第1章 出会い
第1話 受賞式にて
エルタリカ王国のスペンタル城の王座の間で、ある受賞式が行われていた。
燕尾服を着た白髪の老年の男性ハンスが巻物を広げ、目の前にいる優勝者の女性に向けて読み上げる。
「エマ・バークリー。そなたを今日付けでオーエン殿下の補佐役兼お世話係に任命する」
そう命じられた女性――エマは下げていた頭をがばっとあげて声を上げる。
「え! ちょ、ちょっと待ってください!」
その言葉にハンスはもちろん、その横の王座の椅子に座る第一王子オーエン・リオ・スペンタルも怪訝な顔を見せる。
「どうした? エマ・バークリー。何か問題が?」
「あ、いや……そのー……」
エマは戸惑う。今日この場に来たのは先日行われた王子主催のくじ引き大会の優勝賞金をもらうためだ。
大会に出た1番の目的が、住む場所の資金確保のため。
だが今言われたのは、金ではなく役職だ。
――そんなものいらない!
エマは心の中で大声で叫ぶ。
エマは孤児院育ちの19歳。孤児院は19歳になると自立のため施設を出なくてはいけない。そのため寮付きの会社を探し見事就職が決まっていた。
だが、いざ働く日にその会社が密輸組織のアジトだったことが発覚し、社長と従業員は逮捕。会社も営業停止になった。もし働いていたら今頃エマも捕まり、ひどい取り締まりにあっていただろう。幸いにもエマは一度も出社していなかったためおとがめなしだった。
孤児院の人達には、本当に運が良かったと言われた。
確かに昔から運がよかった。それも超がつくほどの強運の持ち主だと自負している。その出来事は数え切れないほどあり、強いて言えば毎日通学のために乗っていたバスがたまたま風邪で休んで乗らなかった日にテロに遭遇しバスは爆発炎上。もし乗っていたら命を落としていただろう。他には、バイトをしていた飲食店の非番の日にガス爆発し、そこにいた店員が大怪我をしたこともあった。
本当に運が良いだけが取り柄だ。
だが運が良くてもどうにもならないこともある。
職を失っても孤児院を出る日は変わらずそのままだ。そしてその期日も差し迫っていた。そうなるとまず住む場所と借りるための資金が必要不可欠だ。そのためには働かなければならない。だが運がいいはずなのに、何故かなかなか次の仕事が決まらなかった。
エマは焦っていた。このままでは寝る場所もなく野宿生活だ。それだけは避けたい。
そんな時に目にしたのがくじ引き大会のポスターだった。
くじ引きなら自分は勝つ自信があった。くじ引きも必ず何かしら当たっていたからだ。あまりにも当てるため、ズルをしているのではないかと疑われたことも多々あった。だからくじに関しては、あえて引かないと決めていたくらいだ。
だが今回は別だ。
住む場所の資金確保のため背に腹は代えられない。
結果は、見事優勝。
そして今、城に呼ばれてこの状況だ。
目の前には初めて見る住む世界が違う綺麗なさらさらした白銀色の髪、白皙で端整な顔立ち、アイアンブルー色の双眸の美形のオーエン王子がいるが、今はそんなことはどうでもよかった。
「優勝者には、賞金と豪華景品だと伺っておりますが……」
失礼を承知でエマはハンスへと尋ねる。
「うむ。その通りじゃ」
ハンスは大きく頷き返す。だがそれでもエマの疑念が消えたわけではない。
「でも今、オーエン殿下の補佐役? 兼お世話係だと聞こえたのですが」
「うむ。その通りじゃ。とても名誉なことであるぞ。喜ぶがよい」
――いや、そういうことではなくて。
心の中で突っ込みをいれ、一番気になっていたことを口にする。
「では、豪華賞品とは?」
「この城にお前の部屋と城の使用の許可じゃ」
「……え?」
「今日からそなたは殿下の補佐役兼お世話係なのじゃ。住み込みでこの城にいてもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください! それのどこが豪華賞品なんですか!」
エマは声を荒げる。どうみても豪華賞品ではない。
「ここで働けというのですか! そんなの豪華賞品でもなんでもありません!」
次期国王のオーエンを前にしていることも忘れ、エマはハンスに食ってかかる。
「そんな豪華賞品なんかいりません! 辞退させていただきます!」
エマはすっと立ち上がり深々と頭を下げると背を向け出口へと歩きだそうとしたところで、今まで成り行きを笑顔で見守っていたオーエンが声を発した。
「待つんだエマ・バークリー」
その言葉にエマは足を止め振り返る。すると椅子に肩肘をつき顎に手をあてているオーエンと目が合った。そこでエマはしまったと後悔する。王子の前であることをすっかり忘れていた。だがもうすでに後の祭りだ。オーエンに無礼な態度を取ったことにより捕まるのは目に見えている。今更態度を改めても意味が無い。言いたいことを言ってやろうと決意し、立ったまま返事をする。
「なんでしょう」
「まだ話は終わってないよ。最後まで話はちゃんと聞こうね」
オーエンはそれ以上言うことはなかった。見ればただ笑顔でエマを見ているだけだ。
――あれ? 捕まらない?
てっきり兵士を呼び捕えろと言われるのを覚悟をしていたエマは拍子抜けする。そんなエマにオーエンはまた口を開く。
「元の位置に戻って」
やはり笑顔を見せるオーエンの顔は、どこか作り物に見えて何を考えているか分からないなとエマは眉を潜める。
そこで少し冷静さを取り戻し状況を整理する。内容はともかく、今この態度はどう見てもエマに非があるのは明らかだった。オーエンの言う通りまだ話は途中だ。一応最後まで話を聞くのが筋だろう。1度大きく息を吐き、元の場所に戻り頭を下げる。
「申し訳ございませんでした」
そんなエマを見てオーエンはさらに笑みを深める。
「分かればいいよ。ハンス続けて」
「はい。殿下」
ハンスはオーエンに軽く頭を下げると、エマへと向き直る。
「では話の続きをするぞ。先ほどのそなたの質問についてじゃ。補佐役兼お世話係とは言ったが、そなたに殿下のお世話をしてもらうことはない」
「え?」
「殿下のお世話をする者はちゃんと専属の者がおるでな」
「じゃあ私は何を?」
「ただこの城で普通に仕事をしてもらえればよい。部屋と食事も用意する」
――それだけ?
ぽかんと口を開けていれば、ハンスは話を続ける。
「それに給料も出す。どうじゃ? 悪い話ではないであろう?」
確かに悪い話ではない。寝る場所もあり三食昼寝付きまでもいかないとしても、ご飯には困らないし家賃代もいらない。そして給料まで出るならばまったく悪い話ではない。ましてや憧れの城での生活だ。嫌になったならば、辞めればいいだけの話だ。
「分かりました。引き受けます」
「おお。そうか。ならばすぐにそのように手配しよう」
するとオーエンが立ち上がる。
「ではエマ・バークリー。よろしく頼むね」
そう言って笑顔を見せるとオーエンは部屋を出て行った。
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