第17話 橘の孝之、平の篤子に出会う。
雪月が孝之の陰陽法師となる事を了承した後、孝之は目録をまとめ参内のための準備を整え終えた。
その後は、規定の通りに内裏からの使者を待ち、すぐに参内を果たした。
そうして、人生で二度目となる参内を果たした孝之は、内裏に入ってすぐに紫宸殿へと通されることになった。
内裏の様子は以前と相も変わらない様子で、殿上人どもはこちらに陰口を囁く様に陰湿な視線を送る様は、孝之にはどうしても馴染めないものだった。
好奇と敵意と嘲弄が入り混じった珍妙なものを眺める様な視線に言い知れない不快感を覚えると、孝之は思わず辟易としてため息を吐いた。
そんな孝之に、雪月はニヤニヤと笑いながら話しかけた。
「随分と辛気臭い面をするじゃないかねい。まるで、起きながら悪夢でも見ている様じゃないかねい」
「その理由の一つには、間違いなくお前も入っているがな。……できれば、二度とここの門をくぐることはしたくなかったんだがなぁ」
思わず雪月の言葉に棘のある返事をした孝之だが、そんな孝之に雪月は揶揄う様な笑みを浮かべ、そんな二人を遠巻きにする殿上人はますます不快感のある視線を送る。
その全てが煩わしかったが、ともあれまずは道比等が出るまでの間、待っているばかりで暇である。
すると、雪月は道比等を待つ間に用を足してくると言い、その場を離れた。
残された孝之は暇潰しがてらに紫宸殿の中を見回すと、花瓶に生けられた花が目につき、何となくその葉っぱをちぎって草笛を吹いた。
すると、その時だった。
「何をなさっておられるのですか?」
そう声をかけられ、その声のした方を振り向くと、そこには厳しい顔をした女が孝之の前に立ちはだかっていた。
しかも女官ではないらしく、着ている装束は男物だ。しかも、礼服の束帯ではなく、動きやすい
その一方で顔の造作は整い、体つきも一般的な女よりも背丈が高く、しっかりとしている。
声の調子で辛うじて女だとわかったが、もしも口を開かなければ、どこぞの貴公子としか思われなかったろう。
とは言え、何故に内裏に女が男装で来ているのか、不思議なところである。
孝之の方こそ、何をしているのかと問いたい気分だったが、ひとまずは女の方の質問に答える事にした。
「見ての通りだ。暇潰しに草笛を吹いてたんだが、何か悪かったか?」
「いえ。……ただ、随分と周りの方と様子が違う方でしたので、失礼しました。私は今回、西国は
太宰府の長と頼網という名前を聞き、孝之は内心ますます首を傾げながら、篤子と名乗る男装の麗人に質問した。
「太宰府と言えば、今は西国武士の棟梁、平の
「……いえ、今回私が内裏に上がったのは、今上帝に舞を捧げる為にございます」
孝之からの質問に、男装の麗人は苦しげに黙り込むと、ややあって少し辛そうな顔をしながらそう答えた。
その返答に孝之はますます首を傾げた。
「……舞を?となると、雅楽師の端くれか?武士の身分で雅楽師になった者など、聞いたことがないが……」
思わず孝之がそう呟いた時だった。
「おや?旦那、良い男と知り合っている様じゃないかねい。そんな趣味があるとは初めて知ったよ」
どうやら用を足し終えたらしい雪月が戻って来て、孝之を揶揄う様に男装の麗人と話す孝之に笑いかけた。
そんな雪月に孝之が言い返そうとすると、それよりも前に男装の麗人の方が、雪月へと頭を下げた。
「それでは、私はこれにて失礼させていただきます」
そう言い残すと、男装の麗人は一瞬だけ、妙に強い目付きで孝之と雪月を睨み付けたが、それ以上には何も言わずにそのまま、そそくさとその場を立ち去った。
どうやら、何か自分が勘違いをしたことに気づいたのだろう。
雪月は、孝之に近づくと、首を傾げて話しかけた。
「……あの声、女かい?旦那とはどう言う関係だねい?」
「さあ?単に話しかけられただけだからな。どうと訊かれてもな」
「そうかい?その割には、最後に何やらキツい目付きで睨み付けられたようだけど、本当にそれだけの関係なのかねい?」
尚も訝しげに質問を重ねてくる雪月に、孝之は溜め息を吐くと、先ほどした男装の麗人とした会話を雪月に話した。
すると、一部始終を聴き終えた雪月は、心底から申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭を掻いた。
「……なるほど。……あの娘には悪い事しちゃったねい。そりゃ、怒りもするか。旦那よりも私の方が調子に乗ってたみたいだねい」
珍しく殊勝な事を言う雪月に、孝之は思わずどう言う事なのかと聞こうとしたその時、道比等が現れたことでそのまま話は流れた。
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