第16話 勇者パーティと綺麗な景色

 綺麗だ。


 そんなシンプルな言葉しか思いつかないのは、ダイセンの町の高台から見える光景がとても綺麗だからだ。


 ザザアアァァと遠くから聞こえてくる波の音。


 ファサーと頬をなぞる風は、優しさと潮の香りを運んできてくれる。


 壮大な海の景色。


 太陽の光が反射して、まるで海全体に宝石でも散りばめたかのように光輝いている。


 水平線の彼方まで見える鮮やかなコバルトブルーの海は、俺の過去を風が海まで運んで包み消してくれる。


 そんな錯覚に陥る。


「綺麗ですね」


 透き通るような声がした。


 聞き慣れた声なのに、いつ聞いても俺を癒してくれる声。


 振り返ると、声の主にピッタリな美少女がプラチナの髪を靡かせて隣に立つ。


 風で靡いた髪を耳にかけながら彼女は未だに海を眺めている。


「私の過去を包み消してくれるかのような景色です」


 寂しそうに言うと、彼女は目を細めた。


「私の過去を消してくれれば、どれほど楽になるのでしょうか……」


 そう呟くとプラチナの髪の美少女は俺を見る。


「過去を消してしまうとリッタ様との思い出も消えることになりますね。それはいけません。どうか辛い過去だけ消してくれませんかね」


 彼女の発言に「ぷっ」と吹き出してしまう。


「ルナ。それは都合良すぎだろ」

「だって……。リッタ様と出会っていない人生なんて考えられません」


 そんな気恥ずかしいセリフを本人の目の前でよく言えたものだ。


 でも……。


「俺もさ」


 小さく言って、海を眺める。


 次に彼女へ発する言葉を忘れそうになるくらいに綺麗な海の景色から、ルナの方へ視線を変える。


 訂正。彼女の方が、もっとずっと綺麗だ。


「俺も……ルナと出会った記憶だけ残して過去の記憶を消したいよ」

「リッタ様……」


 カーン。カーン。


 どこからか鐘の音が聞こえてくる。


 ルナは自然と瞳を閉じ、そのまま背伸びをした。


 鐘の音と合間って、まるで結婚式で誓いのキスをする新郎と新婦のような雰囲気がこの場には流れている。


 ザザァァと聞こえる波の音。ファサァァと吹く風の音。香る潮の香り。


 海の見える高台で2人だけの結婚式。


 結婚式と名乗るにはなんとも寂しいかもしれないが、新婦役がとんでもなく美少女なので、彼女がいるだけで華やかになる。


「えい」


 突如、ルビー色の髪のポニーテールの美少女が現れたかと思うと、俺とルナの間に割り込んで、ルナの口元に何かを付けた。


「ああーん。リッタ様とのファーストキス。なんとも海の香りと吸い付くような感触。甘美。甘美です。甘美ですよリッタ様。どこかタコさんのような──って、ぎゃあアアアアア!」


 ルナらしからぬ悲鳴を上げたのも頷ける。


 突然現れたローラがどこで拾って来たのか、タコとキスさせていた。


「なにを勝手に良い雰囲気になって、あわよくばキスしようとしてるのさ! そんなルナちゃんのファーストキスの相手はタコちゃんで十分だよ!」

「わ、私のファーストキスがタコ……」

「ほら、タコちゃん。もっとチューチューして良いんだよ!」


 ローラの声がわかるのか、タコは彼女の声に反応して足をくねくねさせていた。


「キュええええええ!」


 独特のキレ方。


 ありゃやばいな。


 ブチギレのルナはタコを放り投げると聖剣を生成した。


『セイクリッド・コンシージェ』


 ルナのスキルが発動。目にも見えぬ剣さばきを披露する。

一見、何事もないかのように思えたタコだが、少しすると空中で微塵切りにされた。


「よっと。おっとっと」


 ローラはそれを、どこから出したのか皿に全て乗せた。


「一丁上がり」


 なぜ俺にドヤ顔をしているのかはよくわからない。


「おおーい! 姉ちゃーん! 俺のタコ返してくれやー!」


 遠くから頭にハチマキを巻いた細身のお兄さんが慌ててこちらに駆け寄ってくると、ローラは「はいはーい」と彼に寄って行く。

「ごめんねーお兄ちゃん。これ、借りた礼で捌いておいたからー」


 そう言って皿をお兄さんに渡す。


「おおっ。こりゃ助かる。しかもなんとも綺麗な切り方だ」

「えへへ。まぁね」


 鼻をかいて、あたかも自分で捌いたと言わんとする。


 ルナの手柄を横取りしているぞローラ。


「こりゃお礼しないといけないレベルだな。今度、俺の店に顔出してくれよ。その時は奢りだから」

「本当に? きゃー。お兄ちゃん。ありがとう」


 ルナがお兄さんの手を握ってぶんぶんと振ると、お兄さんは頬を赤くした。


 まぁ、あんなポニーテールの美少女が手を握ってきたら照れるわな。俺だってそうなる。


「こ、こ、こっちこそ、ぼらぼうめだしん」

「ぼらぼうめだしん?」


 深く詮索するなローラ。


 男は美少女に手を握られると語彙力が著しく低下するんだ。


「にゃ! なんでもにゃい! じゃ、じゃ、俺は店があるから」

「バイバーイ」


 ありゃローラに惚れたか……。


「へへ。て言うことで、リッタくん。後でデートしよう。奢ってくれるって」

「殺す……!」


 1人の男が美少女に恋する物語から一変。


 ものすごい殺気と同時にローラに斬りかかったルナ。


 まじで頭の天辺から斬りにかかっていた。


「やばっ!」


 シュパっと真剣白刃取りで受け止めたローラ。


 流石は拳の勇者様だことで。


 普通の人なら真っ二つだったろうな。


「ローラさん……。己が罪を認めて、私に処刑されてください……」

「こわいこわいこわい! ルナちゃん。こわいって!」

「大罪人に対する態度ですので……」

「大罪人って」

「乙女のファーストキス。それがタコだなんて……。どう思います……?」

「んー。無理だね」

「死んでくださいっ!」

「うおおお! まじなやつ! まじなやつじゃん!」


 拳の勇者様の力でも押し返すのが苦しいのか、ローラが押されている。


「ほら! タコってルナちゃんも食べるでしょ!? さっきのはそれと一緒だよ! 食事! 食事だから!!」

「……」


 正しいような、苦しいような言い訳をルナは聞き受けて、ルナが俺を見る。


「タコに汚されたこの体……。ですが、私のファーストキスはまだということでよろしいのでしょうか?」


 すごい重い言い方だな。


 ローラもこちらを見て、ブンブンブンブンブンブンと首を縦に振ってきている。


 ここで否定したら勇者パーティが壊滅してしまうだろうな。


「タコはノーカンでは?」


 そう言わないとダメな雰囲気。


 そう言うとルナは剣を消して、ニパッと笑顔になる。


「ですよねー! そうですよね! あんなもの回数に入らないですよね。ふふっ♪ よかったー! ちょっと焦りましたよ」


 いきなり、ルンルンで飛び跳ねるルナを見てローラが言った。


「ルナちゃんにタコはもうやめておこう」


 おい、ローラ。他のもダメだぞ。

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