第6話 店主はつらいよ
ビューザーを見送った俺は、人気の少ない場所に移動し、肩から下げた革の鞄から、『風信樹』を取り出し発動させ、レイニーを呼び出す。
しばらく呼び出しの音がしていたが、繋がるとレイニーの声が聞こえてきた。
『柊斗、どうしたの? もしかして、目的の物がもう見つかった?』
ドラグニティ市場では風の精霊の力が弱いので、レイニーの声に雑音が混じる。
『ああ、『吸水の魔核』と『青の魔結晶』は見つけて購入できた』
『金額は? いくらだった? あたしは最初に依頼料をちゃんと柊斗に伝えてたはずよね?』
俺が目当ての物を買えたと聞いたレイニーが、購入した値段を尋ねてくる。
信用がないのは、今までの実績だよな……。
ジャンカー魔導具店の魔導具販売の方は、万年赤字垂れ流し部門だ。
魔導技師協会からの鑑定料の振り込みがなければ、いつ倒産してもおかしくないレベルの赤字が出ている。
赤字の理由は、俺が在庫と称し、色んな中古部品をドラグニティ市場で買い漁った金。
その中古部品をしまっておくため店の隣に借りてる倉庫代金。
依頼料を超える原価で魔導具を作り続けている。
上記3点のおかげで、絶賛赤字垂れ流し中であるのだ。
シェイニーはおっとりしてて、金に関しては俺の稼ぎなので自由にすればいいと言ってくれてるが――。
レイニーは、店を倒産させず現状を維持をするため、放漫経営をしている俺に原価の管理をするよう厳しく言ってくる。
『えっと、10万ガルドかな――』
『10万ガルド……柊斗、依頼料いくらか覚えてるよね?』
急にレイニーの声が低くなった。
その声、怒っていらっしゃいますよね。
『た、たしか、6万ガルドだったかな――いや、7万ガルドだったか?』
俺はできるだけ明るい声で返答する。
『6万7千ガルドで引き受けた依頼。それが、『吸水の魔核』と『青の魔結晶』だけで10万ガルド……。『弱火の魔石』と『発火の精霊糸』と『小さな歯車心臓』の値段を入れて原価を再見積もりしてもらえるかしら』
レイニーさん、声が怖いっす。
声に震えながら、完成品の製造原価を再計算していく。
『えっと、13万8千ガルドくらいかな』
『依頼料は?』
『6万7千ガルドっす』
『柊斗は計算できる偉い子だよね? 差し引きいくらの儲けが出るかな――』
『7万1千ガルドの赤字です!』
だらだらと冷たい汗が全身から噴き出していく。
俺の中古品漁りでレイニーに怒られるのはいつものことだが、今日は大激怒の日だったらしい。
『店に赤字が続くとどうなりますかねー。柊斗はちゃんとわかってるよね?』
『はい、倒産します。俺も借金を抱え、従業員も解雇せねばなりません! なんとしてもそれだけは阻止しますので今回ばかりはお許しください!』
風信樹からバタバタとした音が聞こえてきた。
『レイニー、貴方は柊斗さんのことを強く責めすぎです。わたしたちが今ここで普通の生活をさせてもらっているのは、柊斗さんのおかげ。最悪、店が倒産しかけたら、わたしたちがドラゴン一頭を狩ってこれば済む話でしょ。それに魔導具販売以外の鑑定事業で利益は出てるはず。柊斗さんはしっかり仕事をして、わたしたちを食べさせてくれてるのよ』
『お姉ちゃんがそうやっていつも柊斗を甘やかすから、魔導具販売の部門がいつも赤字垂れ流しなの。旅続きの冒険者生活を終え、ようやく王都に構えた店が潰れたら柊斗と一緒にいられる時間が減るかもしれないでしょ! だから、潰しちゃダメなの! お姉ちゃんだって柊斗と離れたくないでしょうが』
『わたしは柊斗さんにずっと付いていくつもりです。たとえ店が潰れたとしてもずっと、ずっと。永遠にお仕えすると誓ってるから』
『あたしだってそうだよ』
あー、えー、『風信樹』越しに姉妹喧嘩はやめて頂けますでしょうか。
『シェイニー、レイニー、喧嘩は終わりだ。とりあえず、目的の物は買えたし、レイニーには後でちゃんと謝罪するから、ガラクタ街の噴水に集合しよう』
『え? あ、うん。分かった。お姉ちゃんも聞こえたよね。噴水に集合だって』
『承知しました。すぐにまいります。レイニー行くわよ』
『風信樹』から発せられていた二人の声が聞こえなくなった。
向こうが切ってくれたか。
さて、俺もまず二人と合流しよう。
『風信樹』を革の鞄にしまい込むと、集合場所である噴水へ向かった。
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