第7話 孝之の理
「……死んだじいちゃんと約束したんだよ。だから、その約束がある以上、勝手にここから逃げ出せるかよ」
「……おじいさんと?一体どんな?」
遊女からの疑問に、孝之は静かに答えた。
「……子供を助けてやれ、子供を守ってやれ。ってな」
口にして、我ながら小っ恥ずかしいことを言ったな。と、思わず孝之は自身の顔を手で隠した。
自分でも、無頼暴漢の類である事は自覚している故に、その言葉は口にするだけで妙に気恥ずかしかった。
しかし、孝之の答えを聞いた遊女は意外にも、笑うこと無く静かに耳を傾けていた。
「……俺みたいな無頼漢が何を言ってるんだと思うだろうが、要は俺はじいちゃんとの約束で子供を守ると決めているんだよ。それで俺は盗賊をやるかどうか迷っているの!笑うなら笑えよ」
奇妙な沈黙に耐えかねて、孝之が半ば逆上する様に遊女を向くと、遊女は先ほどと変わらぬ態度で孝之に話しかけた。
「さて?笑うかどうかは私が決める事だからねい。旦那に笑えと言われても、笑いようが無いねい。まぁ、そんなにも笑って欲しいのなら、笑うのはやぶさかではないけどねい」
遊女はからからと笑いながらそう言うと、不意に真顔に戻って孝之を見下ろした。
「……ただ旦那の言うことが本心なら、尚更、私には旦那が盗賊に身を落とさない理由がよくわからないねい」
「ああ?なんでだよ?」
「……色々と理由はあるんだろうけど、わざわざ国のお偉いさんが旦那に斎王様を殺せと命じたのは、恐らくは旦那にしか斎王様が殺せないからだろう?だとしたら、旦那が逃げれば、結果的に斎王様を殺せる者はいなくなるはずだねい。なら、旦那が逃げたら、それだけで斎王様が守られると思うがねい?」
そう語る遊女の表情と目は、今までのどこか悠然としながらも孝之を揶揄う様な様子は一切なかった。
ただ、なんの感情もなく、淡々と冷静に合理的な事を指摘する様は、いっそ人形の様に見え、孝之はその姿に名状しがたい圧の様なものを感じた。
しかし、孝之そんな圧を感じさせる遊女の言葉を、肩をすくめていなした。
「成程な。確かにそう言う考え方もある。そいつは思いつかなかったぜ。だが、だとしても逃げる訳にはいかんさ。狐憑きってのは、そもそも何が起こってるのかも分からない事の総称だ。何が起こってるか分からないが、ガキが死にかけている。……年端もいかないガキが苦しんでいるのに、それを見捨てて逃げるのは、じいちゃんとの約束に反する。だから、まあ、斎王様が苦しんでると聞いて、そのまま逃げ出すのも気が引けたんだよ」
「亡き祖父との約束ねえ……。言っちゃ何だが、とてもそんな殊勝な人間には見えないねい」
「だろうな。実際、俺もそんなに守れてねぇ。ガキにだって色々ある。性根の腐ったクソガキや、ガキとは思えねえほど阿婆擦れた奴。そう言う、マトモじゃねえガキ相手にマトモな相手をするほど、俺は聖人じゃない」
そう言うと、孝之は遊女の目の前で立ち上がり、自身の腰元に下げている太刀を手に取り、遊女に見せつけた。
一瞬、何をするつもりかと、遊女が身構えたが、孝之は何もしねえよ。と、苦笑しながら話を続けた。
「見ればわかるが、この太刀は俺がかなり使い込んでいる代物だ。どれだけの量の血をこの太刀に吸わせてきたのか、今更数える気も湧かねえ。お前の言う通り、確かに俺は人を斬るのに躊躇はねえ。元より、人を斬って殺すのが俺の生業だ。人を殺して飯食っている以上、碌な死に方も、碌な生き方もできねえと腹は括っている。だがな、だからこそ、じいちゃんとの約束が俺の一線なんだ。だから俺は、子供を助ける。少なくとも、ガキと定めた奴は斬らん。……その一線を越えてしまったら、俺はもう人でも獣でもない。ただの鬼だ。血の味と剣に飢えた、鬼だ。そう、一線を引いている」
今まで黙って孝之の話を聞いていた遊女は、孝之の言葉ぁ終わるなり、くすくすと笑い声を立てた。
「何がおかしい?……まあ、おかしいか。人斬りの一線なんざな」
「いやいや。そうじゃないさねい。なるほど……。どうやら、あんたはいいお人でも、いい男でもないようだけど、面白い男ではあるようだねい」
そう言って笑う遊女に、孝之は鼻を鳴らして憤然とした表情をした。
「そうかい。そりゃよかったな。それで?説明したやったぞ?どうやって俺を助けるんだ?」
すると、そう言う孝之に対して、遊女は今まで浮かべていた笑みを消すと、孝之の前に指を一本立てて見せた。
「その前に、一つ約束してほしいんだがねい。お前さんを助ける代わりに、お前さんは私の願いを叶えると、そう約束してくれないかい?」
「願いだあ?言っておくが、俺に金など集るなよ?」
「そんなものを当てにするなら、端から旦那みたいな見るからに金のない男に声など懸けるわけないねい。……そんな大層な物じゃないさねい」
孝之からの質問を鼻で笑って突っぱねると、遊女は立てた指で自分の顔を指さして、どこか孝之を試すような笑みを浮かべた。
「橘の旦那、私を殺してくれないかねい?無論、私が旦那を助けた後で構わないから」
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