第9話 お仕事

「さって、依頼品を完成させとかないとな。それにしても、我ながら難儀な魔導具の制作を請け負ったな」



 先ほど二階の入口近くに置いた部品を持ち上げると、魔導具を作る作業台の上に置く。



 分厚い布製の前掛けを付け、破片が飛散しても目に入らないで済むよう作った硬質ガラスのゴーグルを掛けて、椅子に腰をかける。



 今回の依頼品は、王都の郊外で鳥類系の魔物の飼育をしようと奮闘してる変人イゴール・ファンメルからの依頼だった。



 イゴールは元々ゼルマ王国のファンメル伯爵家の当主だったが、今はその当主の座を息子に譲って、自分の生涯を捧げる研究と称し、鳥類系の魔物を集めた研究所を運営している老人である。



 研究の成果もあり、極めて希少な虹色尾羽鳥レインボーテールバードのつがいから、有精卵を採取できたらしいんだが、何をしても親鳥たちが卵を抱こうとしないらしい。



 結果、卵は孵化することなかったため、困り果てたイゴールが、貴族の知り合いからうちの話を聞いて駆け込んできた。



 話を聞いた結果、俺から一定温度で温める孵卵器ふらんきという魔導具を使ってみればいいと提案し、イゴールが承諾して依頼料を前払いでもらっている。



 そのイゴールから、虹色尾羽鳥レインボーテールバードの新しいつがいができたから、そろそろ孵卵器ふらんきが必要になると言われ、予定を大幅に前倒しして納品しなければならなかった。



 もう少し時間があれば、ビューザーのところ以外も探せたけどな。でも、おかげでビューザーの店の品揃えを知れたからいいけどさ。



 納期の迫った孵卵器ふらんきを完成させるため、買い漁ってきた部品を手に取る。



 孵卵器ふらんきに必要なのは、保温機能、転卵機能、保湿機能の三つだ。



 保温機能と保湿機能は、『弱火の魔石』が発生せる極めて弱い炎を使い、『吸水の魔核』に貯め込んである水分を温めることで水蒸気を使える。



 温度や湿度管理は『発火の精霊糸』によって調整し、指定した温度と湿度を超えたら、魔導具の起動を停止させるよう組めばいい。



 で、転卵機能は『青の魔結晶』から送り込まれる魔力を『小さな歯車心臓』が魔法力に変換する時、回転してる力を使わせてもらって、盤上の卵が転がるようにしたい。



 そのために魔法力変換の回転運動が急激に起きないよう、バッテリーは低出力の『青の魔結晶』を選んだ。



 脳内で制作する魔導具のイメージが膨らむにつれ、俺の両手が光を帯びる。



【ジャンク屋】LV100を極めし者しか得ることができない、【価値創造】スキルが発動する瞬間だった。



 両手が光ったのを確認し、製作道具を手に取ると、孵卵器ふらんきを完成させるため部品を組み合わせる。



 魔石、魔核、歯車心臓、魔結晶を精霊糸が繋ぎ合わせ、魔力から変換された魔法力が通過していく回路ができ上っていく。



 内部が組み上がると、外装を作るためハンマーを使って形を整え、バケツを裏返したような形の孵卵器ふらんきが仕上がってきた。



「ふぅ、あとは保温保湿用に硬質ガラスの蓋をはめれば完成か。虹色尾羽鳥レインボーテールバードの卵は大きいって聞いてたから、その寸法に合わせて作ったけど、デカすぎだな」



 完成しつつある孵卵器ふらんきは作業台をほとんど占有するくらい大きな魔導具になっている。



 魔力満タンチャージ時の連続使用は10日、最高温度40℃まで設定、吸水最大量20リットル、1時間に2回の転卵機能。



 使う人が老人ということもあり、ある程度放置されても自動で動くように設計してある。



 最後の部品である硬質ガラスをはめ込むと、両手の光は消え、魔導具である孵卵器ふらんきが完成した。



「よし、完成」



 魔導具の完成を見届け周囲を見ると、すでに暮れかけており、室内は暗くなり始めていた。



「柊斗、聞いてる?」



 誰もいないと思っていたことで、背後から聞こえた声に心臓の鼓動が跳ね上がる。



「わっ!? レイニーか! 急に声をかけるなって」



 振り返ると、頬を膨らませたレイニーの姿があった。



「さっきからずっと声を掛けてたんだけど、また魔導具づくりに夢中で聞こえなかったのかなー」



 全然聞こえなかったんだが……。



 また、仕事に集中しすぎて、やっちまったか。



【価値創造】スキルの発動中は、集中力が高まりすぎて、外部の状況がほとんど入ってこなくなるからなぁ。



 泥棒に入られても気付けない自信はあるな。



「聞こえませんでした。さーせん。二人はもう夕暮れだし屋敷に帰るか?」



「うん、お姉ちゃんは柊斗のお世話したがってるけど、ここら辺は治安いいとはいえ、遅くなると危ないし帰るわね。夕食はお姉ちゃんがシチューを作ってくれてるから温めて食べて」



「おう、すまないな。シチューはありがたく食わせてもらうとシェイニーに伝えてくれ。それじゃあ、気を付けて帰ってくれ。鍵は俺が締めとくからそのままでいいぞ」



「はいはい、了解。それと隣の家の大家さんとの交渉は終わったから、今度の定休日にお引越しするんでお手伝いよろしくー」



 はぁ!? はや!? もう手続き済ませてきたの!?



 早すぎじゃね? 今日の昼に決まった話だぜ。



 はっ! まさか、以前から交渉を進めてて、俺の許可待ちだったとか!?



「なにその顔。『まさか、最初から仕組まれてた』って顔しないでよ。ちゃんと、だーーーーーいぶ前から準備してたことだから安心していいって」



 ちゃんと仕組んでましたーーー! このまま、だといつか美人エルフ姉妹に最終防衛ラインも割られそうな気がしてならない!



 もっと防御を高めないと!



 俺は努めて冷静に表情を引き締めると、レイニーへ内心の動揺を悟らせないよう返答する。



「そうか、それならしょうがないな。うん、しょうがない」



「でしょ。しょうがないよね。じゃあ、また明日の朝はモーニングコールして起こしてあげるから期待しててねー」



 小悪魔的な笑みを浮かべたレイニーが手を振ると、階下に降り、その後姉妹二人で帰宅するため裏口の扉が開閉する音がした。



 他人から見るとうらやましいんだろうけど、あいつらは俺よりはるかに長生きするんだよな……。



 頑張っても俺はあと40年とか50年くらいしか付き合ってやれないんだよ。



 俺は椅子の背もたれに体重を預けると、完全に日が暮れて、夜の暗闇に包まれた部屋の天井を見上げることしかできなかった。

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