島国ダイセン
第15話 黒い物体の調査
「こりゃダメじゃな。わからん」
黄色のつなぎを着た小太りの老人がゴーグルをズラして額に乗せると、白髪の髪がオールバックみたいになる。
髪型など気にする様子もなく彼は椅子に深く座り直した。
「爺さんでもわからないか……」
俺は彼に預けていた黒い小さな物体を返してもらいため息を吐く。
俺がやって来たのは『ダイセン』という小さな島国。
辺境の地にあり、辺りは海に囲まれた綺麗な町だ。
技術が発達している町でもあるので、様々な技術者が暮らしている町。
特に有名なのは花火で、夜空を彩る閃光はこの町の住民の言葉を借りるのならば、エモいらしい。
そんなダイセンの町のメインストリートからちょっと外れた古ぼけた小さな店。
埃っぽく薄暗い。床は軋み、いつ抜けてもおかしくない。
そんな少し怪しい内装の『鑑定屋シハ』の店主、シハ・エーベリンに以前ダンジョンで手に入れた黒い物体を鑑定してもらったのだが、どうやら凄腕の鑑定士でもこの黒い物体はわからないみたいだな。
祖父と孫ほど離れた年齢だが、年齢の壁は関係なく仲良くさせてもらっている。
「そう落ち込むなリッタやい。わしにわからないということは、これは異世界の物という確率が高いということじゃ」
「ほんと?」
「確定はできんがの……。その黒い物体は、あれに似とる」
「あれ?」
「ちょっと待っとれ」
爺さんは、ノロノロと腰を曲げて奥の部屋へと行ってしまう。
「あれじゃて。あれ。どこいったかのぉ」
1人、奥で、ぶつぶつと呟きながらしばらく何かを探している様子であった。
「これじゃ! うおおお!」
ガタガタとなにかが崩れ落ちる音が聞こえてくる。
「おーい。爺さん、無事か?」
適当に声をかけるが返事はない。
「死んだか」
店主が亡くなった今、ここに用はないので店を出ようとする。
「んなわけあるかい!」
「あ、生きてた」
「そう簡単に死なんわい! 老人なめんな若造がっ! あと、もっとテンション上げて声をかけろ! わしが若いころなんて大声出してる奴が正義だったぞい」
「あーあー。うるせーうるせー。いつの時代だよ。大声出してる奴が正義とかってよ」
両手で耳を塞いだ。
視線を彼の手に向けると、手にはなにかが握られている。
「それ?」
「おお。そうじゃ。これじゃ、これ。数十年振りに出したから、ちと汚いがの」
言いながら渡された、それはよくわからない代物だった。
シルバーの小さな長方形で、厚みが黒い小さな物体よりもある。
まじまじと見ると、相当古いのか、シルバーがところどころ剥がれているのがわかった。
「中を見てみぃ」
「中?」
言われて気が付いたが、どうやらこれは折りたたんだ状態らしい。
ゆっくりと慎重に開くと、簡単に開いた。
「うおっ。キモっ」
つい、声に出してしまった。
シルバーのそれは長細い形となったのだが、持っているところに大量のボタンが設置されている。
押したらなんか起きそうなボタンだ。
「そこの黒い部分。似とらんか?」
「あ、ほんとだ」
ボタンの所を下部として、上部には俺が持ってきた黒い物体の部分と似たような形をしている。
「実はな。それも異世界人が持ってきた物体と言われておる」
「へぇ。これがね」
言いながら、裏表、側面と、くるくる回して見てみる。
「遥か昔は光っていたらしい」
「光魔法じゃなくて?」
「うぬ。原理は未だに解明されておらぬがの。わしの先祖が預かったとかでまだここにあるわけじゃな」
「それってことは、俺が持って来たのと同じ?」
「全く同じとは断言できんが。光魔法でない以上、近しい物かと予想はできるの」
「ふぅん。さっきも言ったけど、俺が持ってきたのは古代文字の他に人物画が映ったんだよ。これにもそんな感じなものが映るの?」
聞くと爺さんが「うーん」と難しい声を出していた。
「いや、の。わしも実際に光っているところを見たことがなくての。幼い頃に祖父から聞いた話しなんじゃ」
「爺さんの爺さんじゃ、相当昔ってわけか」
「そうそう。ええっとの。その物体の使用用途を爺さんから聞いたんじゃが……。ええっとの……」
必死に絞りだろうちしている爺さんが、うーんうーん、と唸っていると、ポンっと手を叩いた。
「そうそう。あれじゃ。それは連絡をする道具だと聞いたぞ」
「連絡……?」
首を傾げてしまう。
「連絡って……。こいつが伝書鳩みたいに飛ぶとか?」
こんな、もの言わぬ物体が空を飛ぶ姿はシュール過ぎて笑える。
「違う違う。その上部の黒い部分。そこが光った時、任意の文字を送ったり受け取ったりできるとかなんとか」
「なるほど……ね……」
確か、この黒い物体を拾った時、最初は古代文字で埋め尽くされていたな。
ドラゴンの恋文? なんて少し冗談混じりで話が終わってしまったが、もしかすると、あれは誰かからの連絡だったってことか?
連絡だったのだとしたら、俺の古代文字の翻訳は文法がめちゃくちゃだ。正しく翻訳はされていないだろう。
それを解析して、この黒い物体の持ち主と出会えれば、もしかしたら父さんに近づけるかもしれないな。
「あ! 思い出した!」
唐突にでかい声を出すから耳が、キーンってなった。
「うるさっ。どうしたんだよ急に。」
「その物体の名前じゃよ」
「名前? へぇ。気になる。教えてくれよ」
もし、仮に爺さんの言っているのが本当ならば、世の中がひっくり返るような代物。相当凄い名前なのだろう。
わくわく。
「『けーたいでんわ』という名じゃ」
「へ?」
「けーたいでんわ。じゃ」
「はぁ……」
ついため息がついてしまった。
なんか肩透かしというか。
ちょっと、何ていうか……。うん。ダサいな。ニュアンスが。
「まぁ。名前は置いておき。その、けーたいでんわって言うのと俺が持ってきたものは似ているってことだよな」
「うぬ。ちなみにじゃが、そのけーたいでんわとやら、1度だけ光を灯したことがあると聞いたことがある」
「まじか。どうやったんだ?」
予想できるのは光を放つ道具だし、光魔法といったところか。
「雷の魔法を当てたら復活したとのことじゃ」
「雷の魔法? 光の魔法じゃなくて?」
「光ではない。雷じゃ。わしも爺さんから聞いたことじゃから原理はまったくわからんがの。雷の魔法は神の領域。もしやすると、異世界人というのは神様で、神の魔法で復活したとでも言うのかの? しかし、雷の魔法を放っても、光ったのは一瞬だったみたいだがの」
「雷の魔法か……」
「爺さんの時代は当時の勇者様が扱えていたらしいのう。おそらく勇者様が異世界人の頼みを聞き受けてあげたのじゃろうな」
どこか懐かしむように言ってのけると、次に険しい顔つきになる。
「数年前であれば、アシュライ王家に仕えていた3賢者が扱えていたらしが、裏切りの3賢者もこの世にはおらん。まぁ、あの3人は人間の皮を被った魔人とも言える奴等じゃったから死んで当然じゃ。リッタはよくやってくれた……」
少し、しんみりとした空気になり「おっと。すまんの」と明るく切り返す。
「今じゃ、この世で雷の魔法なんぞ使えるのは勇者パーティのフレデリカ王女くらいか。勇者パーティに会うのは厳しい……」
言いかけてこちらを見てくる。
「って、そういえばリッタはフレデリカ王女と仲が良いんじゃないのかの?」
「ああ。めっちゃ仲良しだよ」
答えた後に「爺さん」と優しく論ず。
「ちなみにフレデリカはもう王女様じゃないんだから。王女って呼ぶと怒られるぞ」
「おっと。そうじゃな」
失言をしてしまったと、少し反省の色を出してから提案してくれる。
「仲が良いのなら頼んで見たら良いのではないか?」
「そう……だな。でも、雷の魔法って魔力の消費が激しいだろ。研究したいから、1回光ってはいおしまいじゃちょっとな……。でも何度も何度も頼むのは気が引けるな……」
「だが、それ以外の方法も今のところはないの」
「そうだよな……」
大きなため息が出ると、やれやれと肩をすかして言われてしまう。
「わしも仕事がてら調べてやる」
「爺さん。ありがとう」
礼を言うと、俺は手で持てるくらいの小さな蓋の付いたタルを取り出して爺ちゃんに渡した。
「ぬ? これは?」
「この黒い物体を拾ったの『ベラール』の町の近くなんだよ。爺さん酒好きだろ? あそこの酒うまいからお土産」
「リッタぁ! おうおう。流石はわしの親友じゃぁ」
「こんなヨボヨボの親友はいらん」
こちらの言葉を無視して、爺さんはタルを開けて、中身を飲んだ。
「おいおい。仮にも仕事中だろ?」
「ぴはぁ。良いんじゃよ。お前さん以外に客なんて滅多にこん」
どうやってこの店は成り立っているのだろうか。
店の不景気を心配している俺をよそに、酒を飲んでご機嫌な爺ちゃんは「そうそう」と楽しそうに言ってのける。
「数日後にこの町で花火大会が開かれるぞい。黒い物体の調査とか魔王とか色々物騒だが、フレデリカさんに用があるのなら、ついでに勇者パーティの誰かを花火大会に誘ったらどうじゃ?」
「ああ。そういえば、そんな時期か……」
以前にもルナとその話題になったな。
「考えとくよ」
そう言い残して俺は店を出た。
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