第12話 呪術、そして狐憑きについて

 どれぐらい狐憑きについて知っているのか。


 雪月にそう問われた孝之は、少し考えた後に、軽く頭を横に振った。


「知ってるって言えるほど、知ってるってことはないな。精々が、悪い念に引き寄せられた霊気が凝り固まったものが、人に凶事を起こすことだとしか……」


 孝之の浅い知識に対して、雪月は軽く肩を竦めると、ん。と、頷いた。


「……大方そんなところだろうねい。おおよその理解としちゃ、間違っていないよ……。旦那、ここから少し、狐憑きについて説明させてもらうが、良いかねい?」


「あー……。できれば手短に頼む」


 孝之は、何となく長くなりそうな雪月の言葉に思わず天井を見上げながらそう言うが、雪月は孝之の言葉に、軽く肩を竦めながらにべもなく返事した。


「悪いが、それは保証できないねい。まあ、とにかく聞きねい」


 そう断りを入れる雪月に、孝之は、諦めたように溜め息を吐くと、胡座の上に頬杖をつきながら、雪月の話に続きを促した。


「そもそもの話、この世には、此の世の摂理を動かす大きな力が存在しているんだねい。大陸の方ではこれを気と言うらしいんだが、こちらでは御霊みたまと呼ばれているねい。そして、御霊と言うのは、大きく分けて二つに分けられるんだねい。すなわち、火の力と水の力だねい」


「火の力と水の力?火で水を消せ人を呪えるってことか?」


 孝之の質問に、雪月は軽く首を横に振った。


「別にこれは物の喩えだから、火と水のそのままの意味じゃない。大陸では、陰の気と陽の気と呼んでいるようだねい」


 陰の気と陽の気。

 その言葉には孝之にも聞き覚えがあった。

 以前、昇殿の際に雇った陰陽師が、方違の儀式をする際に口にしていた単語である。

 その時は特に何の興味もなく聞き流していたが、今更になってそれにどういう意味があるかを知り、思わず感嘆の息が漏れ出た。

 すると、孝之のそんな態度を前にして、雪月は、そう言う素直なところは旦那の美点だねい。と、からからと明るい笑い声を上げた。


「火の力と水の力、もしくは陰の気と陽の気。この二つの力が混じり合うと、この世にあらざる事が起きる。これを人の意志で行えば呪術、あるいは呪いと呼ばれ、自然に起これば霊障もしくは、祟りと呼ばれるんだねい」


 そこまで言うと、雪月は今まで浮かべていた笑みを消して、居住まいを正した。


「さて、ここで狐憑きの話に戻るよ。狐憑きってのは、最も基礎的な霊障にして、最も使い勝手の良い呪術だ。だからこそ、最も警戒されている呪術でもあるんだねい」


 そう言う雪月の顔は、今までになく真剣な顔つきで、孝之に顔を近づけた。

 思わず孝之もそんな雪月に釣られて身を乗り出した。


「狐憑きと言うのは、火の力と水の力が交われば勝手に起こる怪異だ。そして火の力も水の力も、直霊なおひによって引き寄せられる。だから、その気になれば誰でも起こすことができるんだねい」


「ちょっと待てよ。その直霊なおひってのは何なんだ?いきなり何を言いやがる?」


 今までの話を無視して出てきた単語に思わず孝之が引っかかると、雪月は軽く肩をすくめて答えた。


「火の力と水の力を引き寄せるものさねい。火の力と水の力は、常に引き合いと弾き合いを繰り返しているんだねい。そのつなぎ止めになるのが、直霊なおひなんだねい。こちらも、大陸の方では、陰中の陽とか、陽中の陰とか言われているみたいだけとねい」


「陰中の陽……。確かにそれは聞いた事があるな。前に雇った陰陽師が言ってたな。ってことはあれか?もしかして、俺がさっき言った悪い念に霊気が引き寄せられるってのは、そう言うことか?」


「全く、旦那は頭の回りが鈍いんだか、鋭いんだか分からないねい。その通りだよ。旦那の言った悪い念に引き寄せられるってのは、この直霊なおひに水の力と火の力が引き寄せられる事を言うんだねい」


 呆れているとも、感心しているともつかない声を聞きながら、孝之は雪月から聞いた説明を頭の中で整理した。

 つまり、狐憑きと言うのを纏めると、直霊なおひによって火の力と水の力と呼ばれるを操る事らしい。

 ただこれさえすれぱ、自然に起こるし、誰にだって、それこそ、子供にだって引き起こすことができる。


 つまりは、呪術とは、直霊なおひによって火の力と水の力を操るものであり、これにより超常的な現象を引き起こす技術であると言うことだ。


 そこまで頭の中で整理した事を孝之は、整理した事実を雪月に話すと、雪月は鷹揚に頷いた。


「そうだねい。細かいことを言えば、あくまでもこれは大筋だし、それだけで全ての説明がつく訳でもないが……、そう言うことになるかねい」


 右の人差し指を髪の毛に絡ませながら雪月は小首を傾げてそう言うと、そんな雪月に孝之は両手を上げて首を振った。


「悪いが、俺にこれ以上の理解を求めるなよ。そもそも頭の出来には自信がねえんだ。興味もねぇやたら専門的な話を持ち込まれて、はい分かりました、とは言えねぇよ」


「分かってるさ。呪術ってのは、深淵だからねい。私にだって説明しきれないものや、理解しきれないことばかりだからねい。下手に知った気になられては困るよ。……まぁ、だからこそ説明が難しいんだけどねい」


 孝之の説明に、雪月は困ったように髪の毛をいじりながら歯切れの悪い事を言った。

 恐らくは、雪月の何か譲れない一線として、この説明に対して納得しきれないものがあるのだろう。

 とは言え、孝之は必要以上にその話に首を突っ込むつまりはなかった。


「……まぁ、それは分かった。だが、それが一体今までの話とどう繋がるんだ?」


 話を替えた孝之に、雪月よ暫く考えた様だったが、すぐに肩をすくめてその言葉に乗った。


「……先に言っただろう?誰もが使える呪術ということは、最も警戒されている呪術だということだと。それは言い換えるなら、この葦和の国において最も重要な人物である皇室関連の人間は、狐憑きを最も警戒しているということだよ。だから、狐憑きにかかる事はあり得ないんだよ。……普通ならね」


「…………まあ、それは元より分かっている事だがよ。だとしたら、何故そんなことが起こってるんだ?」


 孝之の質問に、雪月は鋭く目を細めながら言った。


「決まっているだろう、そんな事。皇室周りの人間が斎王を殺そうとしているんだよ」



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