第8話 至福の定休日
ガラクタ街からの帰り道、シェイニーがなじみの食料品店に寄り、食材を購入していたため、すでに日が傾きかけてきている。
俺たちはそれぞれ、荷物を抱えながら、やっとのことで店の前に着いた。
我が家であり、仕事場であり、販売場所でもあるジャンカー魔導具店は、王都でも比較的治安のいい地区にあり、周囲の住民は庶民ではあるものの、裕福な家が多い場所だ。
おかげで近隣住民からの魔導具の制作や修理依頼もけっこうある。
真面目に原価計算してやれば、赤字にはならないはずの立地なんだが――。
俺の凝り性と収集癖が収益を圧迫しまくっている。
「はぁ、お腹空いた。お姉ちゃん、ご飯まだー」
「すぐに支度するから待ってて、柊斗さんもまだ仕事はしたらダメですよ。ご飯はちゃんと食べてくださいね」
「はいはい、分かってるさ。でも、できるまで待ってるのも時間がもったいないから、先に工房へ材料を置いてくる」
出かける前に掛けた裏口の鍵を外し、一階の販売スペース兼事務所の扉を開け中に入る。
ジャンカー魔導具店の店内を紹介させてもらうと、一階が俺が作成した魔導具の販売スペース。
事務所と応接スペースも併設してて、開店中はシェイニーとレイニーが、事務作業や客対応をしてくれてる場所だ。
簡単なキッチンスペースもあるので、シェイニーが昼食や夜食など作ってくれてる。
二階が魔導具工房として使ってて、製造道具類や機器が所せましと並べられた魔境だ。
たまにレイニーが掃除してくれるけど、すぐに魔境に戻ってしまう。
魔境を作り出すのは俺自身なんだが、自分では最適配置をしているだけと言い訳している。
で、3階が俺の寝室兼住居。
ほとんど、寝るためだけに使ってるので、一部在庫品の保管場所でもある。
こんな感じの石造り3階建ての建物が、俺の城であるジャンカー魔導具店だ。
二階の工房に今日買ってきた依頼品のための部品を置くと、階下からシェイニーが作る食事のいい匂いが漂ってきた。
この匂い……ミティティを焼いてるのかな。皮なしソーセージっぽいやつで、あれ食うとビールが欲しくなるんだよなぁ。
付け合わせは酢漬け野菜か、イモを食物油で揚げたやつか。
匂いに反応した腹が、朝からずっと何も食べてないことを告げるように鳴り響く。
匂いに我慢ができなくなった俺は階段を下りた。
「柊斗さん、もう少しで焼けますからね。お待ちください。付け合わせの揚げイモともうできてますから摘まんでもらってもいいですよ」
すでに事務所のテーブルは、レイニーが綺麗に片付けており、シェイニーが作った揚げイモが皿に盛られほくほくさを感じさせる湯気を出していた。
「行儀悪いが、腹がなってしょうがないから、摘まませてもらうよ」
俺はテーブルの皿の上に盛られた揚げイモを手に取り口に運んだ。
どう見てもフライドポテトなんだよなぁ。
味も見た目も。
でも、うんめぇ。塩気もちょうどいい。
かぁーー、昼間だけどビール飲みてぇ!
「はいこれ。この前、買っておいたのが、『
キッチンスペースの奥から現れたレイニーが、栓を抜いてキンキン冷えたガラス瓶とグラスを差し出した。
ビールきたーー! ナイス、レイニー!
退廃的な休日の過ごし方になっちまうが、こればっかりは止められねぇ。
「自分でやれるから大丈夫。すまんな」
「あたしも飲むから残してよ」
「分かった。分かった。ぬるくなる前に飲もうぜ。シェイニー、悪いが先にやらせてもらうぞ」
「はい、どうぞー。すぐにメインデッシュが行きますからねー」
「お姉ちゃん、ごめん。我慢できないわ」
食事の準備を手伝ってたレイニーを座らせると、彼女のコップにビールを注ぐ。
冷えたグラスのおかげで、キメの細かい泡が立ち、見てるだけで喉が鳴った。
グラスを取ったレイニーが、ほくほくの揚げイモを摘まみつつ、ビールを流し込む。
「はぁーー、幸せー。なんで、こんなにおいしいものがあるのかしら。これを知ったら、ぬるいエールなんて飲めないわよ」
美味そうにビールを飲むレイニーに釣られるように、俺も自分のグラスに注いだ。
揚げイモのほくほくさと塩気を感じつつ、ビールの苦みとのど越しが悪魔的な快楽を脳に送り込んでくる。
「うんめぇーー。『
「たしかに、暑い地域で周囲を冷たく冷やす魔導具はあったけど、食糧品の冷蔵保存用って使用目的で使ってる魔導具はなかったものね。食料保存は基本氷室とか、地下収納庫だし。さすが柊斗だわ。まぁ、その分、お金もかかってるけどさ。それを差し引いてもビールは美味い」
魔導具の発展したこの世界は、いろいろと便利ではあるが、俺の世界にあった物全てがあるわけじゃないため、【価値創造】スキルで新たな魔導具も作り出して販売してる。
ただ、俺がハンドクラフトで作るので、量産はできず、値段はどうしても高めになるのが欠点でもある。
「お待たせしました。本日のメインディッシュであるミティティが焼き上がりました。昨日仕込んでおいた酢漬け野菜もいい具合に浸かってるので、脂をさっぱりさせたい時は召し上がってくださいねー」
シェイニーが新たにテーブルの上に置いた大皿には、牛のひき肉に香辛料を混ぜ、円筒形に焼いた皮なしのソーセージが付け合わせの酢漬け野菜とともに並んでいる。
「いただかせてもらう!」
少し腹に食べ物が入ったことで、空腹が増していた俺はフォークを手に取ると、ミティティを刺し、口の中に運んだ。
噛むごとに香辛料と牛のひき肉から出た脂が溶け合い、旨味が口の中いっぱいに広がっていく。
食べたら、食べただけ、また食欲が増し、次の一本を身体が欲していた。
「シェイニーの作るミティティは美味すぎる。止まらないぞ」
ミティティを頬張り、ビールを流し込むたび、空腹を訴えていた身体が喜びの反応を返してくる。
「特製の香辛料を使ってますので。それに、わたしは柊斗さんの好みを徹底的に調査してますからね。わたし以外、誰にも胃袋は掴ませません」
マジでこのままだとシェイニーの食事に慣らされて、他の飯が食えなくなる気がする。
だが、手が止められない。
「はぁああああ、お姉ちゃんのミティティうまーい。ビールもうまいよぉおおお」
「レイニーは酢漬け野菜も食べなさい。野菜も取らないとねー」
シェイニーは、付け合わせの酢漬け野菜をレイニーにとりわけていく。
「はぁー、酢漬け野菜でさっぱりするのぉおーーー」
レイニーはすでに、シェイニーの料理に抗うことをやめ、語彙力をなくして降伏しているらしい。
俺も降伏間近まで来ている。
「うめぇ……。仕事のない日に昼間からこれをやると耐えられねぇなぁ……」
「先ほどの取り決めにより、今度からはわたしたちは近くの家に引っ越してきますので、いつでも柊斗さんのお世話できますからご安心くださいね」
シェイニーは慈悲のこもった顔でニコリと微笑む。
悪魔的な誘惑すぎんだろ……抗えねぇ……。こんなを続けられたら抗えねぇよ。
シェイニーの巧妙な策を知りながらも、手と身体は動きを止めず、ミティティを貪り、揚げイモを貪り、酢漬け野菜でさっぱりとリセットさせ、ビールを流し込み続けた。
「ふぅ、食った食った……もう、食えねぇ」
「あたしもお腹いっぱい」
「わたしも満足しました。では、レイニーとお片付けしておきますので、柊斗さんはゆっくりしててください。レイニー、酔っ払ってるところ悪いけど、片付け手伝ってね」
「ふぁあい、お手伝いしまーす
綺麗に食べ終わった大皿を重ねたシェイニーが、テーブルの上を綺麗に片付けていく。
家事全般が苦手な俺としては、シェイニーの言葉に甘えさせてもらうことにした。
「二階で仕事してくる」
「はーい、お酒も飲んでますし、仕事は気を付けてくださいね」
「あれくらいじゃ、飲んだうちに入らないって」
レイニーは、そこまで酒が強くないが、俺は酒にはそれなりに強い方であるため、腹こそ膨れたが、ビールで酔っ払った気はしていない。
俺は片付けを始めた二人に手を振り、二階の続く階段をあがった。
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