させてもらい、原因を洗い出して魔物の声を聞けるようにした方が、アルガードのためになる気がする。



「詳しく聞いた話だと、アルガード様の心配は取り越し苦労かと思われます。でも、依頼として受けた以上、全力でこの佐井場柊斗がお悩みを解決させてもらいます!」



「ええ、本当に頼みます! 氷狼フェンリルのスノーリアに去られたら、私は生きていけない。領主としても、魔物使いとしても、人としても」



「大丈夫! 任せてください!」



 俺はアルガードを励ますように手を握って、軽く肩を叩いて励ました。



「柊斗さん、イゴールさんの研究所が見えてきましたよ。そろそろ到着します」



 魔導車を運転するシェイニーが指差した先には、質素な邸宅の周囲に金属製の大きな網で囲った超巨大なケージがいくつも並んでいた。



 鳥類魔物研究所という正式名称があるが、イゴールが各地から集めた鳥類の魔物が見れるのと、奥方の趣味である花の庭園が見られるため、ファンメル花鳥園と呼ばれている。



 そのファンメル花鳥園の入口に、髪が白くなったやせ形の老人が立っており、こちらに向けて手を振っているのが見えた。

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