第13話 宇治原の五家
皇室周りの人間が斎王を殺そうとしている。その話を聞いた孝之は、何も言わずに深々と息を吐くと、暫く黙り込んだ末に口を開いた。
「……滅多な事を言うもんじゃねえぞ。そんなの国家の大罪とか言う段階の話じゃねぇ。葦和に叛旗を翻す大乱そのものじゃねぇか。俺の首一つ刎ねて収まる様な話じゃねえぞ?」
孝之は、腕組みをしながら、訝しげ、と言うよりも、最早、雪月を咎める様に不審げな視線をした。
事実、孝之の言う様に皇族、皇籍の身にある人間に害を加える事は、一族郎党皆殺しは元より、支配している領国の殲滅もありうる恐ろしい話である。
しかし、そんな孝之に対して、雪月は皮肉げに口の端を歪めると、孝之の心配をせせら笑った。
「そう深く考えるものじゃないねい。そもそも、皇室がどうこうと言ったが、今の皇室は宇治原の血筋に連なる者が殆どだ。事実、今の
「じゃあ何か?宇治原の一族を呪っている奴が、宇治原の道比等を殺す為にこんな大それた事をしてるって言うのか?じゃあ、その呪っている誰かを見つければ、全部解決ってことか?」
孝之の質問に対して、雪月はいや…。と首を横に振った。
「ここまでの読みが正しければ、犯人の見当はつくねい。概ね、宇治原の道比等の最大の政敵の二人。宇治原の
「……随分ときっぱり言い切るな……。なにか根拠でもあるのか?」
「根拠と言える程のことはないがねい。状況を整理すると、それしか考えられないんだよねい。旦那、筆と墨と、あと何か書くものを用意してくれないかねい」
そう言われて、孝之は面倒くさそうに頭を掻くと、布団の上から立ち上がり、書斎から紙と墨と筆を用意して部屋に戻ったが、戻る頃には雪月は布団の中に入り込んで寝息を立てていた。
そんな雪月に思わず孝之は、呆れた様に溜息を吐くと、寝ている雪月の尻に蹴りを入れて叩き起こした。
すると雪月は、面倒臭そうに布団の上に起き上がり、頭を掻きながら孝之を見上げた。
「ああ、遅かったじゃないかねい。ついつい眠り込んじまっていたよ。全く。旦那は使えない男だねい」
「うるせぇ。そんな時間経ってないだろうが。あと、俺はお前の小間使いじゃねえぞ」
「小さい男だねえ。ま、いいさ。それじゃ、色々と私の立てた読みを話すよ」
雪月は、あくび混じりに孝之の持ってきた筆を取ると、孝之に目もくれる事なく、紙の上にさらさらと幾つかの名前を書き始めた。
そこには、宇治原の道比等と言う名前を中心に、道比等の左に菅原の兼房という名前が書かれ、道比等の右に右家、左家、式家、兵家、京家という文字が書かれていた。
「まず、菅原の兼房が犯人であり得ない理由だが、これは単純に兼房の力が弱いからだねい。仮に道比等が死ぬなり失脚なりしても、簡単に次の宇治原の一族の頂点が現れる。それを押さえつけて摂政に成れるほどの力はない。むしろ、道比等を利用して自分の立ち位置を強くするのが、賢いやり方だ。だから、あり得ない」
そう言うと、雪月は菅原の兼房の名前の上にバツ印を書き入れた。
「次に、晴臣だと断定する理由だけどねい、旦那も知っているだろうけど、現在、この葦和の国を牛耳っているのは、五摂家と呼ばれる五つの家の貴族たちだ」
五摂家。
それは
別名を
「まあ、それなりにはな。確か今は、宇治原の道比等がその五家を取りまとめる『氏の長者』を勤めてるんじゃなかったか?」
孝之が自信なさげに口にすると、雪月は、その通り。と、筆の穂先を突きつけながら言った。
孝之が言う『氏の長者』とは、宇治原の一族全体を取りまとめる役職だ。
そんな『氏の長者』を宇治原の
その事を雪月に指摘すると、雪月は鷹揚に頷いた。
「確かに旦那の言う通りだねい。道比等は、『氏の長者』の権勢を利用して摂政の職まで手にしている。だから、まあ、順当に考えるなら、宇治原の一族が足を引っ張ることは考えにくい」
そう言った雪月に異論を挟もうとたかゆきがの口を開きかけた時、が。と、雪月は孝之を言外に制した。
「が、だよ旦那。ここで注意するべきは、宇治原の五家と言うのは、一枚岩じゃない。かといって、互いに相容れない訳でもない、複雑な関係にあるんだねい。まずはそこを理解しないといけない」
雪月はそこで言葉を切ると、今度は宇治原の一族の名前の上に、一斉に✕印をつけ始めた。
「五摂家の中でも、道比等が当主を努める宇治原の右家と、それを支える式家と京家は、今回の事件に絡んでるとは考えにくい。だから、この勢力に所属する人間は今回犯人から除外して良いと思うねい。次に、左家と兵家だが、兵家は基本的に中立主義者だから、これも道比等を相手に敵対したとは考えにくい、となると、残りは」
「左家の当主だけが残る、か」
そう言った孝之に、その通り。と、満面の笑顔を浮かべながら、孝之に筆の鋒を突きつけた。
「その通りだよ、旦那。宇治原の左家の当主である晴臣。道比等を嵌める理由だあるのは、こいつけだ。だから、もしも旦那の指摘の通りであれば、宇治原の晴臣が旦那を嵌めたと言うことになるだろうねい」
そう言って、雪月は晴臣の名前に丸をつけ、孝之は紙の上に視線を落とした。
「……なんだか、急にえらく俺と縁遠い話になったな。宇治原の五家だの、摂政だの、あーだのこーだの、一体なんだってそんな話が俺に絡んでくるんだ。ってか、随分と話がややこしくなってきたな。結局、何が起こって、何をどうすれば俺は助かるんだ?」
思わず苦々しい顔をして呟く孝之に、雪月も苦笑を浮かべながら孝之に同意した。
「そうだねい、旦那の言う通りだ。私も、何が起こって、何がどうなってんのか、さっぱり分からない。私の読みが正しければ旦那は宇治原の一族に狙われている。旦那の勘が正しければ、旦那の叔父上が命を狙っている。そして、何れにしろ、旦那は国の大事に巻き込まれている」
宇治原の一族の名前が書き込まれた紙を前にして、雪月を腕組をすると、暫く考え込んだ末に孝之に、目線をやった。
「一応聞くんだがねい、旦那は宇治原の一族に恨みを買うようなことはしてないかい?」
「さあな。何かの拍子に買ったのかも知れないけど、俺の心当たりの有る限りではな……」
孝之の返答に、雪月もだろうねい。と呟きながら、再び宇治原の一族の名前が書き込まれた紙の上に視線を落とした。
そもそも、孝之の立場と地位は、本来、内裏に上がることすら許されないような地位だ。
良く言えば使い捨てるには丁度良いかもしれないが、悪く言えば、何処に転がってもおかしくない、信用の置けない半端者だ。
そう考えれば、国家の趨勢を決めるような陰謀に巻き込まれるのは些かならずとも問題が大きすぎる。
そもそも、斎王の狐憑きについても、本当にあるのこどうかも判然としない。
この事件を見極めるには、まだまだ足りない情報ばかりだ。
「狐憑きが本当なのかどうかは知らないが、先ずは何が起こってるのかを調べる必要があるねい。もしも本当に狐憑きが起こってるんなら、
雪月ほ、そう誰に言うともなしに呟くと、徐に孝之の顔を見た。
「旦那。ここは一度、滝面の武士になってくれないかねい?」
ポイント評価、ブックマーク登録お願いします。
できれば感想などもあれば、今後のストーリー作りに参考になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます