第4話 勇者パーティでは抜け駆けは許されない

「杞憂だったわね」


 酒場を出たすぐのところに腕を組んで立っている美少女がいた。


 月明りに照らされた黄金の髪が、夜風に靡いて芸術品を見ている気分になる。


 ほろ酔い状態だったのだが、一瞬でアルコールが消えた気がした。


 それほどまでに美しい光景。美しい少女。


「エリス。戻ってなかったのか」

「周りの客がこっちを睨んでいたわ。八つ当たりでリッタに絡むんじゃないかと思って」


 そうか。だからエリスは最後まで付き合ってくれようとしたのだな。


 俺が襲われないように。


 優しい女の子だ。


「ありがとうエリス」


 素直に礼を言うと、夜でもわかるくらいに真紅に頬を染めた。


「や、宿まで送るわよ」

「俺なら大丈夫だって」

「そりゃ男に襲われたらあんたは強いから大丈夫でしょうけど、女に襲われたら断れないでしょ?」

「いや、普通に断るけど?」

「どうだか!」


 少し怒った口調で言われてしまう。


「そうやって気が付いたら勇者3人を口説いてるんだから」

「口説いてはない」

「うっさい! わたしがそう言うんだったらそうなの! だから、わたしがあんたを送るって言ったら送るの! 良い!? あんたに拒否権なんてないんだから!」

「へいへい」


 このめちゃめちゃな理論のやり取りも随分と慣れたものだ。


 彼女の言う、女に襲われるというのは、山賊や海賊に身ぐるみ剝がされるって意味ではない。


 女性が俺をお持ち帰りするために口説くという意味だ。


 この『大魔境時代』では若い男が少なくなってきている。多くの若い男は魔王討伐に向かってその儚い命を散らしてしまった。


 今の時代、女性の冒険者が増えてきている。実際、世界が認める勇者パーティも全員が女性で構成されている。


 子孫繁栄には若い男女が必要。


 子孫が増えないと人類は滅びる。


 それはある程度の年齢になればわかる当たり前の知識。


 知識としては当たり前で簡単ことが、現在では難しいことになってしまっている。


 だから、俺みたいな若い男は優遇される。


 特に女性からの好意なんて丸見えだ。


 それに嫉妬したのが男の中年冒険者ってわけだ。


 俺が美少女と楽しく飲んでいたから嫉妬したのだろう。昔は彼も、ちやほやされたろうに、今では相手にされなくなったのだろう。それの逆恨みも相まっての先程の行動といったところか。


 なので、こんな時間に1人で歩いていたら、1人や2人は絡んでくるかもしれない。


「それにしても。あんたのスキル。凄いわよね」


 先程の戦闘を見ていたのだろう。改めて感心する口調。


「そうか? 地味なものだけど……」

「その地味なスキルで未来の女王様は救われたのよ」


 遠回しな言い方に、過去、エリスとの出会いが脳裏に蘇り、くすりと笑ってしまった。


「『アッパーコンパチブル』だっけ? 相手の能力を盗み、それ以上に使いこなす能力」

「うん。まぁ、そんなとこ。みんなみたいに派手な技じゃないな」

「いや、普通にチートでしょ。仮にわたしと戦闘になった場合、リッタはわたし以上の能力になるんだから、わたしに勝ち目なんてないでしょ」

「いや……。そうでもないかもね。色々と弱点はあるよ」


 どんなスキルでも絶対に弱点はある。


 弱さを受け入れることで強くなる。


 弱さを把握することでより強くなる。


 この世にチート技なんてないんだ。


「ないわよ」


 袖を掴みながら、エリスが小さく言ってのける。


「ない。あんたに弱点なんかない。あんたは最強なの。最強の……わたしの英雄なんだから……もっと自信持ちなさい」

「エリス……」

「そ、そうじゃないと王であるわたしの立場ってものがないじゃない。勇者パーティに入り、最強のわたしの英雄と共に行動している。そんな肩書がないと残された数少ないエルフの民に申し訳が立たないわ。べ、別に、あんたに興味があって今も一緒に行動してるとかじゃないんだからね」


 そんな彼女の言葉に「ふふ」と、つい笑みがこぼれてしまう。


「エリスは変わらないね」

「ど、どういう意味よ」

「深い意味はない。ただ、妖精王になっても変わらないきみは素敵だと思ってな」

「くぅうぅう」


 こちらの言葉に、湯気が出るまで顔を赤くして、ぽこぽこと可愛く叩いてくる。


「あはは。痛い、痛い」

「べ、別に、あんたにそんなこと言われても嬉しくないんだからね」


 王道的ツンデレを頂いていると、いつの間にか本日泊まる宿屋まで戻って来た。


 楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうものだ。


「ありがとうエリス。送ってくれて」

「ちょ、ちょっと、リッタ」

「ん?」

「こ、このまま帰るの?」

「えっと?」

「女の子を1人夜道に帰す気なの?」

「いや、そもそも送ると言ったのはエリスの方だよな?」

「か、体が熱いわ。これは、もしかしたら風邪を引いたかもしれないわね」


 手で自分の顔を仰いでいる。


 そりゃそんだけ顔を赤くしてたら熱いよな。


 彼女がなにを望んでいるのかは理解できる。


「泊まって行く?」


 多分、この言葉が欲しかったのだろう。


 まぁ、今更エリスを部屋に上げるのなんて慣れているから大丈夫だろう。


 聞くと彼女は、ものすごい乙女の顔をした後、腕を組んでそっぽを向いた。


「し、しょうがないわね。あんたがどうしてもって言うから泊まってあげるわよ。これは仕方のないパターンね。うん。そのパターン」


 自分に言い聞かせるように頷くと「ふふ」と笑みがこぼれてしまう。


「な、なによぉ?」

「別に。さ、夜は冷えるし戻って寝よう」

「う、うん……」


 そう言って宿屋の中に入り、2階に用意された自分の泊まる部屋の中に入ると。


「「「おかえりー」」」


 3人の勇者が出迎えてくれた。


 そして。


「「「抜け駆けは許さないんだから!!!」」」


 それを見たエリスは両手で顔を隠しながらしゃがみ込んだ。

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