第2話 いざ城へ


 その後の対応は早かった。


 次の日には何人かの城の者が来て、エマの荷造りをあっという間に済ませ車に乗せた。そして施設に分かれを告げ、車に乗り込み城へと向かったのだった。


 最初は初めて乗る高級車に感動したが、今は目の前に座る黒の燕尾服を着た眼鏡をかけた男性が気になって仕方がない。ずっと目を閉じ不機嫌そうなのだ。どうしたものかと思っていると、男性が目を開けた。そしてエマに視線を合わせる。


「初めましてエマ・バークリー。私はオーエン殿下の執事バトラーをしているキースです」

「よろしくお願いします」


 エマは姿勢を正し頭を下げる。だがキースはそんなエマに表情は変えず淡々と話し始めた。


「エマ・バークリー、最初に言っておく」


 いきなり話口調が変わったキースにエマは緊張し一段と背筋を伸ばす。


「殿下の補佐役兼世話役という地位をもらい城に住むことになったとしても、お前は殿下と身分は天と地の差がある。身の程をわきまえることだ」


 それはエマをキースは認めていないということを意味していた。そんなことは最初から分かっている。自分は孤児で貴族でも何でもない。そんな身分の自分が次期国王と対等に接する事など許されるわけがない。自分がそんな偉くなったとは1ミリも思っていない。ましてや今でもまだ実感がないのだ。


 ――言われなくても誰もオーエン殿下には近づかないわよ。


「ご忠告ありがとうございます。分かってますのでご心配なく」


 少しムッとして言うと、キースは一瞬眉を潜める。しまったと思ったが、つい顔に出てしまうのは昔からの癖だ。こればかりはしょうがない。注意される覚悟をしていたが、キースはそのことに関して何も言ってこなかった。


「分かっておればよい。あとこれを」


 変わりにキースは紙袋をエマに渡す。何かと受け取り中を覗くと、服が入っていた。


「服ですか?」

「それに着替えるんだ。そんなみすぼらしい格好で城に入ってもらっては困る」


 エマは今着ている服を見る。上はTシャツ、下はジーンズだ。確かにこれはよろしくないだろう。

 紙袋から出すと、かわいらしい清楚なベージュの服だった。


「早く着替えろ」

「え? 今ここで?」

「当たり前だ」

「で、でも……」


 エマは戸惑う。こう見えても一応年頃の女性だ。男性の前で着替えるのは恥ずかしい。


「あの、向こうを向いていてもらえますか」

「……ああ。女性だったな」


 キースはさも気付かなかったとエマから顔を背けた。そんなキースに女性ではなかったらなんだと思ったのだと心の中で突っ込みながら急いで着替える。


「着替えました」


 するとキースはエマを上から下へと視線を向けて品定めをするように見る。するとエマの首へと手を伸ばし襟を直す。


「襟が曲がっている。それぐらいちゃんとしてもらわないと困る」

「すみません」

「後は城についたら、その髪も直してもらう」


 もう反論する気力はない。髪に関しては何も手入れなどしていないのだ。肩まで伸びた退紅色あらぞめいろの髪を無造作に後ろに1つに束ねているだけだ。服を着替えろと言われた時点で、髪のことも言われることは分かっていた。


「その髪色は生まれた時からか?」


 キースがエマの髪を見ながら尋ねてきた。


「はい」


 エマの髪色は珍しい色だ。よく染めていると間違えられるが、生まれてこの方染めたことがない。というかそんなお金を持ち合わせていないのだ。


「……そうか」


 キースはそれ以上は聞いてこなかった。何故聞いたのかと首を傾げていると、車は城に到着した。車から降りるとすぐに化粧室へと案内され、あれよあれよと髪は直され編み込みもされた。

 セットが終わりキースの前にくると、「孫にも衣装だな」とだけ言われた。一応褒めてくれたようだ。

 そしてキースはエマが使う部屋へと案内する。そこは王子の部屋がある階と同じ階だった。場所は端から端と離れているが、まさか同じ階だと思わなかったエマは驚く。そんなエマにキースが説明をした。


「一応世話係であるからな。それに殿下の意向でもある」


 ――まあ世話係なんだから、近くに置いておきたいと言うことかしら。


「だからと言って勝手に殿下の部屋へ行くことは許さんからな」

「分かってます。そんなことしません」


 オーエンの部屋への廊下には常時兵士の者が2人、門番のように仁王立ちしているのだ。それに真ん中にある階段を挟んで右がオーエンの部屋、左がエマの部屋だ。まずオーエンの部屋に行くこともなく、もし部屋へ行こうとするだけで兵士に止められるだろう。


「私の部屋は今上がってきた階段の目の前だ。何か用があれば私にまず言うように」


 まさかの同じ階だったとはとエマは嘆息する。それも階段を上がった目の前。


 ――絶対に殿下の部屋に行くなんて無理じゃん。


 それなのにエマへ忠告したと言うことは、相当キースはエマがオーエンと接触することを拒んでいるのだろう。


「荷物は部屋に運んである。殿下と面会までにはまだ時間がある。その間に荷物を片付けておくように」

「分かりました」


 そこでやっとキースからエマは解放された。部屋へと入ると、思っていたよりも広いのに驚く。白壁にギルディングのアートワークが施され、ベッドやソファー等の家具も高価な物ばかりだ。あまりにも場違いな場所にエマは立ち尽くすことしか出来なかった。


「なんか、落ち着かないな……」


 荷物といっても鞄1つだけだ。元々私物という物は服だけだ。鞄から服を取り出しタンスにしまおうと扉を開けると、びっしり服がかかっていた。


「これを着ろということか……」


 仕方なく持ってきた自分の服は鞄にしまい、鞄ごと戸棚にしまう。そしてベッドに横になる。今日一日朝からバタバタしていて疲れたのもあり、急激に眠気が襲ってきた。そしていつの間にかエマは眠りについたのだった。




 ふと髪に誰かの手が触れた感覚があり、とても心地よい気持ちになる。


 ――温かい手……。


 そこで目が覚める。だがまだ髪を触る感触があるのに気付き目線を向けると、間近に人の顔があることに気づき驚く。


「!」


 ベッドから飛び起き指を指しながらあわあわする。


「な、ななな――」


 あまりの驚きで声がうまく出ない。よく見れば見覚えがある顔だ。

 服装は違えど、白銀色の髪、白皙で端整な顔立ち、アイアンブルー色の双眸の人物は1人しかいない。


「オ、オーエン殿下?」


「やっと気付いた。全然起きないからさー」


 そう言ってオーエンは笑顔を見せながらベッドの上に座る。


「あ、あのー、何故オーエン殿下が私の部屋に?」


「会いに来た」



「は?」


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