第6話 勇者パーティと山の中

「そういえば今から行くダンジョンってのはどこにあるんだ? この山の中とか?」


 町を出てから平地を歩き、今は山の中を歩いている。


 先程からずっと右腕にくっついているルナに尋ねると、すぐさま答えが返って来る。


「この山を越えた先にある森の中にありますよ」

「山を越えるのか。だったら馬車の方が良かったんじゃないか?」

「良いじゃないですか。ゆっくりこうやってリッタ様と歩いていけるのですから。今日は良いお天気ですし、馬車じゃもったいないですよ」


 彼女の言葉の後に、優しい風が吹いた。


 風に煽られた木々が優しく枝をしならせて、サアァァと葉を揺らす。


 頬をなぞる風の心地良さ。


 木々が奏でる葉の音。


 馬車に乗っていると感じられなかっただろう。


「だな」

「でしょ♫」


 語尾を、ルンとさせて、ギュッと腕を掴んでくれる。


 今からダンジョンに向かうって言うのに、清楚系の彼女とデートでハイキングをしている錯覚に陥る。


 いかんいかん。


 一応、山の中にも魔物は現れる。


 魔物は、自分の力量がわかっていない奴がほとんどなので、どれほどの達人であっても襲い掛かって来る。


 もちろん、それは勇者パーティであっても例外ではない。


 勇者パーティがどれだけ強くても、弱い魔物は本能として人を襲う。


 襲って来る以上は弱い魔物でも油断したらだめだ。


 どんな相手でも警戒しておいた方が良い。


 今の状況に置いては、荷物持ちのエリスが1番警戒しておいた方が良いと言えるだろう。全員の分の荷物を持っているから両手が塞がっているし。

エリスに注意喚起しておこうと後ろを振り向いたが。


「あれ?」


 後ろを振り向いたが、誰もいなかった。


「いかがなさいましたか?」

「エリスはどこ行った?」


 荷物を持ってのろのろ来ていたエリスが消えていた。


 ローラとフレデリカは町を1個滅ぼすほどの喧嘩の最中だから、いないのは把握していたが、エリスはどこに行ったのだろう。


「あら。あらあら。思春期性欲爆発妄想ビッチエルフのエリスさんもようやく空気の読めるエルフへと成長してくれたのですね」


 口わっる……。


 清楚系の腹って黒いよね。


 まぁある種人間らしいというか、なんというか。俺は別にこういうルナも嫌いじゃない。むしろ好感が持てる。


「えへへ。2人っきりですね」


 普段は上品に笑うルナも、時折こういう幼い笑みを見してくれるのは正直、ズルい。


「そ、そだな」


 ついつい視線を逸らしてしまった。


「あれ? リッタ様。もしかして……照れてます?」

「べ、別に照れてはいないけど……」

「ほんとですかぁ?」


 そう言って、彼女は悪戯をする少女の笑みをしながら、無理やりに目を合わせようとする。


「ちょ、ちょっと……」

「本当のこと言わないとずっとこうしますよ? んん?」


 それは、ちょっと困るな。


 碧眼の綺麗な瞳で真っすぐ見られて、頬が熱くなるのがわかる。


「て、照れた……」

「ふふ」


 軽く、短く、可愛く笑うと、絶妙な角度で首を傾げてくる。


「なんでです?」

「なんでって……」


 本当にルナはズルい。俺のツボを、バシバシ押してきて、俺に照れる以外の行動をさせない気である。


「それは……」

「それは?」


 優しいオウム返しにギブアップ。


「綺麗な顔で……その、笑う時、可愛らしく……笑うからだよ」

「はい♡ よく言えました♡」


 まるでお姉さんみたいに俺の頭を撫でると、その手をすべらすように俺の頬へ持っていく。


 俺の両頬を優しく手で包むと強制的に視線を合わせてくる。


「リッタ様。このリッタ様が褒めてくれた顔も、体も、全て……。全てはリッタ様のものですよ。あの時から全て。運命は決まっていたのです。私はあなたのものになると。ですので、視線を逸らすことなどせず、ずっと見ていてください。私はあなたと見つめ合いたいです」


 綺麗で清楚な顔が目の前にある。恥ずかしくて視線を逸らそうにも、手で顔を優しく抑えられており彼女から目が離せない。


『ぴぎゅううううう……』


 あ。魔物だ。


 弱いスライムがルナの後ろに立っている。


「ルナ。魔物が……」

「魔物? そんなものは今、どうでも良いです」

「どうでもって……」


 今のままでは後ろから攻撃をされてしまう。


 いくら弱い魔物といえど、後ろから攻撃されればダメージになるだろう。


『ぴゅあがあ!』


 魔物がルナ目掛けて襲い掛かってくる。


『ぴゅがああああああ!』


 しかし、魔物はルナに襲い掛かろうとした瞬間、蒸発して跡形もなく消えた。


 なるほど。ルナのレベルが高すぎて、弱い魔物はルナに近づくだけで消滅してしまうのか。


 剣の勇者……。なんと恐ろしい存在だ。魔物からしたらルナの存在はたまったもんじゃない。


「リッタ様。よそ見してますよ」


 ルナは上目遣いで、瞳をうるうるとさせて俺を見る。


「私だけを見つめて」


 儚げに言って、彼女は背伸びをして唇を近づけてくる。


 このまま唇と唇が。


「『プロヴェクタ・イグニスト』」

「ちっ」


 瞬間、周りが熱くなったかと思うと、こちらに向かって巨大な火の玉が物凄いスピードで真っすぐやってくる。


 舌打ちをして離れたルナは瞬時に剣を出して、火の球を下から切り上げるように斬った。


 火の玉は真っ二つに割れ、軌道を上空に変えると、空で爆発した。


「ルーナー。ローラの次はおーまーえーかー」

「あーあ。お子ちゃまに邪魔されてしまいましたね。ローラさんはどうしたのでしょう?」

「ローラは縛って来た。しばらく動けない。次はルナの番」

「縛りプレイはリッタ様としかしませんので、ご勘弁ですね」


 あー。次はルナとフレデリカのバトルが勃発してしまったな。


 いつになったら、ダンジョンに着くことやら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る